悩む男
番外編「アルベスの日常」より二ヶ月ほど前、本編開始より一年半弱くらい前の頃の話です。
王国軍のうち、第三軍は北部砦に本拠地を置く。
そこに属する騎士は北部や東部出身者が多いと言われているが、王都から派遣された精鋭たちも所属する。
第三軍の軍団長フィルオードもその一人。数ヶ月ぶりの王都への帰還のために、王都へと続く道を南下していた。
普段は「フィル」とのみ称しているこの人物は、軍団長としての地位だけでなく高貴な生まれを持っている。その長距離の移動だから、付き従う騎士の数も多い。今回も精鋭の騎士隊が中心となって編成されていた。
しかし淡々と馬を進めるフィルの様子がどこかおかしい。何かをずっと思い悩んでいるようだ。
北部砦で武に秀でた気さくな人物として人気のある王弟殿下は、まれに意外なほど神経質になる。しかし、ここまで長く悩むのは珍しい。
いったい何を考えているのだろう。
護衛任務を任された騎士隊長は、上官の横顔を面白そうに見ていた。
その視線を感じたのだろう。
フィルはちらりと部下を見やり、すぐに目を逸らした。しかし、さらにまだ思い悩み続けた末に、ついにためらいながら口を開いた。
「……少し、いいだろうか」
「どうしました? 今夜の宿のことなら、女たちを近寄らせないように徹底させるので心配しなくていいですよ」
「ああ、それは助かるな。あの市長、何度断っても変に気を回すから面倒なんだ。……いや、そんなことより、君に聞きたいことがある」
「なんだ、この俺に相談事なのか? 閣下にしては珍しいじゃないか」
言葉と口調を崩し、騎士隊長はニヤリと笑った。
そこに上官への遠慮はない。高貴な新人の教育係と監視役を兼ねていた頃と同じだ。
フィルも、そう言う態度は当たり前のように許容している。
一瞬だけ後続の騎士たちに目を向け、すぐに前を向いて少し声をひそめた。
「君は……女の子へのプレゼントというと、どう言うものを思いつく?」
「………………は?」
予想外の言葉に、騎士隊長の反応が遅れた。
どうせ、詰まらないことを悩んでいるのだろうとは思っていた。だが、予想していたどんなことにも当てはまらない言葉を聞いてしまった。
騎士隊長は首を傾げて、鮮やかな金髪をかきあげた。
「……もしかして、また放蕩王子をやろうと考えているのか? まあ、俺は止めないし、歓迎する女は多いだろうがな。あなたがそう言うことで悩むなんて珍しいな。いや、女の子と言ったか? 一応忠告しておくが、初心な娘と火遊びするのは止めた方がいいぞ?」
「おい、おかしな誤解はするな! 僕はそんなつもりは……っ! ——もういい。君に聞いた僕が馬鹿だった」
一瞬逆上しかけたフィルは、すぐに冷静になったようだ。憮然と口をつぐんだ。
背後に続く騎士たちは、もちろん二人のやりとりに気付いていた。気遣わしげな表情を作ろうとしているが、どう見ても好奇心丸出しの顔になっている。そんな部下たちの視線を無視して、フィルは馬を歩かせた。
騎士隊長は、にやにやと薄く笑った。
しかしすぐに真顔になり、馬を上官に少し寄せた。
「閣下」
「……なんだ」
「余計なことに巻き込まれたくないから、詳細を聞くつもりはありませんが、年上として、一つ助言をしておきます」
真顔の騎士隊長は言葉を切り、さらに声をひそめて続けた。
「期待させるつもりがないのなら、高価なものを贈るのはやめておくべきかと」
「わかっている」
「まあ、閣下はその辺はうまくやるか。それより、どんな子なんだ? 年齢は? 姪姫様くらいか? それとも大きな声では言えないような……妙齢のご令嬢だったりするのか?」
また言葉を崩し、冗談めかして聞く。フィルは答えなかった。
無言で馬をすすめ、青い目は真っ直ぐに前方を見ていた。表情が消えかけた顔は王宮にいる時のようだ。
しかし完全に表情が消える前にため息をついて、ぐしゃぐしゃと銀髪を片手でかき乱した。
「……結局、聞いているじゃないか」
「あなたがプレゼントで悩むなんて、初めて見るからな。いつも相手が一番喜ぶものを選んでいるのに、今さら思い悩むようなことがあるのかと心配しているんだよ」
「甥や姪たちへのプレゼントのことを言っているのか? あいつらは子供だし、見ていれば何を喜ぶかなんて、だいたいわかるだろう。……でも子供の年齢ではなくなると、何をあげていいのか、手土産一つでも迷うというか……」
不機嫌そうに言いかけて、ふとフィルは口を閉じた。
何かに気付いたように顔を上げ、馬を並べている部下に目を向けた。
「……そうか。実際に会って、よく見ていればわかるかもしれないな」
「少なくとも、ここで悩み続けるよりましだと思うぞ」
「そうだな」
「ということで、俺は少しは役に立ちましたか?」
「まあ、それなりに」
フィルはわざとらしくため息をつき、それから笑った。
「戦場に立っていない時の君は、思慮深くて頼りになる男だな」
明るい笑顔だ。
少し前までの迷いはもう消えている。
騎士隊長は表情を改めて馬上で姿勢を正し、恭しい礼をしてみせた。
「光栄です。フィルオード軍団長閣下」
「改まりすぎだ。気持ちが悪くなる。なあ、君たちもそう思うだろう?」
フィルはため息混じりに後続の騎士たちを振り返った。でもその顔には屈託のない笑みが浮かんでいる。
騎士たちは一瞬だけ神妙な顔を作ったものの、すぐに堪え切れなくなって笑い始めた。
「うちの鬼隊長の前で、下手なことを言える訳がないでしょう!」
「俺たちの代わりにもっと言ってください! 今度、酒をたっぷりおごりますから!」
「……またか。僕を酔いつぶそうと企んでいるのなら、その手にはのらないからな」
「純粋な好意ですよ。でも、王宮の美人を紹介してくれてもいいんだぞ?」
「俺は、噂の王姉殿下に顎で使われてみたいな!」
「おいおい、お前では無理だ。あの方の審美眼は厳しいからな!」
騎士たちは上官の前だというのに、好き勝手に言って笑っていた。
フィルも笑うだけで、特にとがめない。
こういう気さくさが騎士たちを引きつけるのか、いつもフィルの周囲に人が集まってくる。北部砦ではよく見る光景だ。
そしてこんなふうに笑っている男たちが、フィルの命令一つで苛烈な兵に変わる。
「……まったく、こういうところが怖い人なんだよな」
生まれのせいでも地位のせいでもなく、他愛のない日常が続くうちに騎士たちはいつの間にか心酔して、あの人のためならと突き進むようになる。そんな不思議な魅力があることを、この人は気付いているのだろうか。
間近で見てきた騎士隊長は、ため息をつきながら苦笑いをした。
(番外編 悩む男 終)




