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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第二章 北の大地 アルシラ
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第四十四話 無事の報告


「まぁ、奥さま!どうされたのですかそのお怪我は!」


 シュトラの宿の一室。

 ベッドに横になったルコットは、通信魔水晶越しにばあやのお小言を聞いていた。


「ばあや、これには事情があるの」

「お顔にまで傷を作られて!どんな事情があるというのです!」

「まぁまぁ、ばあさん、あまりルコットちゃんを責めないでやってくれ」


 背後でアスラがなだめているが、効果は見られないようだ。


「アスラさまは奥さまに甘すぎるのです!ホルガー殿がついていながら、一体何があったのですか」

「……面目無い」

「ばあや、ホルガーさまは悪くないのよ」

「そんなことはわかっています!どうせまた奥さまが無茶をされたのでしょう」


 肩を落とすホルガーに、慌てて取りなすルコット。

 ここは自分がしっかりせねば、とアサトは口を開いた。


「ばあやさん、ルコットさんが拐われたのは不可抗力だったんですよ」

「拐われた!?」


 結果、ばあやのお小言の勢いが増した。


「アサト、お前、余計なことを……!」


 ガヤガヤと騒ぐ一行を、ブランドン、ベータ両大将は遠巻きに眺める。


「……すごいばあさんじゃな。お前のとこの嫁さんよりうるさいんじゃないか」

「お前の嫁さんには負けるわい」

「なにっ」


 ホルガーが振り返り、「大将!」とたしなめた。


「これ以上騒ぎを起こさないでください」

「そもそも、こんなにうるさくしたら、ルコットさんが休めませんよ」


 そのアサトの鶴の一声で、ばあやの怒声がぴたりと止んだ。


「……まぁ、お話しは帰ってからに致しましょう。奥さま、覚悟なさいませ」

「えぇ、ばあや、心配をかけてごめんなさい」


 ばあやは深くため息をつくと、「奥さまにはかないませんね」とアスラ、ハントに前を譲った。


「やぁ、ルコットちゃん大丈夫かい?」

「ハントさま、色々助けてくださってありがとうございました」

「いやいや、なんてことはない。しかし、もしお礼をというなら、あの子を何とかしてくれないかな?」

「あの子?」

「あの薬草学の子だよ」

「あぁ、フュナさまですか?」


 まだ追い回されているのかと、ルコットは笑った。


「笑い事じゃないんだよルコットちゃん!あの子、どこにでも現れるんだ。『治療治療治療治療』……!おかげで日がな一日気の休まる暇がない。幻聴まで聞こえてきそうだ……」


 ぐったりとしたハントを横目に、アスラがいたずらっぽく笑う。


「でも、フュナちゃんのおかげで、最近の団長はいきいきしてるんだよ?前は『私は全知全能だ』と言わんばかりの澄まし顔だったけど、最近は慌てふためく姿が見れてとても楽しい。胸のすく思いだ」

「アスラくん、実は私のことがきらいなのかい?」

「マサカ!ソンケイスベキ、ジョウシデス!」


 ハントはじとりとアスラを睨むと、「まぁいいさ」とルコットに向き直った。


「とにかく、無理は禁物だよ。傷はそれほど深くないようだけれど、飛んだり跳ねたりは厳禁だ。とはいえ、せっかくのアルシラなのだから、ゆっくり観光でも楽しみたまえ」

「はい、そうします」


 手を振る三人に手を振り返すと、「それじゃあね」と通信が切れた。


 それを確認すると、ルコットはひょいと立ち上がり、壁際の両大将へ綺麗に礼をした。


「お待たせしてしまいまして、申し訳ありません」

「いやいや、ワシらが勝手に押しかけたんじゃから」

「立ち上がって大丈夫か?」

「はい、歩く分には何の問題もありません」

「そりゃ不幸中の幸いじゃな」

「そうさな。せっかくアルシラに来たというのに部屋から一歩も出られないんじゃ、もったいない」


 ブランドンとベータは、ホルガーへ視線を向けた。


「ちゃんとアルシラを案内してやるんじゃぞ」

「こんな可愛い嫁さんをもらいおって」

「こんなことならワシがホルガーを養子にもらっておくんじゃった……」

「動機が不純すぎますよ……」


 ホルガーは、「心底疲れた」と言わんばかりにため息をついた。


「とにかく、殿下はお疲れです。面会はまた明日以降に」

「わかっとるわい!」

「お前こそ、明日の朝、会議に遅れるでないぞ!」

「わかりましたって」


 両大将が廊下へ出て行くと、ようやく室内に平穏が訪れた。


「……嵐のような人たちだ」

「大将、明日の午前中はあの方々と会議なんですよね。お疲れ様です」

「……アサト、お前も同席してくれ」

「私にはルコットさんの護衛がありますから」


 片手をあげるアサトの笑顔はひときわ輝いていた。


「……というわけで、殿下、明日の午前中、俺は不在になります。大変不本意ですが、アサトと暇をつぶしていてください」

「……本人の前でそういうこと言うのやめてもらえますか」


 ルコットは「まぁまぁ」と苦笑しながらうなずいた。


「了解です、ホルガーさま。それなら本日は、一緒にゆっくり過ごせますか?」


 無意識のルコットの攻勢に、ホルガーの頬が染まる。


「は、はい、今日はゆっくり休むようにと言われています」

「でしたら皆さんで一緒に……」

「あ、ルコットさん、私はちょっと野暮用やぼようが!」

「え?そうなんですか?それじゃあ、ヘレンさんは……」

「ヘ、ヘレンさんと一緒に野暮用が!」


 ルコットはぱちくりと目を見開くと、「そうだったのですか」とうなずいた。


「ごめんなさい、引き止めてしまって。ゆっくり楽しんできてくださいね」


 アサトは内心「ルコットさん、嘘をついてすみません」と懺悔しながら扉を開けた。

 そして去り際、「頑張れ大将」の意を込めてサムズアップする。

 冥府の悪魔の顔はいっそう赤く染まった。



* * *



 ヘレンは宿の裏手に一人座り込んでいた。

 両手のひらをじっと見つめる。


(……私は、何もできなかった)


 父は魔術師、母も特殊な体質を持っていたのに。

 自分の非力さに直面するのは初めての経験だった。


(……もっと、強くなりたい)


 優しく、まっすぐなあの子の道を守るために。

 ヘレンは決意を固めた目で、ぎゅっと両手を握った。


 遠くから、アサトの「ヘレンさーん!」という声が聞こえてくる。

 秋空の下、爽やかな風の中で、ヘレンは急いで立ち上がった。




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