女三人寄れば姦しい?
この章は、若干ながら性的な描写が含まれます。その手の描写が強く含まれると思われる部分には始めと終わりに※を入れていますので、苦手な方は飛ばして貰っても構いません。話的には問題ない地点で区切っているので大丈夫なはずです。
月は夜空に煌めき、この死の森であろうと相変わらず綺麗だった。
夜風には緑の香りの他に、死臭が仄かに混じり、ここが異質な場所であることを分からせる。
――バックアードを討伐してから、一週間ほど経った。村を覆う結界も問題なく治せたようで、明日、王都へと出発することになった。
それで今日は魔女さんの出立祭ということで、村総出でお祭りがあったんだ。
村、っていうけど、三百人くらいいるから、結構な規模だ。下手な町より普通に大きいんじゃないかな。そもそも死の森が大きいし、危険だからこの村は発見されなかったけど、技術レベル(結界とか)も兵力もかなりあって見過ごすの怖くなってくるね。
祭りは賑わいを見せて、肉や野菜がふんだんに使われた料理が振る舞われた。これはボクとしては嬉しい予想外の出来事だ。予定ではもうちょっと虫とか、肉があっても生肉を食べてるつもりだったから。
それでご飯をいっぱい食べられて満足したボクは、現在、ひとっ風呂浴びることになった。
至れり尽くせりで逆に怖くなってきたんだけど。最終的にボク、鍋にぶち込まれて食べられたりしない? 人狼って食べたら美味しいとかどこかにそんな変な迷信ないよね? 大丈夫だよね?
んで、ボクは全裸で浴槽の前に立っていた。かなり広い浴槽が目の前に広がっている。
この村は基本、区画ごとに一気に全員入る混浴のため、かなり広く作られているらしい。けど、今はボクを含めて三人だけだ。
この少ない人数には理由がある。なんでも有り難いことにバックアード討伐の功労者として労われることになったからだって。正直、知らない人に裸を見せるのはちょっと恥ずかしかったから嬉しかったかな。
ちなみにアンサムは功労者じゃなくて『問題の原因』とも言えるのでお風呂はなしだってさ。あとアハリートは……うん、そもそもお風呂に入れられないからね。
そんな訳で、お言葉に甘えてボクは魔女さんと…………ミアエルと一緒に入ることになった。
予想外。これはとっても予想外。魔女さんは良いんだけど、ミアエルはすっごい気まずい。いや、まあ、ミアエルも功労者だし、一緒に入る可能性は少しは考えていたけどさ。
「はーい、ここは公衆浴場なので入る前にかけ湯をしましょー」
「はーい」
「おっけー」
魔女さんにそう言われて、三人並んで借りた桶にお湯を掬って身体にかける。
あー、生き返る。お湯を、それもこんな贅沢に使えるのなんて、平時でだってまずないから、しっかり堪能しなきゃ。
すぐ入りたい気持ちを抑えつつ、横を見て魔女さんの動向を窺う。
おぉ、魔女さんはメイクを落としてるけど、普通にスッピンでも綺麗だね。黒髪も烏の濡れ羽色を思わせるほど綺麗だ。ボクの毛ってちょっとモワッとした感じだから魔女さんのサラサラヘアーはとっても羨ましい。
身体付きも、いつもローブを着込んでわかりにくかったけど程よく鍛えられたスレンダーな体型だった。肌には傷もそれなりにあるけど、白くて瑞々しい。あと、おっぱいがなんか良い感じの大きさですっごい羨ましい!
