(11)一緒に行ってくれますか?
私たち兄妹は、すっかり暗い顔になって黙り込んでしまいました。
と、その時。
カタリと椅子を動かして立ち上がったフィルさんが、ポンポンと私たちの肩を叩きました。
「僕が、ルシアちゃんと一緒に行こうか?」
……え?
「ゴルマン卿の結婚式がある頃は休暇は終わっているが、幸いなことに、しばらくは王都勤務なんだ。北部に戻るまで時間がある。だから、一日くらい休みをもぎ取ることは簡単だよ」
「本当に? 迷惑じゃない?」
そう聞くと、フィルさんは華やかな笑顔を浮かべました。
「大丈夫だよ。ルシアちゃんのエスコートができるんなら、うるさい部下どもを殴り飛ばしてでも行くよ!」
……殴り飛ばしてって……え?
何を言ってるの、この人。
それはそれで、全然良くないと思います。
でも……フィルさんと一緒なら心強いでしょうね。絶対に負けないだろうなという安心感があります。
そんなことを考えていたら。
私と同じようにホッとしているかと思っていたのに、アルベス兄さんは青を通り越して、真っ白な顔になっていました。
「え、お兄様、大丈夫? 顔が白いわよ!」
私が慌てているのに、フィルさんは薄く笑いました。
「そんなに喜ばないでくれ。照れるだろう?」
「……やめろ」
「お兄様?」
「頼むからやめてくれっ! ルシアを不幸にする気かっ!」
アルベス兄様が、壊れました。
白くて必死な顔でフィルさんの胸ぐらを掴み、額をくっつけるようにしてぼそぼそと囁いています。
抑えた声なのに、殺気が満ちている気がします。
そして、フィルさんは全く気にしないように笑っていました。
「アルベス。兄として心配しているのは理解する。だが、お前は一緒には行けないんだぞ?」
「それは……しかし!」
「ルシアちゃんを一人で行かせるのか? オーフェルス伯爵家は典型的な貴族だ。その一族総員でルシアちゃんを嘲笑する気なのだぞ。並のいたぶり方ではないだろう。お前は平気なのか?」
「そ、それは」
「あの手の連中を黙らせるには、オーフェルス家の坊やより格上の男にエスコートさせるのがいい。それはわかるだろう?」
「だからといって、お前は……まずいだろうっ!」
「僕が君たちと懇意なのは、事情通なら知っているはずだけどね。……では、僕は名乗らないようにしよう。ただのルシアちゃんの同行者だ。それ以上の名前を呼ぼうとしたやつは締め上げてやる。……どうだ?」
どうだ、って……それはどうなんですか?
家名を伏せたいから名乗らない、までは理解しました。
だからといって、なぜそこで締め上げるとかいう発言が出るのでしょうか。やっぱり騎士って蛮族なの?
呆れている横で、お兄様は黙り込んでしまいました。
服を掴んでいた手を離し、部屋の中をぐるぐると歩き回ります。
私は、ちらりとフィルさんを見ました。
もう服を整えているかと思ったら、だらりと乱れたシャツをそのままにしています。全く気にしていないのでしょう。
せっかくきれいな顔立ちをしているのに、本当にいろいろ無頓着で惜しい人です。
そんなことを考えていたら、お兄様がぴたりと足を止めました。
「……ルシア。フィルと一緒に行きたいか?」
「一人で行くより、絶対に安心できると思います」
「こいつはこんな顔だから、オーフェルス伯爵家の思惑とは関係なしに、嫌な思いをするかもしれないぞ?」
「えっと……それは、ゴルマン様に侮辱されるより嫌なことでしょうか?」
「どうだろうな。女性の嫉妬は怖いらしいから」
なるほど。そういう危険が潜んでいましたか。
私は真剣に考えてみました。
まともな格好をしたフィルさんは、間違いなく目立つ人です。そんな人と同行していたら、女性たちの嫉妬が私に向いてしまって……。
だめです。
考えてもよくわかりません。
そんな環境にいたことがない私には、想像すらできません。
わかるのは、一人では嘲笑されるだろうということ。
それも並の嘲笑ではなく、ラグーレン子爵家そのものを危うくさせるレベルのものになるでしょう。
でも、誰かにエスコートしてもらえれば、一人でいるより状況が格段に改善するはずです。
フィルさんのように目立つ人が一緒なら、他の出席者の目があるので、あからさまに侮辱されることも控えてくれるかもしれません。
とりあえず悪質な落とし穴さえ避けられれば、アルベス兄様とラグーレン領のために私は戦い抜く覚悟があります。
ならば、悩むまでもありません。
ラグーレン子爵家の血は私にも流れていて、結局はお兄様と同じく蛮族なのです。
「フィルさん、一緒に行ってくれますか?」
アルベス兄様が、悲しげにため息をつきました。
でも、何も言いません。
黙ってフィルさんを見ています。
真顔になったフィルさんは、私の前に来て片膝を突きました。
「エスコートする栄誉に心より感謝します。全身全霊をかけて我が姫をお守りしましょう」
……全然、真面目ではなかったですね。
私がため息をつくと、フィルさんはちょっとだけ笑って、私の手を取って指先に口付けをするふりをしました。
「よろしく。ルシアちゃん」
「こちらこそ」