(37)子供たちの父親
「おや、こちらのお嬢さんは?」
「それは……」
フィルさんが口籠もった時、フィルさんの腕から子供たちが身を乗り出しました。
「ルシアだよ!」
「フィルのお友達の妹だよ!」
二人は同時に言いましたが、男性は聞き取ったようです。
わずかに眉を動かし、まじまじと私とアルベス兄様を見ました。
背の高さは、フィルさんより少し低いでしょうか。年齢は三十歳前後だと思います。
フィルさんと同じ銀髪で、でも目は鮮やかな紫色でした。
この色の組み合わせは見たばかりです。
つまり、アルくんとリダちゃんのお父様でしょう。そして、何度も話題になっていたフィルさんの兄上様のはずです。
……いや、それより。
私、とても気になっていることがあるんですが……まさか……。
「アルベス兄様」
まだ肩に手を置いているお兄様に、私はそっと言いました。
「どうしましょう。……私、あの方の顔を知っているわ」
「そうだろうな」
深いため息をつき、アルベス兄様は手を下ろしました。
それから、男性に向けて恭しい礼をしました。私も我に返り、急いで貴人に対する礼をしました。
「アルベス君……いや、今はラグーレン子爵と呼ぶべきかな。久しぶりだね。そして、そちらの妹さんは初めまして、だね? 私はその子たちの父親だ」
私たちに笑いかけたその人は、穏やかに語りかけてくれました。
人の上に立ち、人々をかしずかせることに慣れた、静かで深い声でした。
フィルさんの話の中では、弟思いの楽しそうな兄上様でした。
でもこうして実物を前にすると、ごく自然ににじみ出る威厳に気後れしてしまいます。
私が思い出しているのは、我が家の廊下にひっそりと掲げられている小さな肖像画です。
即位記念で王国軍の騎士に配られたものだそうで、当時はまだアルベス兄様は王国軍の騎士だったので、ありがたく頂戴して飾っていました。
……あの国王陛下の肖像画は、とても正確だったんですね。
銀髪も紫色の目も。端正な顔立ちも。
穏やかそうな微笑みも。
何一つ誇張をせず、目の前のご本人と寸分違わぬ見事な肖像画だったと、私は震えながら思い知りました。
ということは。
あの子たちは……木の上にいた元気な子たちは国王陛下のお子様たちで。
そして……。
「フィル。君が何かコソコソやっているのは知っていたが、髪まで染めるとはな。それに、そのお嬢さんが着ているドレスには見覚えがあるぞ。母上のものだな?」
「……はい」
フィルさんは表情を消して頷きました。
兄上様はじっとその顔を見つめ、ちらりと私に目を向けました。
「ということは、そのお嬢さんが……」
「……どうか、彼女のことは」
顔を上げたフィルさんは、硬い声で兄上様の言葉を遮りました。
腕に抱えられたままの子供たちは、父親と叔父とを交互に見ながら大人しく成り行きを見守っているようです。
兄上様はしばらく黙っていましたが、子供たちの視線に負けたようにため息をつきました。
「まあ、いい。うちの子たちを捕まえてくれた恩賞をやる。そこのお嬢さんを王宮に泊めてあげなさい。少し時間を置いて、それからゆっくり話をした方がいいようだ」
「……はい」
フィルさんは静かに頷きました。
兄上様はそんなフィルさんの肩をポンと叩き、それからアルベス兄様に向き直りました。
「アルベス君も、王宮に泊まりなさい。君も妹としっかり話をした方が良さそうだからね」
「御心のままに」
「……できれば、フィルの顔は殴らないでやってくれ」
兄上様はそう言って、お兄様の肩も叩いてこの場を後にしました。
また舞踏会の会場に戻るようです。
周囲を守っていた護衛の騎士たちも、一斉に動きました。
やがて、会場から再び歓声が上がりました。華やかな音楽も始まります。
「あれは多分、お父様がお母様と踊っているんだよ」
「つまり、今のうちに戻れってことだよ」
抱えられている子供たちが、フィルさんにコソコソと囁いています。
年齢のわりに賢いようですね。
さすが……王子様と王女様です。
フィルさんが子供たちのお付きの女性たちに目を向けました。
その視線だけで察したのでしょう。一人が護衛の騎士に何か囁きました。騎士はすぐに中庭を突っ切って走っていきます。
それを見送り、フィルさんがやっと私たちを見ました。
「僕はこの子たちを部屋まで連れて行く。……君たちはどうする? まだ早い時間だから舞踏会に戻ってもいいんだが……」
「いや、今日はもう休ませてもらおう」
「……そうか。今、知らせにいったから、すぐに部屋は用意されるはずだ。ゆっくり歩いて行こう」
フィルさんはわずかに微笑みました。
穏やかそうで、静かな、でも寂しそうな顔でした。