性格もちょっと変なところがあるけど、普通に優しいし。だからボクは割と魔女さんのことが気に入っている。だから魔女さんがまさか『古の魔女』って知った時は驚いたなあ。
……『古の魔女』って結構、すごい逸話があって残酷とか野蛮とか色々とあるけど(もちろん逆の評価も少なからずある)、人は噂話によらないんだな、って思ったね。
そんな魔女さんとボクの間にミアエルがいる。
まあ、まだ子供で身体付きなんて、つんつるてんだけど普通に造形は良いんだよね、この子。金髪も、月明かりと松明の灯りプラス水で若干濡れて、すっごい輝いて綺麗だ。顔立ちも幼いのにしっかり整ってるし、将来が期待出来る。
お人形さんみたいだから、ギュッと抱きしめたくなるけど、そんな真似出来ないしなあ。
ボクとミアエルの関係は微妙だ。悪くはない、と思う。つい最近まではボクがアハリートをボクの国に誘ったせいで恨まれちゃってたんだ。でもその件はアハリートの危険度上昇から、本人から申し出があって再考ということでうやむやになったんだ。
……そのうやむやになった後、ミアエルにフォロー出来なかったんだよねえ。
それで、現在に至るまでなんか余所余所しい関係が続いている。
ミアエルは子供な割に大人っぽくもあるし、もう怒ってはないんだろうけど、関わり方が分からないんだよね。
魔女さんがゆっくりと湯船に浸かったのを見て、ボクとミアエルもお湯の中に入る。
「良いお湯だねえ。ミアエルちゃん、今日はちょっと泳いでも大丈夫だよん」
「やったー!」
そう言ってミアエルはぱちゃぱちゃと元気に泳ぎに行ってしまった。
ミアエルがいなくなった隙間を埋めるように、魔女さんが近寄ってくる。
ちょっとドキドキする。怖くはないけど、まだ親しいってほどじゃないから、二人きりなるのは難易度が高いかも。ボクがどんな話題で話しかけようかと悩んでいると魔女さんから声をかけてくれる。
「フェリスちゃん、お湯加減はどう?」
「ちょうど良いかな。気持ち良いよ。……この村のお風呂、すごい立派だね。いつもこんなお風呂に入れてるの?」
「いつも、ではないかなあ。一週間に一度、一区画ごとに入るようにしてるよ。それで、いつもは私は最後に入るんだけど、長老の子達が『リディア様は今日ぐらい、贅沢を為さるべきです』って言って譲らなくてねえ。……そんな気遣い必要ないのになあ」
最後にそう呟いた魔女さんは、どことなく寂しそうな顔をしていた。
「皆に慕われてるんだ」
「ありがたいことにね」
魔女さんは膝を曲げて、その上に伸ばした両腕を乗せて手を組む。
「だから本当は出て行くべきじゃないんだけど、……『可能性』が生まれちゃったからね」
「……可能性って、アハリート?」
古の魔女が『可能性』と呼ぶのは、あの規格外の化け物でありながら、人の心を持つ魔物以外いないだろう。
そもそもあれおかしいし。バックアードの屋敷で、ちょっと外から戻ってきたら一段階進化し触手生やしてたし。ていうか、その前の屋根突き破って屋敷来る時にすでに一回進化してたし。……一日に二回進化とかあり得ないよ、普通。
魔女さんが、ふふっと笑う。
「うん。今まで出会ったことないかな、あんな子には。だからその行く末を見たいの」
「……魔王にするの?」
これを聞くのは不味いと思いつつも、意を決して問いかけた。
古の魔女の逸話には、魔王を作り出したり、魔王たる力を持つ魔物を守ったりすることが多々ある。だからアハリートも魔王にするつもりなのかと思ったんだ。
けど、魔女さんは首を横に振る。
「その気はないかな。……そもそも魔王作りは何度か失敗してこりごりだし」
「そっか」
穏やかにそう返す魔女さんにボクはホッと胸をなで下ろす。怒せるかと思ってドキドキしちゃった。……というか、魔女さん、自分が古の魔女であること隠さないんだよなあ。知られちゃ不味いとは思うんだけど。敵対してるかどうかで対応変えてるのかな?
