蜘蛛の糸 2
青年は一人真っ暗な森にたたずむ。
死んだ。
だから今、『死出の山』とやらにいるのだろう。下を見ないと針を踏む。
これが地獄…?
いや、までこの状態だと地獄ではないのか?
しかし本が無いというのは辛い。
本の虫であった青年は喪失感の真っただ中だ。
つまらないな。
これだったら生きていたころのほうがましだった。
人を騙し、金を取り立てるほうがよっぽど…
青年は不敵な笑みを浮かべる。
そんな時――
「た、助けてくださいぃぃ!」
上から悲鳴のような声をした。
慌てて見ようとしたときには強い力が身体につたわっていた。
なんだ?なにが、俺の身体の上にのっかっているんだ?
見たくても、何かが乗っていてそれも無理だ。
「いい加減どいてくれ…」
かすれた声で言う。言葉も通じない相手かもしれないが。
「へ⁉あ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
あれ…?思ったより可愛らしい声…
いや、そもそも何故か上から落ちてきた生き物がそんな愛らしいものではないはずだ。
物語ではないのだから…それは地獄だからあり得るかもしれないが。
悪ウサギか…?
ようやく身体が軽くなった。
ウサギだったら、食える。ここには食べ物もなさそうだし…死んでいるからいらないのか。
そう思いながら振り返った青年は固まる。
目をしばたかせ、慌ててそれから目をそらす。
ここは死後の世、何が起こってもおかしくない。
覚悟を決めてもう一度それを見た。
やはり、本物だ。
「本当に…いたんだ。天女って」
するとそれ…天女は嬉しそうに顔を輝かせた。
「わかりますか?わかりますか?」
「え…天女だろ?」
彼女は嬉しそうにこくこくと頷く。
「そうです!私は天女なんですけど…極楽に来た人はみんな『織姫』?とかわけがわからないことを聞いてくるんですよ」
青年は苦笑した。確かに自分も織姫を連想してしまった。
「ここどこだかわかりますか?私、極楽に帰って謝らないと」
ため息をついた。
この天女は何者なんだ?随分とおめでたい思考をもった小娘だ。
「ここは死出の山だ」
天女は笑顔のまま固まる。
ようやくことの重大さがわかったのか。
しかし、この天女はそんなに甘くはなかった。
首をゆっくりとかしげ、きょどきょどと視線を泳がせる天女。
「そのぅ、シデノヤマなるものはなんですか?」
ほわほわと笑い、呑気そうにする彼女は本当に知らないようだ。
なぜ、こっちの世界の人間が、ついさっきまで日本で生きていた俺より無知なんだ?
もしやこの天女…死人が仮装でもしているのではないか?
きっとそうだろう、そうに違いない。
ではこの女をつきだせば俺の罪も少しは軽くなるはずだ。
にやり、と不敵な笑みを浮かべる。
「お前、極楽に帰りたいだろ?」
天女は頷く。
「残念ながら極楽に行くにはもう少し先でこっちの役人にあんたを送ってもらう必要がある」
天女を蛇のような目で見る。
これが新しい獲物か。
「だから、俺と一緒にそこまで行こう」
「はい!」
元気よく返事をされた。思わず鼻で笑ってしまった。
哀れな小娘。だが……
ウサギは食わなければただのゴミになるだけだ。