(27)一緒に行かないか?
「では、これでしばらくお別れになるのかしら」
紐を結び終え、私はフィルさんから離れようとしました。
「それなんだけど」
急に振り向いたフィルさんは、私の手を握っていました。
「来週、大きな舞踏会がある。一緒に行かないか?」
「舞踏会?」
「正式なものではなくて、半分くらいの人が仮面をつける舞踏会なんだ。だから……」
フィルさんの手にぐっと力がこもった時、開け放った扉をコツコツと叩く音がしました。
途端にフィルさんの手が離れました。
少し遅れて、渋い顔のアルベス兄様が入ってきました。
「ルシアに変なことはするなと言ったよな?」
「手を握っただけだよ」
「それに、舞踏会だと? お前と一緒だと目立ちすぎることを忘れたのか?」
お兄様は私たちの話を聞いていたようですね。
……大丈夫。多分、私はおかしなことは言っていないはず、です。
「すでにオーフェルス伯爵家の件でルシアは目立ってしまったんだ。これ以上はやめてくれ」
「だから、仮面をつける舞踏会を考えているんだ。僕は髪も染める。その分、準備に時間がかかってしまうが、少し遅れたくらいの方が目立たないからちょうどいいだろう?」
フィルさんの顔は真剣でした。
アルベス兄様は考え込んでいましたが、やがてゆっくりと口を開きました。
「……俺が聞いた限りでは、近い時期で仮面をつける舞踏会は一つだけだぞ」
「できるだけ目立たないようにする。当日の進行はわかっているし、内部も警備の状況もよく知っている。何かあっても、すぐに逃げ出せるはずだ。……それに」
フィルさんは立ち上がり、私をちらりと見てから声をひそめてお兄様にささやきました。
「お前も、一回くらい見せてやりたかったと言っていたじゃないか」
「それは……そうだが」
低くうなったお兄様も、私を見ました。
舞踏会の話が、なぜ私に見せたかったなんて話になっているのでしょうか。
私が首を傾げていると、アルベス兄様は覚悟を決めたように大きく頷きました。
「よし、ルシア次第だ。……ルシア、舞踏会に行きたいか?」
「それは、行ってみたいけど」
「……そうだよな。わかった。フィルに連れて行ってもらえ」
「え、でも、私の舞踏会用のドレスは作り替えてしまって、もうないわよ?」
「少し古いものでよければ借りてくるよ。ティアナに見繕ってもらおう。必要なものは全部僕が揃えるから」
「それは、助かるけど……でも……」
私はお兄様を見ました。
反対されるかと思いましたが、意外にもアルベス兄様は肩をそびやかしただけでした。
「ゴルマン卿と違って、フィルはダンスが上手いぞ。それだけは保証できる」
「ルシアちゃんは靴だけ用意して、王都に来てもらうだけでいい。できれば前日からおいでよ。僕は兵舎に泊まり込みになるから、その点は安心していい。アルベスも来るか?」
「もちろんだ。しかし、お前の家に行くのは久しぶりになるな」
「僕もほとんど泊まらないからね」
苦笑したフィルさんは、改めて私の前に立ちました。
「どうだろう。気が向かないなら無理は言わない。でも、少しでも興味があるなら、舞踏会に行こう。そして……僕と踊ってほしい」
フィルさんは微笑みながら、でもとても真剣な目をしていました。
背の高い私よりさらに高いところにある顔を見上げ、私は少し考えました。
舞踏会というと、婚約してからはゴルマン様と何度か参加しました。
初めての時はきらびやかな世界に夢中になりましたが、年が経つにつれて苦痛の時間になった気がします。
でもフィルさんとなら、私は自分の背の高さを気にせずにすみますね。
思い切り飛び跳ねても睨まれないでしょう。
「ルシアちゃん。……どうかな」
フィルさんは、少し緊張したように返事を待っています。
私はにっこりと笑いました。
「そうね、私、フィルさんと踊ってみたいわ」
「……よしっ! では準備をしておくよ! ついでに仕事もしてくる!」
急に元気になったフィルさんは、勢いのままに私の手を握り、さらに渋い顔をしたアルベス兄様にもがっしとハグをしました。
そして迎えが来る前に、軽やかに馬を走らせて行きました。




