表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/75

(21)戦いの後の解放感



「やっと終わったね。ご苦労様」


 乗り込んだ馬車が動き出してから、フィルさんは笑顔で労ってくれました

 先ほどの威圧感は完全に消え、私がよく知っているフィルさんの顔になっています。

 きれいに整えていた銀髪も、馬車の扉を閉めて座った途端にぐしゃぐしゃに乱していました。

 表情だけを見ると、ラグーレン家の床でのんびり寝そべっている時のフィルさんです。


 でも、今日のフィルさんはとても美麗な姿をしています。

 さり気なく着こなしている服は、多分アルベス兄様が持っている一番上等の服よりも高価でしょう。

 そういう高価な服を、気負いなく着こなしていました。

 襟元に小さな飾りが付いていますが、私がつけているイヤリングとよく似た、極めて美しい真珠がついています。

 それに……。


 私はフィルさんの耳を見ました。

 今は透けるように美しい銀髪に半分隠れていますが、金細工の上に青い宝石が輝くイヤーカフがついています。

 その飾りに気付いたのは、つい先ほどです。

 銀髪そのものが華やかだし、衣装も上質だし、あまりにも自然につけているので全く気付いていませんでした。

 でも一度気付いてしまうと、かなり豪華な作りが気になりました。

 金細工は、たぶん何かの紋様を示しているはずです。


 何もない時なら、ただきれいだなと思うだけだったでしょう。

 でも、オーフェルス伯爵たちに見せたあの顔は……あの威圧感は、フィルさんが普通の貴族ではないことを示していました。

 イヤーカフの紋様は、たぶんフィルさんの本当の姿に付属するものなのでしょう。


 ……でも。

 私はフィルさんを見つめました。

 フィルさんは微笑みながら、私が何か言うのを待っています。いつも通りの姿です。

 それなのに、どこかいつもと違います。

 私の反応を見逃すまいとするような、私の思惑を探ろうとするような、そんなごくかすかな緊張がありました。


 私は目を閉じて、ゆっくりと呼吸をしました。

 ……フィルさんの本当の姿なんて、こだわる必要があるのでしょうか。

 フィルさんはアルベス兄様の友人で、ふらりとやってくるお客様で、床であろうと地面であろうと寝転がって、私が作る質素なシチューを美味しそうに食べてくれる人です。


 今回は、そういう「いつもの枠」を超えて助けてくれました。

 それで私が勝手に萎縮してしまうのは、何かが間違っています。



 目を開けると、フィルさんがまだ私を見ていました。

 ティアナさんが何も見ていないふりをしてくれるくらい、私を見つめていました。

 私は手を伸ばし、フィルさんの鼻先を指で軽く弾きました。


「……っ!」

「フィルさんもお疲れ様。本当に助かったわ」

「……あ、ああ、うん」


 フィルさんは驚いた顔をしていました。

 貼り付いたような微笑みは、もうありません。

 だから、私はにっこりと笑いました。


「フィルさん、この後に何か用があるの?」

「いや、今日は何もないよ。絶対に仕事は入れない。君を軽く散歩に誘って、何かつまんで、アルベスを拾ってラグーレン領まで送り届けるつもりだよ」


「なんだ、そうだったの? 伯爵様にあんな言い方をするから、本当はまだお仕事があるのかと心配しちゃった」

「勝手に君の用事を作ってしまってごめん。宴に出たかった?」


「まさか! 絶対に胃が痛くなりそうだったから、ああ言ってもらえて助かったわ!」


 心からそう言って、ふとあの時のオーフェルス伯爵家の父子の顔を思い出してしまいました。

 急に笑い出した私に、フィルさんは不審そうな目を向けました。


「どうしたの?」

「いや、だって……オーフェルス伯爵に、あんなに気を遣ってもらえたことはなかったから。あの方があんなに愛想のいい顔ができるなんて、全然知らなかったわ! ゴルマン様も、あんなに頭を深々と下げる礼ができたのね!」


「……うん、まあ、彼らも王宮に集う貴族だし、ね」

「あー、なんだかスッキリした! 私、婚約破棄してもらって本当に良かったわ! あの人たちと一緒に生活するなんて、絶対にできなかったわよ!」


 心の中では何度もつぶやいていました。

 うっかり独り言で漏らしたこともありました。

 でも、声に出してはっきり言ってしまうと、ゴルマン様と結婚しないで済んだことは、本当に素晴らしいことなのだとしみじみと実感します。


 ティアナさんが呆れた視線を向けてきましたが、気にしません!





 一人で笑っていると、フィルさんが僅かに首を傾げました。

 それからティアナさんに目を向けました。


「ティアナ。少し外を見ていてくれるか?」

「申し訳ありませんが、私はルシア様の付き添いでございます」


「そこをなんとか。少しだけでいいんだ」

「……少しだけですよ?」


 ティアナさんはそう言うと、ぴたりと窓の近くへと寄って座り直しました。

 そして、背を向けるように窓の外を見つめました。


 何が起こっているのでしょう。

 戸惑っていると、フィルさんが私の側の座面に移ってきました。


「え?」

「ごめん。ルシアちゃん。絶対に変なことはしないから。……少しの間だけでいいから、じっとしていてくれる?」

「じっとしてって、……え、ええっ?!」


 突然、フィルさんが私の体に腕を回しました。

 驚いている間に、腕にすっぽりと囲われ、広い胸に体が押し付けられていました。

 反射的に身じろぎすると背中の腕に力が入って、ますます包み込まれてしまいました。



 混乱する頭を、フィルさんの甘い香りがさらに乱しました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 舌戦が繰り広げられると思ったら、あっさり終ってしまった。 それともそれはこの後なんだろうか?
[良い点] ぎゅ [一言] 良き〜
[良い点] テンポ良い更新、お約束の安心感がありつつ、ときどき意外な方向に。楽しく読んでいます。 [気になる点] かいほうは解放ではないかと思いますが、フィルの広い胸の開放感というのもありで、これはこ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