表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第三章 新しい日々
58/137

第五十八話 緊急招集


「……皆、忙しいところ集まってもらってすまない」


 ホルガーが会議室を見回すと、目の下にクマを作った面々が一様に首を振った。

 連日の疲れは滲み出ているものの、大将が戻った安心感からか、表情は明るかった。


「それで、ルコットさんとの旅行はどうだったんですか?」


 一人が笑顔で口火を切ると、ホルガーは躊躇いながら答えた。


「あぁ、楽しかった。とても。……俺は」


 目に見えてわかるほど落ち込む大将に、問いかけた隊員は慌ててフリッツ大佐に助けを求めた。

 視線を受けたフリッツは、「何故俺に」と眉をひそめたが、結局仕方がないと腹をくくった。


「何かあったんですか?」


 ホルガーは淀んだ目を上げると、ため息をつく。

 それから、「俺は、知らずしらずのうちに殿下を傷つけていたようなんだ」と呟いた。


 今度はフリッツが視線を巡らせ、リヴァル中将に助けを求める。

 温和な中将は「心得た」と頷き、女性なような繊細な面差しで微笑んだ。


「ルコットさんがそう仰ったんですか?」

「いや、殿下はただ、『ホルガーさまの妻でいられる自信がない』と」

「……他には?」

「『ホルガーさまに私の肌をお見せするわけにはいきませんもの』と」


 室内に、冷たい空気が流れた。


「ちょっと待った、一旦整理しましょう」


 まずいと思ったハーディ大佐が、流れを変えようと黒板の前に立ち、状況の整理を図る。


「まず、どうしてそんな話に?」

「……前者は、涙の理由を伺ったときに」

「大将、ルコットさんを泣かせたんですか!」


 ホルガーは「あぁ」と暗い表情で頷いた。

 隊員はしまったと口をつぐみ、ハーディに両手を合わせる。

 ハーディは「心配するな」と首を振った。


「それで、後者は?」

「怪我を負った殿下に、俺は何をして差し上げることもできないと言ったときに」


 とりあえず、ハーディはその情報を書き込んでいった。


「少し客観的な意見も聞いてみましょうか。アサト、旅行中、二人の様子はどうだった?」


 フリッツの問いに、アサトは首をかしげる。


「私の目からは、とても良好に見えました。大将の好意は全く伝わっていないようでしたが、ルコットさんも大将と出かけるのを楽しみにしていましたよ」


 一同は一斉に首をひねった。

 では何故、彼女は涙を流したのだろう。

 

「旅疲れでしょうか?」

「女性は繊細だといいますからね」


 そのときふとリヴァルが顔を上げた。


「そもそも大将、ルコットさんにプロポーズはされたんですか?」


 予想もしていなかった問いに、ホルガーはぽかんと口を開く。

 それから、丹念に出会いから思い返してみた。


「……していない」

「なるほど」


 腕を組み、何やら思案しているリヴァルに、ホルガーはおずおずと付け加える。


「しかし、想いはきちんと伝えている」


 これにはアサトもこくこくと頷いた。

 

――プロポーズ 未


 と黒板に書いたハーディが「ちなみに何と?」と促す。


「お、お可愛らしい方だと」

「それから?」

「お綺麗です、と」

「他には?」

「……あなたの笑顔が好きだと」


 隊員は顔を見合わせると、再び首をひねった。


「これで想いが伝わってないってことはないですよね」

「『好き』だと伝えてますもんね」


 フリッツも険しい顔で唸っている。


「そもそも、政略結婚ってプロポーズするものなんですか?」

「どうなんだろう」


 誰一人そのあたりの常識を解している者はいなかった。


「そもそもこの中に女心がわかる奴なんているんですか?」

「リヴァル中将はモテるじゃないですか。あと意外にフリッツ大佐とか」


 全員、実はホルガーも密かな人気を誇っていることを知ってはいたが、この場では黙っておくことにした。


「あとは……アサトもモテるが鈍いからなぁ」


 アサトは首を振り、「姉上に聞いた話ならできますよ」と苦笑した。


「リヴァル中将、どうでしょう?」


 とりあえず、ソツのない中将に期待の眼差しが向けられる。

 彼はどこか困ったように眉を下げた。


「そうは言っても私は片想い歴が長いですし、お相手には歯牙にもかけられていませんから、色恋の経験はゼロに等しいですよ」


 藪をつついて思わぬところから蛇が飛び出してきた。

 一同は、そっと話題を変えた。


「ち、ちなみにフリッツ大佐は?」


 フリッツは眉間のシワを深くして、ため息をついた。


「そんなことにかまけている暇はなかった」

「『フリッツさま冷たい。私とホルガーさんとどっちが大事なの』っていつも泣かれてましたよね」


 フリッツはさらに不機嫌そうに黙り込んだ。

 迷惑をかけてきた自覚のあるホルガーは気まずげに「すまなかった」と謝った。


「女心の分析は難しそうですね」

「…そうだな」


 黒板をまとめていたハーディが、じっとアサトの証言を見つめる。


――大将の好意は全く伝わっていないようでしたが


 考えれば考えるほど、この一文は無視できないもののように思われる。

 

「……思うのですが、お二人は何だかすれ違っている感じがしませんか?」


 ぽつりと呟かれた声に、会議室がしんと静まり返った。

 当のホルガーさえ「すれ違っている?」とぽかんとしている。

 ハーディは「これはただの憶測ですが」と前置きして、板上を指し示した。


「大将は『想いは伝えている』と仰っているのに、アサトには『大将の好意は全く伝わっていない』ように見えている。つまり、ルコットさんは、大将の言葉を別の解釈で捉えているのでは?」

「…例えば?」

「『お可愛らしい』を『政略夫婦パートナーとして仲良くしましょう』とか」

「……世辞だと思われていたということか」


 リヴァルが「ありそうな話ですね」と呟き、一同もまたゆっくりと頷いた。


「大将、今更なんですが、ルコットさんをご両親に紹介しましたか?」

「……いや、まだ」

「それもあるんじゃないですか?」


 ホルガーはきつく目を閉じうなだれた。

 そんな馬鹿な。

 そう言ってしまいたいのは山々だが、現に彼女が悲しげにしているのだ。

 その原因が自分にあるのは明白である。


「…どうすれば良い」

「ご両親への紹介は、タイミングもあるでしょうが、早い方がいいでしょうね」

「あとは、気持ちをきちんと伝えてみるしか…」


 フリッツは、スケジュール帳を繰ると、「とりあえず」と有無を言わせぬ語勢で告げた。


「大将は今日からきちんと家に帰ってください。新婚らしく、新居からここへ出勤すること。仮眠室通いは禁止です」


 一瞬躊躇ったホルガーに、フリッツは言い募った。


「さもなくば、最悪離縁なんてことになりかねませんよ」


 ぎょっとしたホルガーは、迷いなくこくこくと頷いた。

 リヴァル中将も、「家族サービスは大事ですよね」と鷹揚に頷く。


「一緒に思い出を作るのも良いと思いますよ。何かご予定は?」

「庭でバーベキューでもとは言っているが」

「いいじゃないですか。そのときにでも、もう一度きちんと想いを伝えられては?」


 ホルガーはさっと顔を赤らめ、机を睨んだが、とうとう目を閉じて頷いた。


「……あぁ、そうする」


 掠れた声には、緊張と覚悟と不器用な愛情が滲んでいた。


「それでは、今日の会議はここまで。大将は今すぐ『今日から家に帰る』とルコットさんに連絡を入れてください」



 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