泣き虫の君の世話係
君は泣き虫だ。
悲しい時も、嬉しい時も、腹立たしい時も、いつも泣いている。
それをおさめるこちらの気持ちも分かって欲しい。
「カークぅぅぅ、かぁあくぅぅぅう」
はいはい、今日は何ですか。
「あ、姉上が、ひっく、いじめるんだ」
またですか。
「ステリナが、今日は赤いリボンをつけてて、かわいかったから、今日のリボンはかわいいねって言ったら、姉上がそ、そこはステリナは今日もかわいいねでしょって、たたくんだ。うう、わああぁぁあん!」
いつもながら微妙に失敗しているセリフのチョイス。そこを相も変わらず鬼姉様に怒られたと。
「ぼくは、思ったことを言っただけなのにぃ」
そりゃ君が思ったことと相手に伝わることが同じとは限らないからだろ。
君のセリフじゃあ「リボンが可愛いね。君はそうでも無いけど」みたいに思われるだろうからね。鬼姉様のお陰で自分の方が詳しくなったよ。
「ステリナは、また悲しそうだったし、頭は痛いし、ううっ、もうやだよぉ」
「こら!あなたまたカークに泣きついて!」
「うわあああ!姉上がでたぁ!」
「なんですって!」
「怖いよ、助けてカーク!うわああああああん!」
鬼姉様に逆らえるわけがないだろ。大人しく再教育されてきな。
「聞いてよカーク!今日ね、ステリナと街に行ったんだ!」
今日は随分と機嫌がいいな。
「街は人がいっぱいでにぎやかで凄かったんだ!立って食べるのも初めてで、けっこう難しかったんだ」
育ちのいい君には新鮮だったろうね。
「でね、その途中で迷子の女の子を見つけてね、ステリナと一緒に親を探してあげたんだ」
へぇ、良い事をしたじゃないか。
「でもね、全然見つからなくて、怖い人にもからまれるし···財布も無くなるし···犬のふんを踏んじゃうし···」
相も変わらず格好がつかないね。君は。
「ステリナは凄いんだ、怖い人と話をつけてくれたし、無くした財布もいつの間にか見つけてきてくれたし、ハンカチで靴を拭いてくれたし···」
んー、そうだね、確かに凄いね。
「それに比べて、僕はなんて情けないんだろう···」
ええー、結局泣くの?あんなに機嫌がよかったのに?
「最後には女の子の親も見つけられて、ステリナは凄いねって言ったら、殿下のために頑張りましたからって」
怖い人を逆に脅したりスられた財布を取り返したりする事は一朝一夕じゃできないものな。
「僕ね、凄く情けなかったんだ。ステリナに守られてばかりで。でもね、それよりもずっと嬉しかったんだ」
大きく溜まった水がポロリと落ちた。
「僕のために頑張ってくれてたのが」
それは何の涙だろうね。
「許せない。アイツ絶対に許さない」
おいおいおいおい、どうしたどうした、物騒な顔をして。
「あの野郎、僕のステリナの悪口を言ったんだ!許せない。殴り倒してやりたい」
それだけ聞くと過激だぞ。
「僕の事は好きなだけ悪く言えばいいさ、弱虫なのも、出来損ないなのも、事実だし」
泣き虫を忘れてるぞ。
「でも、ステリナまで悪く言うのは許せない。ステリナは能無しじゃない。顔も怖くない。無愛想なんかじゃない」
自分もそう思ったことはないな。
「ステリナは僕に合わせてくれているだけで本当はとっても賢いし、ちょっとつり目なだけでとっても可愛く笑うし、笑ってなくてもすごく美人だ。髪はキラキラ輝いて綺麗だけど、触るとふわふわで気持ちいい。赤い目はルビーみたいでとっても綺麗だし、その目で見つめられるとドキドキして、抱きしめたくなる」
あれ?もしかして自分、惚気られてます?
「いつも僕を気づかってくれるし、面白いお話も聞かせてくれる。姉上や母上ともとっても仲がいい。父上も認めてる」
そこまでで俯いて、唇を噛み締めている。やめなよ、血が出てしまう。
「ステリナを、ハズレ引きだなんて、言わせない。僕は絶対に王になってやる。強くて、誰からも認められる王に。ステリナを守れる王に」
吐き出された強い願いと共に、最後の泣き虫がこぼれ落ちていった。
あれから君は頑張ったね。辛くても痛くても苦しくても。
何より、泣かなくなった。
あの泣き虫な君が。
もうずっと君の涙を見ていない。鼻をすする音を聞いていない。べそをかく声を聞いていない。
代わりに色々な声が聞こえるようになった。
勇敢な王。優しい王。聡明な王。
博識な妃。慈愛の妃。怜悧な裏のーーこれは聞かなかったことにしよう。
もう自分はお役目御免だね。君は立派な誰もが認める強い王だもの。
だから、さ?
「カーク!おい、しっかりしろ!カーク!!」
自分だってカッコつけさせてよ。ずっと君のせいでカッコ悪かったんだからさ。涙でベチョベチョで。
「ステリナは無事だ。カークのおかげだ」
そりゃ良かった。なんたって君の大切な人だからね。
「カーク、お願いだ、死なないでくれ」
そりゃ無理だ。見たら分かるだろう?
「嫌だ、カーク、いかないで、ずっとここにいてよ、カーク、君がいないと、僕は···」
おいおい、泣き虫な君は居なくなったんじゃ無かったのか?
勘弁してくれよ。たった今お役目返上した所なのに。
「かぁーく、かあくっ」
仕方ないな。これも仕事だからね。最後の仕事だ。
「っ」
ふふん、このオレが初めて顔を舐めてやったんだ。光栄に思えよ。特別に今日だけ自慢の毛皮も自主的に貸してやる。
「カーク、君は···僕の一生自慢の友達だよ。ステリナを守ってくれてありがとう。僕をずっと慰めてくれて、ありがとう」
犬を一生自慢の友達だなんて、変な王様だね。でも、悪くないと思うよ。
いつも思っていたけれど、君の涙はとっても優しくて温かいよね。
お読みいただきありがとうございました。
ちなみにイメージはゴールデンレトリバーとなんか顔つきの怖い犬のミックス犬です。
ステリナちゃんは大好きな君の為に頑張っちゃう天才型です。