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【3巻4/7発売】婚約破棄されたのに元婚約者の結婚式に招待されました。断れないので兄の友人に同行してもらいます【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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22/75

(22)出来心



 ぽすん、と肩に頭が乗りました。

 ずしりと重く、首筋にフィルさんの銀髪がかかって……なんだかくすぐったいです。


「……ねえ、ルシアちゃん」


 肩に、低い声がかかりました。


「君は、僕のこと……どのくらい知っている?」


 え? フィルさんのこと?

 混乱しながら、私は一生懸命に考えました。


「そ、それは……シチューは塩味のものが好きとか、床でごろごろするのが好きとか、放置していたらずっと寝ているとか、そう言うこと?」

「ああ、うん、そう言うのはとても嬉しいけど」


 フィルさんは笑ったようです。

 でも、私を包み込む腕は、またさらに力がこもりました。


 苦しくはないけれど、ますます落ち着かなくて、私は慌てて言葉を続けました。


「えっと、そうね、フィルさんはアルベス兄様が騎士だった頃の同僚、とか?」

「うん、そんな感じの話だよ。でも、アルベスは同僚というより、僕の部下だったんだ。あいつが新兵だった時、僕はもう少し高い地位にいたんだよ」


「そうだったの? もしかして、年齢もお兄様より上なの?」

「うん。ちょっとだけ、ね」


 フィルさんは頷きました。

 首に触れている銀髪も動きました。

 ……あの、そろそろ離れて欲しいんですが……。


「でも、僕があいつの上官だったのは、年齢だけが理由じゃない。僕は……」


 言葉が途切れ、肩にため息が触れました。


「……ああ、言いたくないなぁ。ルシアちゃんには言いたくない」


 それだけつぶやいて、フィルさんは黙り込んでしまいました。


 馬車はゆっくりと走っていました。

 身動きできないので確かめられませんが、今、どの辺りを進んでいるのでしょうか。少しスピードが落ちているような……。


「君の目が変わってしまったら……僕は死にたくなる」


 ガタンと大きな揺れの中で、フィルさんがぽつりとつぶやきました。

 本当に独り言なのかもしれません。今のフィルさんは、とても無防備ですから。



 私は拘束されていない手をそっと動かしました。

 縋り付くように包み込んでくるフィルさんの背中を、ぽんぽんと叩きました。


「言いたくないのなら、私は聞かないわよ。というか、聞きたくないです。アルベス兄様がいつも言っているでしょう? 複雑な話に関わらなかったら、いつも通りで済むって」

「ルシアちゃん」

「フィルさんはアルベス兄様の友人で、時々やってくるお客様で、床でのんびりくつろぐことが好きな怠け者です。それで十分よ」


 ゆっくりとそう言うと、フィルさんの腕が僅かに動きました。

 でも、太い腕は外れません。

 どうしたものかと考えていると、ティアナさんがちらりと私たちを見ました。

 何か言いたそうな顔をしています。……当たり前ですよね。こんな光景、ちょっと目に余りますよね!


「ねえ、フィルさん。あの、そろそろ離れてくれる?」

「離したくない。ずっとこうしていたい。……いや、もうこのままでいいんじゃないか? なんで僕がわがままを言ったらいけないんだ? たまにはごり押ししても許されるんじゃないのか?」


 私を包み込む腕に、また力がこもりました。

 そろそろ苦しくなりそう……と不安になってきた時、フィルさんの鼻先がするりと私の首に触れました。


「え、ちょっと、フィルさんっ!?」

「ごめん、ルシアちゃん。……ちょっと変なことをするかも」

「フィルさんっ! く、くすぐったいですっ!」


 よくわからない怯えに襲われ、大きな体を押しのけようとした時。




「フィル様。時間切れでございます」




 ティアナさんの静かな声が聞こえました。

 そして、馬車の扉が開きました。



「……おい、お前は何をやっているんだ」


 低い声が聞こえました。

 こんなに殺気のこもっているのは初めて聞きました。

 でも、よく聞き慣れた声です。


 私が顔を向けようともがく前に、フィルさんがガバリと離れていました。


「アルベス」


 いつの間にか、馬車は止まっていました。

 そして、開いた扉の向こうに、鬼のような形相のアルベス兄様がいました。


「もう終わったのか? 早かったな」

「ああ。お前に借りた新入りのおかげで、これ以上望めないくらい早く終わった。……早く終わってよかったよ。お前の暴走を防げたのだからなっ!」


 アルベス兄様はフィルさんの胸ぐらを掴んだかと思うと、あっという間に馬車から引っ張り下ろしていました。

 フィルさんも抵抗する気はなかったようです。

 ひきつった顔をしながら、無抵抗でした。


「次は殺す、と言っておいたよな?」

「いや、その時とは状況が違うだろう!」


「言い訳はそれだけかっ!」

「ただの出来心だよ! ルシアちゃんが可愛すぎて、ちょっと理性が飛びそうになっただけだっ!」


「はぁっ? それで言い訳のつもりかっ!」

「言い訳ではない! ただの懺悔だっ!」




 ……ここは、王都の大通りの辺りですね。

 突然始まった怒鳴り合いに、通行人たちが驚いた顔で足を止めています。

 二人とも剣を帯びていますから、警備隊に通報されてしまうかも……あ、それはないかな。今日の二人は、どこから見ても貴族とわかる服装ですから。


 それでも、お兄様の殺気は本物ですし、フィルさんも今の所は無抵抗ですが、何かあれば反射的に自衛行動をするはずです。

 これ以上、騒ぎを大きくするべきではありませんね。

 貴族同士の紛争として王国軍の騎士隊が出てきてしまったら、二人にとって気まずいどころではないはずです。


 私はドレスの裾に注意しながら馬車から降り、殺気立っているアルベス兄様の腕をぽんぽんと叩きました。


「アルベス兄様。どうか落ち着いてください」

「こいつをかばう必要はない!」

「だから、落ち着いて。ラグーレン子爵として、恥ずべき行いは避けてください、と申し上げているんです」


 そっと囁くと、アルベス兄様はぐっと口を閉じました。

 目だけで周囲を見渡し、舌打ちをしてフィルさんを離しました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 遡った感想になりますが、ルシアと兄のお互いを思いやる生活がとても温かくここまで読み進める動機になりました。貧乏家庭設定でも娘が料理や掃除や家の手入れなどの肉体労働してるのに息子や父はしてな…
[良い点] お話も読みやすく、更新も早いのでとても楽しみです。 登場人物も概ね好感が持てるので、ザマァ?がちょっと楽しみ? [気になる点] 伯爵すらあそこまでペコペコするのですから、フィルはよほどの高…
[良い点] アルベス兄さんがフィルさんの暴走を止めた所。ルシアちゃん怯えてたからね。でもアルベス兄さんとルシアちゃん兄妹とフィルさんのやりとりは気の置けない関係が見えて好きです。 [気になる点] 残念…
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