第九十三話 砂漠の王
どこまでも、黄金の砂原が広がっている。
緑はなく、水もない。
そこにあるのは照りつける太陽と、乾燥した空気と、輝く砂だけ。
その砂漠のただ中に、一台の鳥型飛行機体が舞い降りた。
人一人が立って操縦するのがやっとの小型機だ。
男は砂を舞い上げ着地を済ませると、乱雑にゴーグルを外した。
スキンヘッドで目つきの悪い、いかにもチンピラといった人相だ。
「おーい! 本当にこの辺りか!?」
男は、上空に向かって大声を上げる。
よく見れば、彼の上には同じ機体が数機ホバリングしていた。
「そのはずですよ!」
空からの答えに、男は眉間にしわを寄せ、周囲一円に目を凝らした。
「……まったく、どこに埋もれてやがるんだ。可愛いターシャの手紙を持った郵便屋は」
* * *
「ターシャ、お父様からのお返事は返ってきた?」
「……いいえ、まだ。もしかしたら捨てられちゃったのかも」
がっくりと肩を落とし俯いている。
夕陽色の瞳もどこか悲しげだ。
リリアンヌは「そんなことないわよ。まだ一週間じゃない」と慰めた。
しかしターシャは「いいえ」と首を振る。
「そもそもお父様は私に興味がないの。そうでなければ、一番危険な国境の領地に送り込んだりしないもの」
リリアンヌは、果たしてそうなのだろうか、と内心疑問を抱いたが、結局口には出さなかった。
「でも、困ったわ。ホルガーさんの奪還作戦にはお父さまの協力が必要なのに」
「あ、そこなのね」
儚げな見た目とは裏腹に、芯の強い強かな友人だった。
* * *
「もう諦めて帰りましょうよ」
「バカヤロー! 誰より賢くて頑張り屋なターシャが俺に初めて手紙をくれたんだぞ!」
男はむきになって辺りに目を凝らす。
そのとき、視界の端にはらりとひらめくものが映った。
「……見つけた!」
砂に足を取られながらも走り寄る。
金色の砂から僅かにのぞいていた布を力任せに引き上げた。
はたして、それは配達員の少年の服だった。
「げっほ! え! あれ! 生きてる!」
少年はがばっと起き上がると周囲を不思議そうに見まわす。
男は呆れたように眉を上げた。
「お前なあ……まあ、遭難したときにその場に寝転んで体力温存するってのは間違っちゃいないがな。ここは砂漠だぞ? 埋まってどうすんだ」
少年は「いやあ」と頭をかく。髪からさらさらと砂が落ちた。
「気づいたときにはもう足が動かなかったんですよね。助かりました。ところで何故ここに王が?」
王と呼ばれた男は「そうだった!」と少年を引き起こす。
「お前、手紙預かってるだろ! ターシャの!」
少年はげんなりした顔で「あぁ、そういうことですか」と郵便鞄を探った。
「相変わらずですね。ほら、ありましたよ」
少年が差し出した手紙を、男は目にもとまらぬ速さで奪う。
「よかった! 無事だったか!」
「……僕の身よりそっちを心配してたでしょ」
配達員の少年はふてくされた顔をした。
男は豪快に笑い、少年の頭をガシガシと撫でる。
それから、ふらついた少年の体を支え、日よけの布をかぶせると、水筒を差し出した。
「馬鹿言うな。遭難者が出たと聞いてどんだけ探し回ったと思ってんだ。……まぁ、うちの郵便屋なら死んじゃいないだろうとは思ってたが」
王の側近と思しき男たちも頷く。
少年はどこか照れくさそうにそっぽを向いた。
「乗れ、家まで送ってくから」
「……ターシャにもこのくらい優しくしてやったら伝わるのにな」
男はきょとんとした顔で「どういう意味だ?」と首をかしげる。
少年と側近は呆れ顔だ。
「だから、あいつ王様に嫌われてると思ってるんですって」
男は、「またその話か」と腕を組んだ。
「そんなはずはない! 確かに会話は少なかったが、一番重要な領地を任せたんだ。少なくとも信頼してることくらい伝わってるだろう。年に何度もプレゼント送ってるしな」
側近がやれやれと首を振る。
一人が「年頃の娘というのはもっと多感なものですよ」と言い添えた。
男は虚を突かれたのか、「そうか……?」と呟く。
いまだに納得がいっていない様子だ。
「まぁ、そりゃ行ってみればわかることだろう!」
開封した手紙を太陽の光に透かし、不敵に笑う。
今度は少年と側近がぽかんとした。
「え、行くって?」
「一体どこに?」
男はひらひらと手紙を振った。
「可愛い娘から『助けて』とのお達しだ! 待ってろターシャ! お父さん、お前のためなら大陸の果てまでも駆けつけるぞ!」
喜び勇む王をよそに、一人の男が王宮に連絡を入れる。
「あぁ、郵便屋の少年は無事見つかった。……それと、別件なんだが、王の外出の準備を。日数?……とりあえず、大陸の果てまででも行けるくらいかな。あぁ、そう、ターシャさまに初めて頼ってもらえたと大喜びで……あとは、察してくれ」
王宮で通信を受けた侍女は、微笑みながら目頭を押さえた。




