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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第四章 知の都 リヒシュータ領 ダヴェニス
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第七十七話 進む計画


 その夜は日付の変わる頃、ようやく部屋に戻りました。

 自習室にいるとつい時間のことを忘れてしまうのです。

 手早く体を清め、夜間着に着替え、野菜スープを温めました。


 湯気の立つスープカップの隣に、今朝方届いた手紙を並べます。

 今日は、王都から一通、シュタドハイスから四通、アルシラ方面から二通の計七通です。


 順番に差出人を確認していくと、王都からはスノウ姉さま、シュタドハイスからはベルツご夫妻、モアご夫妻、それにルイさま、オルトさま。

 アルシラ方面からはヘレンさんのお祖父さまと、花麦畑のロベルトさま、ローラさまからでした。


 とりあえず、お祖父さまからのお手紙は、明日ヘレンさんと一緒に読もうと傍に置きます。


 それから、シュタドハイスの手紙たちを手に取りました。

 そう、驚くことに、ホルガーさまと離縁してなお、彼のご家族との交流は続いているのです。

 そしてあろうことか、ご両親は、「私たちはいつまでも君の父母だ」と言ってくださっているのでした。

 実際にお会いしたのはあの一度きり、戸籍上はもはや赤の他人の私に、どうしてそこまでよくしてくださるのでしょう。

 恨まれても仕方がないことを、私はしてしまったのに。

 何度考えても答えは出ないのですが、こうして毎日のように届く手紙に、私は甘えてしまっています。


――きちんと食べているか。


――風邪は引いていないか。


――いつか遊びに行ってもいいか。


 実家からの手紙いうのは、きっとこんな感じなのでしょう。

 疲れている日には不覚にも泣いてしまったことさえありました。


 今日の手紙も、いつも通りのほのぼのとしたものです。

 ロゼさまは木苺でジャムを作られて。

 ハイドルさまはそれを美味しく召し上がって。 

 アスラさまとマシューさまは薬草の採集をされて。

 オルトさまは財政管理に頭を悩まされ、ルイさまはオルト兄上に恋人をとお節介を焼いています。


 最後に「君の良いアイデアを聞かせてほしい」と書かれていたので、近々通信魔水晶に着信があるでしょう。

 皆さまの顔を見られるのはとても楽しみです。


 次に、ロベルトさま、ローラさまからのお手紙を開きました。


 あれから、花麦は薬事室で念入りに研究され、数々の優れた成分を含んでいることがわかりました。

 美白成分、肌にハリをもたらす成分、そういった多くの成分がちょうど良いバランスで構成されているのだとか。

 専門用語が羅列された報告内容は、正直ほとんどわかりませんでしたが、自然の力は偉大だなと思いました。


 かくして、花麦をアルシラの特産品にすべく、様々な商品化が進んでいるのです。

 今回は、薬事室お墨付きの美肌水「花麦水」のラベルの相談でした。


「若い娘さんの好みは自分たちにはわからないから、意見を聞かせてほしい」


 とのことです。

 これは明日、ヘレンさん、リリアンヌさま、ターシャさまにも相談してみましょう。


 最後に、スノウ姉さまからのお手紙を開封しました。

 今回はいつもの定期報告より枚数が多い気がします。


――とうとう各地で学舎の建設が始まりました。

  完成は一年後をめどにしています。


「一年!?」


 思わず私はその場に飛び上がりました。

 全国三百ヶ所の学舎建設を一年で終わらせるなんて、不可能にさえ思えます。

 しかし、お姉さまにはきちんとお考えがありました。


――カタル国、シルヴァ国境付近の兵を引き上げました。もうそこに兵士は必要ないでしょうから。今彼らには、学舎建設をしてもらっています。


 勿論望まない人には帰宅許可を出していて、決して無理強いはしないよう徹底しているのだとか。

 それでも、半数以上の方は家にも帰らず、そのまま建設地に向かったのだそうです。

 また、一度帰宅した方々も、多くはじっとしていられないと建設現場にやって来られるのだとか。


 その動機の半数以上は、「自分の子にも教育を受けさせてやりたい」というもの。

 この改革は、多くの人の心を動かしているようでした。


――しかし、あなたの言っていたように、教師は全く足りません。こちらは何か手を考えねばならないでしょう。とりあえず、当座の教師役には魔導師団員を宛がいます。彼らは皆仮にも、魔導師学校を卒業しているのですから。


 確かに、この国で唯一平等な教育を受けているのは魔術師だけといっても過言ではないでしょう。


――それぞれなるべく実家近くの学校に赴任させます。また、本人の希望があれば、その魔術師には教師として地方に残ってもらっても良いでしょう。


 魔術を持つ子どもは全員王都で軍に入らなければならない。

 その悲しい常識が、今、変わろうとしていました。


「……魔術師も、地方学校の先生になれる」


 愛する故郷を離れることなく。


「それなら、これから生まれてくる魔術持ちの子は、家から学校に通って、そこで魔術を習えば良い」


 アスラさまのような思いをする子が、いなくなる。

 知らないうちに、私の頬を熱い涙が流れていました。

 

――また、各国から「当国の子どもたちにも教育を与えたい」と要請がありました。こちらは既に「是非」と答えています。あなたなら快く了承するだろうと思って。

 

 私は小さく微笑みました。

 これを聞けば、ターシャさまやフュナさま、シスさまもきっと喜んでくださるでしょう。


――そのためには交通網を整備しなければなりません。つまり、子どもたちが学校に通うために、馬車以外の新たな交通手段が必要なのです。


 それは、私も薄っすらと考えていたことでした。

 そもそも、全国三百ヶ所では、到底全ての子どもたちが通える状態にはなりません。

 遠方から通わねばならない子も、中には下宿しなければならない子も出てくるでしょう。

 学校数は徐々に増やしていく計画ですが、それまで馬車で通えというのも酷な話です。


――私は、それに、あなたの言っていた「鉄道」を推そうと考えています。


 その一文を見た瞬間、私はまた、がたんと立ち上がってしまいました。

 見間違いかと思いました。

 両目をこすって目を眇め、何度も確認しました。

 それでもやはりそこには「鉄道」と書かれているのです。


 古い書物で見かけた乗り物を、何とは無しに「こういう乗り物もアリかもしれませんね」と手紙に書いたのは、恐らくひと月ほど前だったと思います。

 まさかそれを、お姉さまが真に受けられているなんて。


「……ほんの、冗談のつもりだったのに」


 何にせよ、お姉さまはすこぶるやる気のようで、既に開発組を作ってしまわれたのだとか。

 それも、なんと、動力の要となるのはあの魔源石。


――あなたにもきちんと話をしたいから、できればすぐにでも王宮に来てちょうだい。


 私は味のわからなくなったスープを飲み干し、夢見心地でベッドの中に潜り込みました。



* * *



「……ホルガーさま、もうすぐです」


 毛布を肩口まで掛け、窓の外の星々を見上げ、私は静かに呟きました。


 あなたが、戦地の話を部下の方とするときの悲しげな表情を、私は知っています。

 大切な方をたくさん亡くされてきたことも、知っています。


「……もう二度と、そんな顔はさせません」


 ぐっとこぶしを前に突き出すと、「やるぞ」と己を奮い立たせました。

 





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