「アハリちゃんには自由にして欲しいかな。それが一番だと思う。……あの子は存在が危険だけど、完全にそうなり得ないだろうし」
「……?」
魔女さんは何か確信を得ているようだけど、そこを突っ込むほどボクは命知らずでも無粋でもない。そこら辺の情報は別に手に入れる必要はないしね。
魔女さんがこちらに微笑みを向けてくる。
「それでフェリスちゃんは、どんな感じ?」
「どんな感じって?」
「なんかアンサムくんと仲良しだし、王子様らしいから、なんかなーなんて。もしかしてぇにぁゃんかあったりぃ、みたいな?」
「……えー」
「わぁお、すっごい渋い顔」
そりゃそうなるよ。
ボクはため息をつく。
「アンサムとは単なる腐れ縁ってだけだよ。そもそも身分が違い過ぎるし」
「その割になんかフランクだよね、どっちも」
「昔からの付き合いだからね。……言っちゃうとアンサムの師匠づてで、昔から訓練の中で痛めつけてた。そういう関係」
「王子様、痛めつけてたんだ。なるほどそういう関係なんだねえ。……ちょっと気になったんだけど、フェリスちゃんの方が強かったり?」
魔女さんが面白そうに笑うから、ボクも笑みを浮かべる。
「まあね。元のアンサムでも、スキルを使わなかったら普通に今でもボクの方が強いよ。本気の殺し合いならどうなるか分からないけどね」
実力的にはボクの方が上だから殺せるかもしれないけど、殺し合いとなると結果がどうなるか予想がつかなくなる。そもそもあまりそんなことしたくないしね。
アンサムは別に嫌いじゃないし。好きでもないけど。まあ、悪友みたいな感じかな。
……だからこそ、元に戻してやらないといけないと思ってる。政治とか戦争とかそういうのを抜きにしても、あいつみたいな奴が王になってて欲しいんだ。
「……そういえばアンサムっていうと、悪ノリして、覗きとかしてきそうだけど、そんな気配ないね。いたら沈めてやったのに」
「……あー。たぶん、私のせいかもね。脅しすぎて、トラウマ植え付けちゃった可能性あるから。……いやあ、別に私としては覗かれるのは構わないんだけどねえ。いやむしろお願いしたいっていうか……」
ちょっと、はあはあして危ない魔女さんだ。
残念だったね、アンサム。今なら美人さんの裸体、視姦し放題だったのに。いや、男ってそういうのより恥ずかしがってる方がいいんだっけ? だとしたら、業が深いな。
まあ、仮にトラウマなかったとしても、見られなかったかも。……たぶん、覗こうとしたら、村人にボコボコにされるだろうから。……あっ、なんかそれ面白そうかも。
ボクが脳内でアンサムが村人にリンチされている場面を思い浮かんで楽しんでいると、ぱしゃぱしゃとミアエルが戻ってきた。
魔女さんの前にやってきて、手を掴む。
「ししょー、あそぼ?」
「ええー、どうしよっかなー」
ミアエルに上目遣いで言われた魔女さんは、顎下に指を当てて、楽しげにそう言った。
う、嘘みたい。今さっきまで、はあはあしてた人が普通にお姉さんしてる!
そんでミアエルが普通の子供っぽい! あんな甘えた声で遊ぼうなんて言うなんて! う、羨ましい……。
「あそぼーあーそーぼー。ねーねえ、ねー」
「私はおばあちゃんだからもうちょっとゆっくり浸かりたいかなあ。おばあちゃんよりも……そうだ、フェリスちゃんとかどう?」
「――っ!」
そうだ、じゃないよ! いきなり名指しされてビックリしたわ!
思わず魔女さんを見つめると、ウィンクしてきたし。いやいやいや、やめて、やだ、確かに仲の改善とかしたいとは思ってたけど無茶ぶりやめて。
ほら、ミアエルだって――。
「あ……え……」
すっごく困ってらっしゃるよ! そうだよね、いきなり仲が良くも悪くもない相手と遊ぶことになるなんてどうすればいいか分からないよね! ボクもだよ!
魔女さんが戸惑うボクに、頬を膨らませる。
「もう、フェリスちゃんは。固くなりすぎだよん。もうちょっと肩の力抜かないと」
「そういう問題?」
「そういう問題だよー。そもそもフェリスちゃんにはフェリスちゃんにしか出来ない、楽しいことがあるんだしねー」
なにそれ、どういうこと。ボクに出来ること? ボクにしか出来ないこと?
えっと、えっと――ボクにしかないもの――!
「ミアエル、おっぱい揉む!?」
「そーいうことじゃぬぁーい」
「うひゃあ!?」
突然、魔女さんの片手がボクの背中を通り、脇を抜けて胸を掴まれてしまった。そのまま半身を横に向かせられて、ついでにもう片方も脇の間から手を入れられて胸を掴まれる。
ぬるっときたよ、なんか今! 体術レベル、すごくない!? あと、何気に力も強い! 今、必死に抜けようとしてるけど、ビクともしないんだけど!
魔女さんの手が、わきわきと動き、ボクの胸を揉んでくる。
「もー、そういうことじゃなくて、アハリちゃんを見習いなさいな」
「アハリートって、ボク、触手も虫もないし!」
「そうだけどそうじゃないというか……うーむ、ちょっとこう柔軟さがたりないんだよなあ。おっぱいは柔らかいのに」
「ちょ、揉まないで! あと、力すごいね、魔女さん! ビクともしないんだけど!」
「『拳聖』による二十倍の身体能力は伊達ではないのだよ」
「レアスキルの無駄使いやめて! ――ちょ、んっ!」
ボクの身体が、ぴくんと跳ねる。――いや、性的快楽は得てはない。けど、魔女さんの指使いがかなり上手い。マッサージ的な意味で。無駄に効果あって嫌なんだけど!
