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(10)オーフェルス伯爵家の狙い



 イレーナさんは、お菓子だけさらにおかわりをして、あっさりと帰って行きました。

 一応、食事にはお誘いしましたが、笑顔で断ってくれました。

 向こうも質素な我が家の食事には興味がなかったようです。こちらとしても助かりました。


 でも……疲れました。

 イレーナさんの前では虚勢を張っていましたが、今はもう立ち上がる元気もありません。

 ぐったりと椅子に座っていると、アルベス兄様とフィルさんが帰ってきました。

 イレーナさんと鉢合わせにならなくて、本当によかったです。


「ルシア! ユラナから聞いだぞ。イレーナが来ていたそうじゃないか。どうして俺を呼ばなかったんだ!」

「……だって、お兄様はイレーナさんのこと、あまり好きではないでしょう?」

「それは、まあ、だが……!」

「……それに、いなくてよかったです。私もぎりぎりでした」


 私は微笑もうとしました。

 でも、どうやら虚ろな笑顔にしかならなかったようです。

 アルベス兄様は、眉間にシワを寄せながらフィルさんを振り返りました。フィルさんは私を見つめ、それから椅子に座りました。


「ルシアちゃん。疲れているだろうけど、どんな話をしたかを教えてくれるかな?」

「……そんなに聞きたい?」

「今後の対策のために、聞かせて欲しい」


 フィルさんは優しく、でもきっぱりと言いました。

 珍しく真剣な顔をしています。

 アルベス兄様も椅子に座って、私が話すのを待ってくれています。

 はぁっと長いため息をつき、それからイレーナさんと話した内容を簡単に説明しました。



「……ありえない」


 腕組みをしたアルベス兄様は一言つぶやいて、そのまま黙り込んでしまいました。

 イレーナさんの言葉は少し穏やかに翻訳したつもりですが、お兄様はほぼ正確に元の言葉を推測してしまったのかもしれません。

 その結果が、ありえない、の一言。

 私も同じ感想でした。


 私がゴルマン様に婚約破棄されたことを知っているのに、イレーナさんが我が家にやってきたことも。

 婚約した時に決まっていたオーフェルス家から贈られるはずだった婚礼用のドレスが、まだ仕立てに入っていなかったことも。

 ゴルマン様のわがままによる突発的と思われた婚約破棄が、実は何ヶ月も前から準備が進んでいたことも。


 もう、全てがありえない。

 でも一番ありえないのは、なぜかオーフェルス伯爵家の方々が、私を笑い物にしようと手ぐすねを引いていることでしょう。

 私、ゴルマン様には嫌われているようですが、オーフェルス伯爵家から目の敵にされるようなこと、何かしましたか?



「……ラグーレン子爵家を潰すつもりなのか?」


 天井を睨んでいたアルベス兄様が、ぽつりとつぶやきました。

 びっくりしてお兄様を見ると、お兄様は腕組みを解いて額を自分の拳でコツコツと叩きました。


「俺が同席できない状態を作った上で、ルシアを徹底的に貶める。それをさらに貴族に広めて、俺の評判も落とす。ラグーレン家が伯爵家の怒りを買っているという噂が定着すれば、まだ残っている借金を取り戻そうと金貸しが動くかもしれない。そうなれば全てを手放すしかなくなる。いや、その前に悪評で潰されるか?」

「……そんなこと……」


 そんなこと、それこそありえない。

 そう笑い飛ばしたいのに、それが真の狙いなのではないかと思えてきます。

 青ざめていると、黙っていたフィルさんが首を振りました。


「ラグーレン子爵家を潰す目的ではないだろう。オーフェルス伯爵はもう少し狡猾だ。それに、ラグーレン領は小さいし今は苦境にあるが、それなりに価値がある。そのことをオーフェルス伯爵は知っている」


 それは、どういうことでしょうか。

 フィルさんは、ふと表情を緩めて私に笑いかけてくれました。


「ラグーレン領は王都に近いからね。気候もいい。独立した領地として運営するには小さすぎるが、利用するには美味しいんだよ」


 フィルさんは一度言葉を切り、苦々しい笑いを漏らしました。


「伯爵家と子爵家の縁組は初めてではないよね? 君たちを追い出すことができれば、子爵家の血を引く誰かを傀儡として領主に据えることができる。……オーフェルス伯爵は、ラグーレン領を乗っ取りたいのだろう」



 ……乗っ取り。

 私の婚約破棄は、なんだか大きな話になっていました。


「ああ、そっちの線があるのか。……まいったな」


 ぐったりと椅子に体を預け、アルベス兄様は低く唸りました。


「俺は動けない。ルシアは悪趣味な結婚式に出席しなければならない。でもこのままではオーフェルス伯爵とゴルマンのやりたい放題になってしまう。せめてルシアと一緒に行ってやれたらいいんだが」

「……私、頑張って立ち向かうわ」

「そうだな。ルシアは強いから、いい勝負はできるだろう。だがなぁ、高位貴族という人種は狡猾すぎて、何を仕掛けるかわからないんだよ。お前一人では寄ってたかって潰されそうで……。くそ、どうすればいいんだ」



 お兄様が、とうとう頭を抱えました。

 私も、今日ばかりは空元気の余裕がありませんでした。



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