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【3巻4/7発売】婚約破棄されたのに元婚約者の結婚式に招待されました。断れないので兄の友人に同行してもらいます【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
番外編

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ある元メイドの含み笑い(1)

本編48話の後に起こったことを、ユラナ視点で描いた番外編です。


「お母さん! 大変だよっ!」


 突然聞こえた甲高い娘の声に、私は顔を上げました。

 私の名はユラナ。かつてはラグーレン家の住み込みのメイドでしたが、今は通いで家事のお手伝いをしています。

 近いうちにいつものお客様が来るようなので、今日は朝から床掃除をしていました。


 娘が駆け込んできた時は、廊下を丁寧に拭いていたところで、私は立ち上がりながら腰を軽く叩きました。

 あのお客様、床でくつろぐのが大好きですからね。冬なので廊下でお休みになることはないと思いますが、念のためです。

 息を切らせている娘は、大きなカゴを重そうに抱えていました。いったいあれは何かしら?


「きちんと土は落としてきた?」

「うん、それは大丈夫!」

「だったらいいんだけど。そのカゴはどうしたの?」

「あ、これはね、村の人がいつものお兄さんが来るんなら、ルシア様に渡してくれって。チーズだよ!」

「それはありがたいわね。……あら、こんなにたくさん」


 カゴを受け取り、中身を確認して私は目を丸くしてしまいました。

 あの銀髪の方は豆がお好きなようですが、炙ったチーズをパンに乗せるのもお好きです。それにアルベス様も、実はチーズが大好きなんです。普段はそんなそぶりを見せませんが、村人たちは結構よく見ていますから、こういう機会があるといつもたっぷり分けてくれるんです。


 ……それにしても、フィル様の事は私も今朝に聞いたばかりの情報なのに、もう村中で知られているんですね。

 きっと、新しく来た騎士の皆さんを見つけて、寄って集っていろいろ聞き出したのでしょう。

 ラグーレン領の村人たちは、すっかり騎士の皆さんがいることに慣れてしまいました。最初の頃の警戒はどこへ行ったのやら。これでいいのかしら。


「それで、何が大変なの?」


 駆け込んできた時の娘の言葉を思い出して、私は聞いてみました。

 カゴを渡したことでほっとしていた娘は、慌てた様子で外を振り返ってから言いました。


「そうだった! 今ね、ここに来るときに馬が見えたの! アルベス様が帰ってきたみたい!」

「まあ、それはどうしたのかしら。今日は遠出すると聞いていたのに」

「あのね、すごい勢いで走ってきているの。お水の用意をしたほうがいいかな」

「そうね。アルベス様の馬に用意してあげて」

「わかった!」


 娘は身軽にまた外へ走って行きました。

 あの子も今年で十歳。いろいろお役に立とうと張り切る年頃です。もう少し落ち着きが出てくると、良いメイドになれそうなんだけど。

 でも、今はそんなことをのんびり考えている場合ではありません。

 アルベス様が予定を変更してお戻りになったなんて、何かがあったとしか思えません。首を傾げながら窓から外を見てみると、アルベス様はもうすぐそこまで来ていて、ダークブロンドの髪を風で乱したまま馬を止めて、そのまま飛び降りました。


「ユラナ! 悪いがすぐに湯を沸かしてくれ!」

「はい、すぐにご用意しますが、一体何があったのですか?」


 そうお聞きすると、アルベス様は端正なお顔に苦笑いを浮かべました。


「あいつが来ている。すぐにここに来るはずだから、お茶だけ飲ませてやってくれ」

「あいつ?」


 私は首を傾げました。

 このぞんざいで、でも親しげな言い方は覚えがあります。アルベス様がそんな言い方をする相手は、数えるほどしかいないはず。

 と言うことは。


「……えっ? まさか、フィル様ですかっ?」


 驚いて、つい声が大きくなってしまいます。アルベス様はそんな私を咎めることなく、乱れた髪を手でかきあげました。


「予定を早めてここに直接来たらしい。……すぐに追手も来るだろうが、本当に馬鹿な奴だよな」

「まあ」


 間が抜けた相槌とは思いますが、本当に気の利いた言葉が出ませんでした。

 でも、フィル様のお気持ちはわかるんです。予定を早めて、追手を引き連れてでも、一刻も早くラグーレンにお寄りになりたかったのでしょう。

 仕方がありません。

 ルシア様は、本当に良いお嬢様ですからね!

 どこぞの若様と違って、見る目はあると思います。


 ただ、半年前も思いましたが……フィル様は年齢もそうですが、立派なお立場のお方です。もうちょっと落ち着いてもいいのではないでしょうか。

 ルシア様に思いが通じて、浮かれているのはわかりますけれど。アルベス様が落ち着きすぎているから、余計に目立ってしまいます。

 思わず比べてしまって笑いそうになりましたが、娘が心配そうに見ているのに気付いて、さりげなく咳払いで隠しました。


「すぐにお茶のご用意をしましょう。……ところで、ルシア様は?」

「あいつと一緒に戻ってくるはずだ。ああ、来たようだな」


 道を振り返って、アルベス様は舌打ちをしたようでした。

 遠くに、馬影が見えました。

 ルシア様はあの方と馬に同乗なさっているのでしょうか。ものすごい速さですから、きっとルシア様は大変でしょうね。

 まだ遠いので見えませんが、背後から支えているフィル様が楽しそうにしている顔が思い浮かぶ気がします。


 これは急がなければいけませんね。

 私は足早に台所へ向かいました。


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― 新着の感想 ―
[一言] フットワークの軽い王弟殿下ですからねぇ〜(笑) 周りの人は大変だわ〜
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