「数千年の歴史によって編み出された最強のマッサージを味わってくれちゃうがいい! んで、少し色んな意味で柔らかくなろう。……ちなみにこのまま続けるとヤバい方のマッサージになるので悪しからず」
「ヤバい方ってなに!? ――んぅっ!」
ボクの胸が魔女さんの手によって揉みしだかれる。円を描くようになで回され、無駄に大きな胸が、魔女さんの描く手の軌道を忠実に再現していた。
数千年の歴史に語弊はないようで、身がほぐれるような気持ちよさが伝わってくる。胸じゃなかったらもっと――っていうかむしろ肩とか太股とかにお願いしたいんだけど、マジで!
魔女さんの指が胸に沈み込んでくるけど、指圧するためか痛みはない。むしろ、圧された部分が程よい刺激となって身に伝わってくる。
「んっ、ふっ――魔女さん、もういいって! もう、やめよう! んんっ」
「だーめ。どうせ逃げちゃうでしょ、ここからもミアエルちゃんからも。今後一緒に旅をするんだから、ちゃんと考えるように!」
考えるったって、集中出来ないんだけど!
……一応、無心になる方法も、スキルで無理矢理感情を抑え込むことも出来るけど、今、それをやったらミアエルどころか魔女さんとも気まずくなること確実だ。今後を考えるなら、下手に逃げるのは確かにナシなのは分かるけども――。
※
「――そろそろかなん?」
「……?」
不意に魔女さんがそう呟いたのが聞こえてきて、問い返そうとした時。
魔女さんの人差し指と親指が、きゅっと摘まみ上げてきた。
ボクの胸の『先』にあるものを。
「んぁっ!」
びくん、とボクの身体が今までで一番大きく跳ねる。
視界がチラつく。
ほんの少しの間、ボクの意識が無意識へと切り替わっていた。
気付いた時には、またボクの胸は魔女さんの手になで回されるように揉まれていた。
「な、なに、今の……」
「ちょっとイケない大人のマッサージをしたんだよん。……ほら、『ココ』さっきよりちょっとだけ違ってるでしょ?」
「――っ」
魔女さんは胸を揉みながら、器用に人差し指で胸の先端を擦る。見ると確かにいつもより膨らんでいるのが分かる。わずかな差だが、感触も違っていることだろう。
「お風呂の中だから、ちょっと血行が良くなったおかげかもねん。心臓もバクバクいってるし、このままだとのぼせちゃうかもねえ」
「だ、だったらもうやめ――うひゃあ!」
本日二度目の驚き声。
魔女さんは一旦、ボクの胸から手を離し、代わりに胴体とお尻の下に回し、抱き上げながら、一気に浴槽の外に出る。そして魔女さんは自らの開いた脚の間にボクを座らせた。そしてまたボクの胸を揉み出す。
一切抵抗出来なかったんだけど! 驚いていたことを差し引いても、魔女さんの体術の技量、かなりのものだ。って、関心してる場合じゃない! いつの間にか足も足で絡められて、まともに動かせるのは手だけになってるし!
魔女さんの胸を揉む手をどかそうとしても、本当にビクともしない。かといって、その際に揉む力が増すとかそんなことない。痛みになればマシになるとか考えたんだけど。
マジで筋肉の緩急凄すぎるんだけど! これただスキル使ってたら身につかない技術だよ!
