(30)兄と妹の結婚問題
私たちが乗り込んだ馬車は、王都の大通りを進んでいました。
しばらく窓から外を見ていた私は、恐る恐る向かいの席に目を向けました。
我が家の馬車はそれほど小さくはありません。でも裕福な貴族が所有する大型馬車よりかなり小さいので、大柄の男性が二人並んで座ると窮屈そうに見えます。
しかも、二人とも舞踏会用の姿。
見慣れた人たちなのに妙に迫力があって、思わず気後れしてしまいそうです。
「……あの」
そっと声をかけると、二人は同時に私を見てくれました。
「どうしたかな? もうすぐ到着するよ」
「そうなのね。でも……私、どこに到着するのか、全く聞いていないんだけど」
ずっと気になっていたことを聞くと、アルベス兄様はなぜか目を逸らしてしまいました。髪を染めたフィルさんも目を逸らしましたが、私がじっと見つめると諦めたようでした。
「えっと、うん、着いたらわかるよ」
「なぜ教えてくれないの?」
「それはつまり……驚いて欲しいから?」
「王都は詳しくないけれど、この道の先は、かなり高位の方々のお屋敷しかないわよね?」
「まあ、うん、えっと……」
フィルさんは困ったように口ごもり、すぐにアルベス兄様に助けを求めるように横を見ます。
でもお兄様は窓から外を見ていて、私たちの方には全く目を向けません。
なるほど。答える気が欠片もないことは理解しました。
「フィルさんは仮面をつけるからいいだろうけど、私たちは仮面はつけないのよ。変な行動はできないし、主催者についての情報を教えてもらっておくと気が楽なんだけど」
「主催者については……気にしなくていいんじゃないかな?」
フィルさんは視線を彷徨わせながら、少し引き攣った笑顔を浮かべました。
「えっと、そうだ! ルシアちゃんも仮面をつけよう! そうすれば何も気にしなくていいよ!」
「……ティアナさんが、仮面は絶対につけるなと言っていたんだけど」
「え、そうなのか? ……僕もルシアちゃんには仮面をつけない方がいいと思っていたんだけどね。今日のルシアちゃんはとてもきれいだから、本当に仮面をつけた方がいい気がするんだ。アルベスもそう思うだろう?」
「俺も仮面をつけさせたいが、ルシアの結婚相手は探さないといけないからな。しっかり売り込んでおきたい気持ちもあるんだ」
そう言いながら、アルベス兄様はやっと私を見ました。
冗談かと思いましたが、お兄様の顔は真剣でした。
それを聞いて、なぜかフィルさんは愕然と振り返りました。きれいな顔はわずかに強張っています。
フィルさん。
自分が結婚したくないからと言って、他の人も結婚を希望していないとでも思っていたのですか?
……実際、私は当面は結婚しなくてもいいんですけどね。持参金を農地管理などに流用したいですから。
でも、お兄様。
ご自分のことを忘れていませんか?
「私より、アルベス兄様が先に結婚するべきじゃないの?」
「俺はまだいい。金もない」
「それなら、私もまだいいわよ。持参金がもったいないから」
私がそっけなく言うと、お兄様はぐっと身を乗り出してきました。
「ルシア。そんなことを言っていたら、いつまでも結婚できないじゃないか。今年は無理だったが、来年なら確実にまとまった持参金が用意できる。縁を探すなら今から始めなければ、結婚はどんどん遅れてしまうんだぞ」
「私はまだ十八歳だから、少しくらい遅れても問題ないわよ」
お兄様に言い返した私は、負けずに体を乗り出しました。
「次のラグーレン子爵になるのは、アルベス兄様の子供なのよ。せっかくお兄様も舞踏会に出るんだから、この機会に王都でお嫁さんを探すべきです。領地のことは私がなんとか頑張るから」
「だから、俺にそんな余裕は……」
「今なら私の持参金があるから、財政的には少し余裕はあるわ。例え全部使い込んでも、何年後かにはまた貯められる予定は立っているのでしょう? ためらうのは下策よ」
「それは……一理あるが、天候は万が一ということもあるぞ!」
「その時は私の結婚がもう少し遅れるだけよ。もしかしたら、持参金なしでもいいと言う人がいるかもしれないし」
とはいえ、貴族でそんな奇特な人はいないでしょうね。
心の中でそう思ったのに、アルベス兄様はぐっと言葉に詰まったようでした。
「それは……確かにいる。いるが……しかし」
……え?
お兄様は、そんな人がいると思っているの?
もし本当にいるのなら、きっとすごい大富豪でしょうね。私一人くらい老後まで養っても全く困らない人。そんな太っ腹な人がいるのなら、私もお洒落とか婚活を頑張るんだけど。
そう言う人は女性たちが放っておかないから、手も肌も荒れた私なんて眼中にないでしょう。
世の中、そんなに甘くはないはずです。




