メシアの能力、飯屋の力
新生地球アーシリア首都、ティアルモ東京は騒然としていた。
首都であるからにして、何度も何度も魔物の侵略の憂き目にあい、ついには幾重にも張り巡らせた結界に守られるように佇む眠らぬ町、ティアルモ東京。旧地球人も、旧アーシリア人も、全ての持てる力を集結させて守り抜く厳重な警備網の中にある。
それでも、度重なる特別魔物警報の度に、首都部は厳戒態勢となる。
毎回が負けるわけにはいかない、人類と魔物との勝負なのである。政治的中枢である首都は、全ての責任を負いその戦いを続けていた。
今回も、ほどほどの規模の魔物の群れが首都へ向かって飛行しているという。
政府の中枢は、数ある迎撃プランを朝も昼もなく詮議して決定。そして、被害が小さいと思われる高原に人員を配置してその時を待ち構えていた。
今回、高原付近の役場から緊急で召集された現場責任者の末遠勇行は指揮の伝達と記録を主な指令として預かった普通の役場職員だった。
真面目くさった眼鏡の奥、ストレスで後退しつつある額に脂汗をかきながら、蓄えた内臓脂肪の内側でなんでこんなことにと三千回は繰り返しつつ現場で待ち構える。
勿論、周囲には優秀な魔法使いと護衛官が複数控えている、たいへんVIPな待遇ではあったが。
そして、もう少しで魔物たちの群れと遭遇を果たすというところで、何の前触れもなくそれが現れたのを目にした。
一瞬前には何もなかったはずの不穏さを感じさせない晴れやかな青空に、一人の青年が金の髪を太陽に煌めかせながら、浮かんでいたのである。
敵か味方かと、迎撃軍は混乱した。
その中でも、責任者の重圧を背負った末遠は一番混乱していたと言える。
見た目は人間であるし、此方に背を向けたままであるからには攻撃を仕掛けるのはまずかろう。また、今この時に魔物の群れから目を離すべきではない。
末遠は化石になりそうな程に悩み、ぶるぶると震えながら、警戒を怠らずに少しだけ様子を見ることにした。瞬時に首都の本部へとその報告を行い、口上を述べている所で。
空が光った。青年が手を上げていた。そして、魔物を指した。
その瞬間に、魔物の群れはもともと無かったかのように姿を消していた。
従軍神官が跪く。
「勇者様……」
馴染みない異世界の神に向かって祈りを捧げる神官たちを傍目に、末遠は震えていた。
何あれ、生きてる最恐兵器なんじゃ………。
そして、政府の指示の元、彼を手厚く迎えて話をする事にしたのだった。
ちなみに、メサイアが転移してからここまでの所要時間は10分程度だった。
その頃一方、メサイアは、これでようやくハンバーグにありつけると満足気に微笑んでいた。
自分の背後が妙にざわついているし、何だか面倒くさい空気が流れているけど。
逃げるが勝ちである。
でも、人に迷惑をかけっぱなしで逃げたらきっとりんに叱られてしまう。
彼の躾けられたペット根性は、最低限の挨拶をしなければと思いとどまらせた。
「騒がせてごめんなさい。じゃ、そういうことで」
メサイアはとりあえず一番偉そうな、背広をパリッと着こなした中年男性に手を振って声をかけた。
その彼は、必死な様子で彼に追い縋る。
「ちょっと待って!いや、あの、お礼!お礼、するから!」
「僕、早く帰ってハンバーグ食べたいから」
気怠げに答えるメサイアに、彼は更に言い募った。目が血走っていて人相が変わっていた。
「あ、ハンバーグの美味しい店があるんだ!いつもと違う味もいいんじゃないかな!?」
その男、末遠は普通の役場職員だ。高齢化待ったなしの人口の少ない村町が寄せ集まったこの区域での役場職員は、たびたび地域の雑用人員だった。それ故、子どもの扱いにも慣れていた。
末遠はこの人物兵器を、本能的に子どもとして扱い説得していたのだ。そして、それは正解だった。
どうしても今日ハンバーグが食べたかったメサイアは、末遠に釣られた。
そして一時間後には、この国の首脳との緊急会談が秘密裏に行われたのである。
「早く帰らなきゃ、怒られる」
とかぬけぬけと言ってのける人物兵器の機嫌を損ねないために。
そこで、ある契約が締結されたのだったが……。
政府直轄の魔法使い集団に仰々しく見送られ、ボディーガードと共にメサイアの元に訪れた末遠は、冷や汗が止まらなかった。
最恐の人物兵器、救世主たるらしい勇者メサイア。
その存在だけでももて余していると言うのに。
それをひと睨みで涙目にさせる、最強の飯屋がそこには存在した。