そこに驚いていたのも束の間、魔女さんは胸をなで回しながら、人差し指と中指で『先端』を挟み込んできた。
「これなら涼みながら出来るから、満足するまでやれるよん」
「ボ、ボク満足なんて――んぅっ!」
ボクの敏感になった部分を挟み込んだ指と指が開いて閉じてを繰り返す。
「ちょ、だめっ、やっ――あんっ! はぁっ、んっ、はぅっ! やだっ、だめっ、んぅっ!」
ボクの口から意図しない甘い声が漏れ出てしまう。胸から伝わる刺激は、単なるマッサージとは言えない感覚だった。
自然と身体が前のめりになって逃げるような体勢を取るけれど、抜け出すことは出来ない。
何故か切なくなって擦り合わせた太股が、ぬるりとした感触を帯びていた気がした。
「だめ――ほんとそれ、だめっ――! んんぅっ、く、ぅうっ! ふっ――やっ、ぁあっ!」
胸の指が挟み込むのをやめ、指先で『先端』をこねてくる。さらに弾くように上下に振るわれ、時に優しくくすぐるように愛撫される。
「ん、くぅっ! ふっ、ぁっ、うぅっ――ぅうんっ! だめ、色々しちゃやだぁっ」
「じゃあ、オーソドックスにん」
そう言って、魔女さんは胸を揉む手を止めて、親指と人差し指で先を摘まみ、擦ってきた。
「んぅうっ!? いやっあっ――あぁっ、ん、ぁっ! んっ、んぅうっ、ひぃんっ!」
単純を求めた魔女さんの『ソレ』にボクは人らしい言葉を出すことが出来なくなっていた。ソレは擦り愛撫するだけ。たったそれだけで、胸から身体全体にどうしようもない感覚が走り抜けていた。
昔、興味本位でやった時は何も感じなかったはずなのに。
荒く甘い吐息しか出なくなってしまう。
どれだけ時間が経っただろう。もうボクはまともな言葉を出すことすら出来なくなっていた。
「やんっ、やっ、あんっ、やぁっ――んぅ、あっ、んっ、んぅっ、だめっ、だめだよぉ――」
駄目だ。恐らくもうクる。それが本能的に分かる。抑え込むのはもう無理だ。考えが上手くまとまらない。でも、不味いのは分かる。自分の身体がまるで他人のように思える。
――そうした一瞬の俯瞰をしたせいで、周りの景色が――特に前方が見えてしまう。
ミアエルがそこにいた。
のぼせただけじゃない理由で顔を赤らめて、ボクを見つめている。何故か目じゃなくて、頬を抑えて、イケないと思いつつも見つめてくる。
「やぁ――ミアエル、だめっ――見ない、でぇっ――ひゃぁんっ! んひぃっ! あぁ――だめ、もうだめ――だめええええええええええええええ!」
――そうしてボクはその叫びを最後に、くったりと気絶するレベルで力を失ってしまうのだった。
※
やべえ。マジやべえ。色々とやべえ。
ボクはそんな脳内ですら語彙も何もかもなくした状態で、浴槽の外で俯せに伸びていた。
イかされてしまった。何がとは言わないよ? けど、もう完璧にヤられてしまった感があるんだけど。人生であんな経験なかったんだけど。それを人に見られながらとか、しかも小さな女の子とかにとか、もーうーいーやーだーきーえーたーいー。
ちなみにそんな女の子、ミアエルと憎いあんちきしょうの魔女さんはさっきのことがなかったかのように遊んでいた。
浴槽の中で魔女さんが手をついて、足をぴーんと浮力で伸ばして二つん這いになって、ミアエルを追いかけている。
「まぁうてぇい」
「いやーーー!」
きゃははは、とミアエルが水を弾き、笑いながら逃げている。
普通に遊んで、普通に楽しんでるんですけど。
さっきのことがなかったかのようだ。もしかしてあれは夢だったとか?
