(13)提案
「ルシアちゃん。結婚式用の準備で、何かいるものはないかな?」
「何かって、例えば?」
「今回の休暇でも世話になったから、お礼に何かプレゼントするよ。流行っている薄紫色の布も簡単に手に入ると思うけど……」
「薄い紫色って、私にはあまり似合いそうにないわよね」
「そうなんだよね。難しい色だし、ルシアちゃんにはもっときれいな色が似合う。となると……ドレスは今あるのを着るの?」
「わざわざ新調するのはもったいないから」
「そうだよね。となると、去年着ていた青いドレス?」
「……ええ」
青いドレスは、私が持っている中で一番きれいなドレスです。お母様の形見のドレスを仕立て直しました。
だから去年のものであろうとお気に入りだし、この先、何年でも着て行くつもりです。
少しも恥ずかしくはないはずなのに。
……オーフェルス伯爵家の方々やイレーナさんには、新しいドレスを作る余裕がないのか、なんてことを大袈裟に言われるのでしょうね。
でも、フィルさんはそこは気にしないようでした。
「あのドレスはよく似合っていたから、いいね。となると……何人か、ここに送り込んでもいいかな?」
「え?」
話が読めなくて、私は首を傾げました。
フィルさんは少しだけ表情を真剣なものに改めました。
「実を言うと、今回は僕が休暇を切り上げなければいけないほどの案件でね。しばらく揉めそうだから、結婚式の前にここに戻れるか微妙なんだ。僕が直接何かをしてあげられないかもしれない。だから、代わりに身支度用のメイドを一人、それと君たちの代わりに農地を管理する人員を、何人かここに送るよ」
「そんな必要は……」
「必要だよ。オーフェルス伯爵家を黙らせるために、君は畑仕事をしばらく控えなければいけないよ。わかるだろう?」
「それは……」
そうかもしれません。
あまりにも今の生活が日常に馴染みすぎて、うっかりしていました。
畑仕事で荒れた手は、貴族社会では嘲笑の対象です。となると、水仕事も控えなければいけませんね。
過度な日焼けもだめです。筋肉は……これは見逃してもらいましょう。幸い、青いドレスは首まわりは広めに開いていますが、肩や腕は隠れますから。
「ルシアちゃんのきれいな黒髪も、完璧に飾ろう。もちろん華美になりすぎないように、ドレスとの調和を取れるように仕上げられる熟練のメイドの手配を、兄嫁か姉上に頼んでおくよ。……いいかい、これはオーフェルス伯爵家から売られた喧嘩だ。貴族として完璧に対応する。これが君に課せられた戦いだよ?」
戦い。
いい響きです。
貴族の皮を被った蛮族ラグーレンの血が騒ぎます。
「僕は普段のルシアちゃんが好きだけど、世の貴族には貴族としての美意識がある。貴族として殴り込みをかけるんだから、完璧に仕上げよう」
「……そうね。これは戦いなのね」
私は大きく頷きました。
多少、フィルさんに乗せられた気もしますが、貴族の戦いであるのは間違いありません。
ラグーレン子爵家を守るために。
それに……私だって侮辱され続けるのは、本当は嫌なんです。
「いい子だ。僕も当日を楽しみにしているよ。……ああ、でも本当は、その前にここに戻って来られればいいんだが」
私の頭を撫でたフィルさんは、ふと現実を思い出したようにため息をつきました。
きりっとした姿が、あっという間に床でゴロゴロしていた時のフィルさんに戻っていました。
それがおかしくて、私はフィルさんの背中をぽんぽんと叩きました。
「ほら、出発するんでしょう? お見送りしてあげるわよ!」
そう言って先に立って玄関へ向かおうとすると、いきなりフィルさんが私の腕を掴みました。
「どうしたの?」
「……ルシアちゃん、僕と一緒に王都に行かない? 君がいればクソな同僚の嫌みにも耐えられるし、兄上の愚痴も平気で聞き流せる」
「は? 何を言っているの?」
「ここの子になりたいと思っていたが、そうだよ、君がいればどこでもここと同じになるんだよ。ルシアちゃん、僕はこれでもけっこう金回りはいいんだ。君が望むなら、最高に贅沢な待遇も……!」
「おい、フィル! いつまでも来ないと思ったら、何をやってるんだっ!」
罵声とともに、私の手が解放されていました。
アルベス兄様がフィルさんの手首をギリギリと握っていました。
「アルベス。聞いていたのなら話は早い。今の件、仕事として悪い話ではないだろう?」
「悪すぎるだろうっ! 俺の妹の人生をめちゃくちゃにする気かっ!」
「ははは。ひどいな。そこまで言うか?」
「当たり前だ! お前、自分の生まれのことを何だと思っているんだ!」
「ちょっと特殊なだけで、兄上も兄嫁も姉上も人としては普通だよ。甥と姪は猿だが」
「そう言う問題ではないぞ! もう言うなよ。言ったら……殺すぞ」
「……ひどいな。夢くらい見させてくれよ」
アルベス兄様の冗談では済まない殺気のせいか、フィルさんはため息をついて両手を軽く上げてみせました。
……もう、訳がわかりません。
とりあえず、フィルさんの言葉はタチの悪い冗談だったのでしょうか。
付き合いきれません。
私はまだ何か話している二人を残して外に出ることにしました。
玄関の前には、フィルさんの馬が待っていました。
「お前のご主人様は、いろいろ複雑な人みたいね」
首を撫でながら馬に話しかけると、馬は同意してくれるかのように私をじっと見ていました。