(3)ルシア
私、ルシアは、ラグーレン子爵の子として生まれました。
家族は、今はアルベス兄様だけです。
ラグーレン子爵だったお父様は、五年前に亡くなりました。お母様は私がまだ小さい頃に亡くなっていて、私はほとんど記憶がありません。
ラグーレン家の領地は、王都からはかなり近いところにあって、ゆったりとした馬車移動でも日帰りができます。
だから、昔は王都から貴族たちが遊びにきていたそうです。景色のいい森の近くにとても大きな屋敷があり、そこで貴族たちを歓待するのが通例で、国王陛下をお迎えしたこともあったと聞いています。
でも、当時から華やかで贅沢な日々には無理があったのでしょう。
お祖父様の代には、財務状況がかなり悪化していました。それでも王都の貴族たちとの繋がりを切りたくなかったお祖父様は、無理を重ねて行きました。
そして。
ある嵐の日に、豪華な屋敷は燃えてしまいました。
改築で豪華さを増していたばかりの頃で、その時の火事であらゆる贅沢なものが失われてしまいました。
残ったのは山のような燃えかすと瓦礫と、莫大な借金だけ。
お祖父様は心労で倒れ、その後間もなく亡くなりました。
ラグーレン家の没落は、そこから一気に進んでしまいました。
新たに子爵となったお父様は、贅沢な歓待をやめて領地に籠るようになりました。無理な開発で傷んだ畑に手を入れ、農作物の選定を進めていきました。同時に、借金の返済のために、様々なものを売っていきました。
私が物心ついた時には、もう日常の生活は貴族としては小さな、かつての冬用の住居へと移っていました。
小さいと言っても、一応子爵家ですから客を迎える応接間はあります。お客様を泊める部屋もいくつかあります。少ない使用人で掃除が行き届きますし、私は十分と思っていました。
アルベス兄様が王国軍に入り、騎士として活躍をし始めて、時々、王都からお客様が来るようにもなりました。
贅沢品と言えるものは、お兄様が騎士として頂戴した国王陛下の肖像画しかありませんでしたが、無理のない範囲でそれなりに豊かな生活でした。
私が婚約したのもその頃です。
……でもその穏やかな生活は、私が十三歳の時に突然終わりました。
畑に向かう時は、私は水路を見回るのを日課にしています。
お父様が亡くなった五年前。
この一帯は例年にない大雨で長く水に浸かってしまい、ようやく水が引いた後も水路の多くは壊れていました。
豊かな収穫のためには、畑に水分を供給できる水路は大切です。最優先で再整備を進めてきましたが、本格的に整えるまでには至っていません。
油断をすると、すぐに動物たちが壊してしまいます。
今の時期は蕪が美味しく育っているので、畑の周辺は集中的に見て回らなければいけません。
育ちすぎた草を鎌で刈り取ったり、水路に溜まった落ち葉を除いたり。
そんなことをしながら歩いていると、畑の近くの木の下に馬がいるのを見つけました。
体が大きくて毛艶も良く、たてがみは綺麗に切り揃えられていました。背には立派な鞍をつけています。
私を見ても特に怯える様子はなく、のんびりと草を食べていました。
私は足を止め、周りを見ました。
畑のそばにはちょっとした広場があって、そこで収穫した野菜を仮置きしたり、水路で土を落としたり、市場で売れる物は木箱に詰めたりもしています。
そのひらけた草地に、仰向けに横たわっている人がいました。
まるで行き倒れてしまったかのような姿です。あるいは、どこかの神殿から持ち出された彫像が放置されているようにも見えます。
そのくらい端正な顔立ちをしている人で、草の上に無造作に広がる長めの髪は冷たい銀の糸のようでした。
でも、私は慌てません。
この人の行き倒れのような姿は、昔から見慣れていますから。
「こんなところで何をしているの? 踏まれるわよ」
そばに行って声をかけると、横たわっている人は目を開けました。
銀色のまつげの下から、深い青色の目が見上げます。
気配と声でわかっていたのでしょう。私を見ても驚きません。それからやっと上半身を起こしました。
「時間を潰していた」
「ここで?」
「君たちの家から、客が帰るのを待ってたんだよ。こっちに来る時に真新しい馬車の跡を見つけたからね。君たちのところに馬車で来る客といえば、君の婚約者関係だろう? だから、ゆっくりここで時間を潰していたんだ」
手を突いたままそう言って、やっと周りに目を向けて眉をひそめました。
誰もいないことが、そんなに珍しいですか?
「客はもう帰ったのかな?」
「ええ。だからこんな格好をしているのよ」
私は手のカゴを軽く掲げてみせました。
ゴルマン様をお迎えした時の、子爵令嬢としてぎりぎり恥ずかしくないドレスはもう脱いでいます。スカートの裾は長いけれど、汚れても気にならない、何度でも洗える服を着ているので、安心して畑にだって入れます。
逆に言えば、お客様をお迎えする格好ではありません。
でも、この行き倒れもどきの人にはこれで十分です。