まあ、あったんですけどね。現実ですよ、わかってまーす、逃避はしませんよーだ。
大体、まだ胸がなんか変な感じにジンジンするし、股もなんかアレだし。床にくっつけてるのはヤバいけど、かと言って仰向けにはなりたくない。
これは乙女心とは違うけど、滅茶苦茶複雑な心境なんだよ、今。
魔女さんの望み通りの文字通りほぐれたけど、これでどうすりゃいいんだよ。いや、考える時間を与えられたのは分かるけどさ。そもそもあんなことして――と、もういいやあのことを考えるだけでも不毛なループに陥る。
今考えるべきは、そう――ミアエルと仲良くなるためにはどうすればいい? だ。
魔女さんは肩の力を抜けとは言っていたけど、それでどうすれば良いんだろう。アハリートを見習えとも。そしてボクにしか出来ないことがあるって言ってた。
ボクにしか出来ないこと――『狩人ノ極意』の特殊技、認識阻害は人狼の中でもボクが一番長く使えるけど……これは違うよね。認識されなくなったら遊ぶどころじゃないし。それに十秒だけしか使えないし。あとはもう一つ特殊なスキルがあるけれど、あれを使ったら皆死ぬからナシだ。
そもそもミアエルと仲良くなるってどういうことなんだろう。
対等な立場の仲間として? いや、ミアエルは子供だ。……でも、子供らしからぬほど強い。ボクが子供扱いしたら失礼になるんじゃないだろうか。
……あぁ、そうだ、ボクはそれを悩んでいたんだ。
ミアエルをどう扱うか。
子供としてか一人前の人間としてか。
殺されかけたトラウマもあって、ボクはミアエルを恐れて、ボクよりも強いなんて思っていた。
「……まあ、そんなことないよね」
今、視線の先にいるミアエルはどうしようもなくただの子供だ。
あの子はここに来るまでたった一人で生き抜いてきたのだろう。だから気を抜けなかったし、大人のように振る舞うしかなかった。でも根本はやっぱり子供なんだ。
自分で何でもやろうとしているからといって、ボクが手放しに、それもわざわざ重しを乗せることなんてしちゃいけない。
……アハリートを見ろ。聞けばあいつは殺されかけてもなお、ミアエルを救い、あの子を守った。他の皆がミアエルの優秀さ故にその手を借りたようだけど、アハリートはそうするつもりはないように思える。
……そうだよ。本来、そうしなきゃ駄目なんだ。
「よし、決めた」
ボクはミアエルを子供として扱おう。もちろん仲間として、最低限頼りにすることもあるけれど、辛い役目だけは背負わせないようにしないと。
そしてまずそのために、ボクが一人の大人として、ミアエルに懐かれないとね。
よし、恥を捨てろ、フェリス。というかもう捨てるような恥なんかないしね! はっはぁ! そんな色々と吹っ切れたボクは『とあるスキル』を使い、ミアエルの下へと向かう。
リディアは浴槽の外からわずかな魔力の乱れを感じ取る。視線をわずかにずらして見ると、『最高の姿』になったフェリスがいた。
そのフェリスに念話で『その姿』でお湯の中に入っても良いと了承をすると、ちゃぷんとお湯に浸かって歩み寄ってきた。
ミアエルもその音に気付いて、フェリスの方を見やると「おぉ」と驚きの小さな声を上げた。
彼女達の視線の先にいたのは、白と黒の毛色に、ごんわりとした感触がしそうな体毛、すらっとした顔つきの――一匹の狼だ。
その狼――『獣化』したフェリスはミアエルの目の前にやってくると、彼女の頭に鼻をくっつけぴすぴすと音を立てる。
「いやぁ」
ミアエルが笑いながら、頭の上にある鼻をぱしりと掴む。そして、同時にフェリスがぶしゅっとクシャミをしたので、驚いてミアエルが手を離して、二、三歩後ろに下がる。彼女はパチパチと目を瞬きする。
そしてその先には、フェリスがお座りをして、尻尾を振っていた。ぱしゃぱしゃと立つ音が小気味良い。
人間というより完全に狼――けれど普通の犬のような可愛らしく安心出来る仕草。
そんな彼女を見て、ミアエルは何も言わず笑顔になると、フェリスに抱きついた。
――それから、本当に先ほどまでのギクシャクした関係が嘘のように二人は元気いっぱいに遊んでいた。
リディアは浴槽の縁に座りながら、その光景を楽しそうに眺める。
「うん、大正解」
ミアエルを子供として見ることは正しい。
無論、今後の旅で子供として扱うことは足手まといと同義だし、子供扱いをして何もさせないのは駄目だ。
だから子供として扱うことは必ずしも正しいことではない。
何よりもミアエル本人が役に立とうと奮闘することだろう。そして役に立ってくれる。
けれど、ミアエルは頑張り過ぎてしまうのだ。強迫観念に似た思想によって、己に無理をさせてしまう。
そんなときのために、自分達が助けてあげる――否、頼ってもらえる人間になるべきなのだ。
そのためにはミアエルが子供として振る舞ってもいい大人にならなければならない。
――少しでもそんな相手がいてくれるなら、ミアエルの負担がきっと軽くなるはずだから。
あの二人の関係はまだスタートラインに立っただけだが、今後どんどん良くなっていくだろう。
フェリスが身体をぶんぶんと振ってお湯をまき散らし、それを浴びて笑い声を上げるミアエルを見て、リディアはそう思うのだった。
――ちなみにフェリスとミアエルが仲良くなったことで、ほんのりアハリートが嫉妬するのだが……それはまた別のお話。