#06 黒い四つ葉のクローバー
私が待っている待ち合わせ場所に現れた黒い人が、彼だと確信して、一気に抱き締めにいきました。
私と彼だけの合言葉を、彼が誰かと共有しているということはないと思うので、その黒に身を委ねるのは少しの怖さもありません。
私は大量の黒に飲み込まれて、おかしくなってしまいそうになるので、繁華街やイベント会場などの人混みはとても苦手です。
私はそのような場所でも、彼がいてくれさえすれば、心から少しは黒が抜けてくれるので気持ちが楽になります。
私の瞳に掛かってしまうと、何もかもが同じ黒い人になり、その黒い人が100とか200とか行き交うこんな状況なのでは、おかしくなるに決まっています。
私は、彼に手を握られて、彼にしかない特有のあたたかさに包まれて、黒い人が流れ星のように前を過ぎ去っても、落ち着くことが出来ています。
私の目に映る黒に、柔らかさを持たせてくれるのは彼だけなので、すごく優しい気持ちで歩けるようになりました。
私には、彼の表情が一切分からず、声質も一直線で、彼が今どんな気持ちなのかは、伝わりづらい環境ではありますが、彼の黒い指の躍動感で楽しそうなのが少しは伝わって来ています。
私が、彼と他の黒との違いで差があると感じているのは言葉選びで、文学的と言いますか、比喩を巧みに操っており、他の人とは鋭さが違うのです。
私は、離れて一秒でも彼の姿が見えなくなってしまったら、もう始めから黒海のような人混みの中から、彼を認識しなくてはならなくなるので大変です。
私の黒豆のような小さな黒目で、しっかりと彼を見つめて、握った手を一瞬でも離してはならないのです。
私と彼との間に今、前から来た通行人が流れゆき、ヤバいと思ったときには、繋いでいた手を引き離され、視界は薄い黒に染まりました。
私はそれでも、離れる前からまばたきをせずにずっと見ていたので、煌めく彼の黒を目ではしっかりと繋ぎ止めていて、すぐに繋ぎ直すことが出来ました。
私がホッとしたのも束の間、彼がトイレに行きたいと言い出してきて、渋々ではありましたが、黒さの溶けた白い心で、すぐに手を離したのでした。