(15)結婚式の当日
ついにゴルマン様とイレーナさんの結婚式の日がやってきました。
今日は朝からよく晴れていて、最高の一日になりそうです。
ただし、私にとっては戦いの日です。
約一ヶ月にわたる準備の成果を見せなければいけません。
「……よし」
空を見上げて深呼吸をしてから、小さく拳を握りました。
日焼けを避け、水仕事や畑仕事から遠ざかり、高価そうなクリームをたっぷり塗ってきた私の手は、今まで見たことがないほど白くて滑らかできれいです。爪の形も整えていますし、表面もピカピカに磨きました。
顔や首の肌は、日焼けをしていないからか、しっとりと整っています。
髪も丁寧に洗って、丁寧に乾かして、丁寧にブラッシングもして、と完璧です。
これなら負けない!
私の気力は最高潮に達しました。
「……だめ、もう死にそう」
着付けの終わった私は、ぐったりと、でもあくまで軽く腰掛けていました。
世のレディーはすごいですね。
私にとっては、畑仕事をやる方が楽でした。
「お、きれいに仕上がっているじゃないか」
ふらりと居間にやってきたアルベス兄様は、ドサリと椅子に座ってから褒めてくれました。
でもお兄様の顔は、げっそりとやつれています。目の下には濃いクマがありました。
通常の報告用に帳簿を整え、新規に登録する農耕地や、今後予定している大規模な土木工事の申告用にさまざまな文書資料を作って、その帳簿と資料を持って王都へ赴いて各種役所を走り回り、その合間に商人たちと来年の話をして。
よく一人でこなしているな、と呆れるほどの仕事量です。
昨年までは、資料作成には何人か来ていただいていました。
でも今年はお願いしていません。……さすがにオーフェルス伯爵家とか、ベルティア子爵家と繋がりのある人にお願いできません。
一応、アルベス兄様は、誰かにお願いできないかと探したようです。
でもすでに直前の時期になっていたせいか、あるいはすでに何か手が回っていたのか、手配は叶いませんでした。
仕方なく、お兄様が今まで以上に頑張っています。
騎士上がりの体力自慢でなければ、何日も前に倒れていたでしょう。書類は苦手だと言いつつ、農作業滞在中の騎士さんたちも手伝ってくれたので、本当に助かりました。
「アルベス兄様、ひどい顔ね。少しは寝ている?」
「大丈夫。まだあと一週間はいける」
普通に考えると全然大丈夫ではないのですが、お兄様だから、まあ本当にあと一週間はいけるのでしょう。
でも、今日が終われば、私も手伝えます。
インクで指が汚れるからと何もさせてもらえませんでしたが、一人で無理をさせてしまうのは、今日までです。
「多少疲れていたが、ルシアのきれいな姿を見て元気になってきた。街道整備費用は絶対に助成してもらえるように頑張るからな。種も石材もねぎり倒してやる」
「うん、頑張って! 明日から私もどんどん攻めていくから!」
「そうか。心強いな。だが、ルシアは今は招待された結婚式に集中してくれ。要注意人物のリストはもう確認したか?」
「ええ、全部頭に入れたわ。でも高位の方々になると、私はお会いしたことがないからよくわからないのよね」
「その辺りは、フィルがなんとかしてくれるだろう。……ん? フィルはまだ来ていないのか?」
お兄様は、ようやく部屋を見回して首を傾げました。
今まで気付いていなかったなんて、本当に疲れているみたいですね。
「昨日、手紙が来ていたわ。ギリギリになるかもしれないから、途中で合流することにしているのよ。だから、私はもうすぐ出発するわね」
「おいおい、完璧なエスコートをすると言っていたのに、何をやっているんだ。王都まで一人で行くのか?」
「ティアナさんが一緒に来てくれるのよ」
私は振り返ると、メイドのティアナさんはにっこりと笑ってくれました。
とても美人で厳しくて、でも完璧な仕事をしてくれる凄腕メイドを見て、お兄様は少し安心したような顔になりました。
「では俺も王都に向かう頃合いだから、護衛を兼ねて一緒に行こうか」
「はい!」
ティアナさんがお兄様のシワだらけの服とボサボサの髪を見て何か言いたそうな顔をしましたが、子爵らしい服に着替えて現れた姿を見て、満足そうに頷いていました。
よかったですね。
ティアナさんから及第点をもらえましたよ!
王都への道は、畑の中を続いていきます。
ごとごとと揺られながら馬車の窓から外を眺めていると、つい水路を見てしまいます。
家から近い範囲は私や兄が毎日見回りできますが、離れていくにつれて管理が難しくなります。今、馬車が通っているあたりはラグーレン領の中でも外れに当たり、簡易補修しただけの水路はやや荒れていました。
領民たちにも水路の手入れ方法は広めていますが、やはり日々の生活に追われるとどうしても後回しになりがちです。
農夫としてではなく、もっと上から広く見て回れるような、そういう専属の管理者がやはり欲しいですね。
私の結婚がなくなってしまったのですし、浮いたその費用で管理者を雇うことはできないでしょうか。アルベス兄様の結婚がいずれは控えているので、全額を使うことはできないとは思いますが……。
真剣に考えていたら、向かいからこほんと咳払いが聞こえました。
敏腕美人メイドのティアナさんです。
「ルシア様。……眉間に、皺が」
「あ」
いけない。
変な表情をしないようにと言われていたのに、ついやってしまいました。
ティアナさんに止めてもらわなかったら、きれいにお化粧をしてもらっているのを忘れて顔を擦ってしまったかもしれません。
慌てて座り直して、顔に伸びかけていた手を下ろしました。