蜘蛛の糸 4
なんだこの女は。
それが、青年がこの天女に思ったことだった。
騙されやすい女だ。
『藤堂正吉』という偽名も信じて疑わない。
口の端を不敵に上げる。
ただ、もしやこの女は…樹音は本当に天女なのかもしれない。それほどに彼女の心は純粋で…美しかった。
まあ、彼女が本物の天女だとしたら丁重に死出の山の先まで送り届けようではないか。
借りを作れば作るほど、この天女は青年に感謝するだろう。つまりは、神聖とされる天女を助けたことで青年の『罪』も少しは軽くなるはずだ。
そう考えた刹那、胸の奥が針に刺されたようにズキリと痛んだ。
「…正吉さん?」
樹音の心配するような声が聞こえた。
「いや、あんたに借りを作らせたいだけだから」
息を少し整えながら、いつものように突き放すように言う。
これはなんだ…?
文字を書く手を動かしながら青年は思った。
これが死出の山の仕業なのか、あるいは…『罪』に対する死してなお拭いきれない罪悪感からか…
青年には皆目見当がつかなかった。
樹音はただ嬉しかった。
文字を書ける、という喜び。
「正吉さん‼見てください!」
樹音は嬉しそうに地面を指さす。そこには自分で書いた、『じゅおん』という文字が。正吉に比べたら不格好なことこの上ないがそれでも樹音は満足だった。
「下手」
正吉はバッサリと言い捨てる。
樹音は頬をふくらませた。
「仕方ないではありませんかぁ、これでも進歩ですよ!」
きゃんきゃん吠える樹音を横目に見ながら、正吉は樹音が握り締めていた木の棒を奪う。
そして不格好な文字の隣に、また新たな文字を織りなした。それはとても複雑で記号のようでもあった。
「正吉さん…なんて書いてあるんですか?」
「あんたが書いたこの字と同じこと」
そっけなく言う、正吉に樹音はまゆをひそめる。
樹音が書いた下手な文字と正吉が書いた文字では形が違いすぎるのだ。
ますます困惑した樹音は正吉を見る。
「ど、どういうことですか?」
「樹の音で樹音だろ。これ、漢字って言うんだ」
どこか得意げに正吉は言う。
思わず樹音は笑みをもらした。
「教えてください、正吉さん」