救い
救い
私は午前中は倉庫係だった。朝起きて、二問だけ数学の問題を解き(毎朝、必ず二問だった)それから工場に行く。2問数学を解く。いつからこの癖がついたんだろう?ただただ、これをやめると俺は「生きて」いけなくなるんじゃないかという不安である。工場の、怪獣みたいな倉庫に入る。商品の背番号を読んでは棚に片づけるのだ。まるでロボットのように腕を動かし続ける。なにも考えないことにしている。
少し大袈裟に汗を拭きながら時計をみる。12時で交代だ。あとはいつも紫色の服を着たおばさんにバトンタッチする。そのおばさんはかなり厚化粧で香水をイヤほどつけている。私は何故か非常に心が落ち着く。無言でにっこりほほえむと入れ違いに部屋を出る。おばさんは無表情に、自分がやっていたのと同じように並べ出す。
午後3時から、コンビニのバイトが入っている。私は大学時代、コンビニ人間という小説が大好きだった。これは、芥川賞受賞作品で、就職しようとせずにコンビニでバイトしながらニートになりきっている女性の話である。ただ、それを読破したことはない。はじめの数ページでやめてしまった。なんだか主人公が自分に似ている気がして、怖くなったからである。話の中に、そのヒロインの怠惰を叱責するシーンが出てくる。怖い。
コンビニへは歩いていく。バスは使わない。いつも同じ道をたどっていく。大きな横断歩道がある。そこを横断しながら、ついつい妄想せざるにはいられない。誰か若い金持ち女性が、いや、若くなくてもいいが、フトした拍子に僕に一目惚れして、ホテルに引きずっていって押し倒さないかしら。ヒモになりたい。そう本気で考え出したのは高校に上がってからだっけ?何の前触れもなく、いきなり執着しだしたんだった。何でだろう?誰かに囲われて人形のように愛撫される。そんな相手を求めていたのかもしれない。僕は高校中頃から突然セックス依存症みたいになって、ほぼ息もできないほどになった。毎日毎日が、苦しくてしょうがなかった。母や教師なんかは無責任に、「勉学に打ち込めば楽になれる。」なんて説いたが、今から思えば嘘八百だ。私は自分自身に対する処方箋を出していた。「私自身をすべて受け入れ、愛撫されない以上、私の心は平静になり得ない。」それまでは、妄想し続けるしかないのだ。いずれ受け入れてくれる女、可愛がってくれる人が現れる。笑う教師、呆れる同級生は山ほどいたに違いないが、そう信じずにどうしていきていけよう?私は最近、もし信じることが許されないとしたら、多くの人が狂うか自殺してしまうのではないかと思っている。某というYouTuberが、妄想には金がかからんからなあ、なんてのんきなことをいっていたが、その通りだろう。惨めになってきたのでここら辺でやめよう。え、楽そう?フリーターいいね?馬鹿者(涙)いや、止めよう。何でもいってくれ。
「ちょっとよろしいでしょうか?」後ろから、声をかけられた。巡回中の警察官だった。職質され、工場勤務です、と答えた。フリーターです、と答えることはさすがにできない。けれども、私は警察官を心底軽蔑している。所詮は公務員、という先入観を払拭できないのである。だから怖くない、偏見は時に人を救うのだろうと思っている。
2時35分になった。
光のなかに影あり。道化のなかに悲哀あり。