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メシアと飯屋の出会いと現在

りんがメサイアと出会ったのは、2年くらい前だった。

 ある休日の冬の朝。まだ空が暗くぼんやりと月が浮かんだ頃に、りんは自宅からすぐ裏にある天井出食堂へと仕込みのために向かった。

 平日は朝から学校があるため、りんは夕方の繁忙時間が終われば終業であるかわりに、早朝からの仕込みが持ち回りだった。


 朝食を取るために来店する常連さんもぼちぼちといる。開店は7時。それよりも少し早いくらいの時間に準備のために食堂の扉を開けると、人が倒れていた。


 冬なのに軽装だった。なんだか綺麗なつやつやとしたローブのようなものを身にまとって、道路に腹ばいに倒れている。

 おそるおそる近づいてみると、金のふわふわした髪をした、子犬のような無邪気な顔をした彼は、幸せそうに頬を緩ませて熟睡しているようだった。


 酔っ払いかよ!!

 と心の中でひとりごちたものの、食堂の看板娘たるもの、お客様に見られる可能性のあるところでは常に品行方正でなければならない。


 寝ているだけと思いつつ、酔っ払いへの多少の心配もあるのは確か。その彼の肩を揺すろうと手を伸ばしたところ、その腕はガッチリと寝ていたはずの彼に掴まれた。

 そして、次の瞬間には嘘のように目をぱっちりと開けた彼は、満面の笑みでりんの掌を嗅ぎまくったのだった。

「……すごい、おいしい匂いする。食べていい?」


 そんな彼にドン引きながら食事をご馳走したのが、今に通じる不幸な出来事であった。


 彼は、りんに懐いた。刷り込まれた雛鳥であるかのように懐いた。

 いつもりんの後ろをついて回り、ひたすらに甘えたおす。

 怒ろうが喚こうが一向に気にせずに、彼の定位置はりんの後ろだった。



 何の役にも立たないがひたすら愛嬌のいいメサイアは、なんとその姿を飯堂家の皆に受け入れられてしまった。

 いつも仕事を邪魔されているりん以外には。


 お店の常連の冒険者が怪我を負っていた時に、魔法で回復してあげるなんて出来事もあって、それがまたメサイアの株を上げていた。

 そうしてメサイアは、長らく天井出食堂のペット的な立ち位置であった。



 ある日、煌びやかでいかにも高級そうな神官服を着た、お偉そうなご老体が何人も現れて、「やっと見つけました、勇者様!」とかいうこの世界のメインイベントみたいな事がおきた。

 メサイアは、この国の邪悪な脅威と戦うためにいる、旧アーシリアの救世主であり勇者なのだと。


 救世主だからメサイアと名付けられたのか安直だなかわいそうに、とか。

 大事な勇者なら脱走しないようによく躾けとけよ、とか。

 胸の奥に抱えた思いをそっと受け流しつつ、りんはその話を聞いていたが。


「えー、やるときはちゃんとやるんだって。何かあってから言ってよー」

 メサイアは気怠そうに一蹴した。


 そして、彼はその勇者という事実ごと天井出食堂のペットとして受け入れられてしまったのである。

 飯屋のペットの救世主メシア

 更にばかばかしいことに、メサイアは今もその立場に甘んじているのだった。



 メサイアは憎めないやつではあるのだが。

 りんだって、仕事の邪魔をして付きまとうという一点を除けば、彼を嫌うほどの理由はない。


 彼はとにかく緩い。その緩く全く空気を読まないところが、他人の緊張を和らげるゆるキャラだ。

 きっと賢いのだろうけれど、そんな風に全く見えないような人間的おバカで。

 大怪我を一瞬で治したり、壁に空いた穴を元通りにするような魔法は使えるのに、飯堂家からすぐ裏の食堂までの道に迷う方向音痴だったり、まかないが楽しみ過ぎて5分ごとに催促したりする。

 りんが叱ってもどこ吹く風な所もあれば、呆れたり悲しんだりされた日には、一日中耳と尻尾を丸めた犬の表情だ。

 皆のペット扱いなのは納得もできよう。


 しかし、ペットならばペットなりに、躾けは必要である。

 お客様の邪魔をしない。これだけは徹底させなければ。

 そうして名物扱いされるほどの、看板娘と駄犬の攻防が今日も繰り広げられているのである。

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