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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第一章 婚礼編
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第二十一話 式後


「大将、本当にルコットさんを行かせて良かったんですか?このまま新居に向かうはずだったのでしょう」


 怪我人を担架で運び出しながら、フリッツはホルガーに尋ねた。担架に乗せられている男も、「そうですよ」と同意する。


「ルコットさんとの同衾解禁日じゃないですか」

「元気そうだな。歩いて医療棟まで行くか」

「いててててて、刺された太ももが…」


 急に脚を押さえた男を、ホルガーははたいた。


「しかし、不幸中の幸いですね。近衛兵のときとは違い、大した怪我人はいないようです」


 周囲をぐるりと見回し、フリッツは呟く。

 ステンドグラスは粉々に割れ、内装は見る影もない大聖堂。

 しかし、担架で運ばれる者は皆意識もはっきりしており、めでたい日よりに当てられたのか、冗談が飛び交い、あちこちで笑いが起こっている。


「今回は目標がはっきりしていたからな。他の者を嬲る暇がなかったんだろう」

「相手にもされてなかったってことか」


 そばで「疲れた」と言わんばかりに転がっていた男がうずくまる。


「女の子に蹴っ飛ばされた自分の体幹を呪う」


 リヴァル中将が「まぁまぁ」と柔和に笑いながら助け起こした。


「中将が無傷なのが余計に傷つく」

「その優男は鍛え方が違う。諦めろ」


 リヴァルは「心外だなぁ」と苦笑した。


「ハーディだって無傷でしたよ」

「ハーディ大佐は普段のあの礼儀正しさからは想像もつかない戦い方をしますよね…」

「それを言うならフリッツだろう。インテリ眼鏡詐欺もいいところだ」


 ついホルガーが乗ると、フリッツは大げさにため息をついた。


「大将のためにこれだけ必死に戦ったというのに、その言い草ですか。礼の一つでも聞きたいところですよ」


 するとホルガーは、決まり悪そうに頭をかいた。


「礼は今晩酒が入ってから言うつもりだったんだが」

「今晩って、大将まさか帰らないつもりですか!」


 信じられないと目を見開く皆に、ホルガーは当然だと言わんばかりに頷く。


「この件の処理が終わるまでは帰れないだろう。しばらくは仮眠室通いだ」


 呆れてものも言えない皆の代わりに、フリッツが頭を押さえて口を開く。


「処理は私がしておきますから、大将はルコットさんと一緒に過ごして差し上げてください」

「いや、皆に任せて一人休むわけにはいかないだろう。それに、殿下も快諾してくださった」


 夫が夫なら、妻も妻であった。


「…大将は、その、ちゃんとルコットさんのことを、愛してるんですよね?」


 聞いてもいいものかと遠慮がちに尋ねる部下に、ホルガーは静かに目を閉じた。

 まぶたに浮かぶのは、色々な笑顔を浮かべた彼女ばかり。

 朗らかな声、纏う空気。

 全てがまるで運命のように景色を明るく照らした。


「あぁ、とても大切な方だ。この先の俺にとっても、恐らくこの世界にとっても」


 大袈裟な表現ではあったが、ルコットを知る者にはその意味が何とはなしにわかった。


「皆、彼女を守ってくれて、ありがとう」


 いつのまにか静まり返っていた聖堂に、その声は染み入るように響いた。

 皆茶化そうと口を開きかけては、潤む目を抑えるように唇を噛む。


 余裕ある風態で警備についていた彼らは、誰よりこの任務の重要性を理解していた。

 この式が中断されれば、ルコットはホルガーの妻だと認められない可能性さえあったのだから。


 皆ルコットが好きだった。

 見下されても見下さず、貶されても貶さず、騙されても騙さぬ彼女。大らかで朗らかで、美味しいものが大好きな彼女。

 そんな彼女がもし、この式の末に死んでしまうようなことがあれば、きっと悔やんでも悔やみきれない。

 皆余裕な仮面の下に、緊張と不安を隠していたのだ。

 それが今、一気に解放された。

 式は無事に、終わったのだ。


「……はぁ、全く、世話の焼ける大将だ」

「大将、幸せにな」

「あー羨ましい…俺も早く結婚してぇ」


 涙声で騒ぐ男たちを、スノウとハルは遠目に見ていた。


「まったく、賑やかな人たちね」

「手厳しいな」


 愉快そうに笑うハルに、スノウは冷たい視線を向ける。


「何故助けたの」


 その声は、余計なことをと言わんばかりだった。

 強いて気づかなかった風を装い、ハルは微笑む。


「『あなたには、為すべきことがある』から」


 スノウは決まり悪そうに視線を逸らすと、そのままその場を後にした。



* * *



「宜しかったのですか?新郎殿をお一人にしてしまって。その、今日が結婚初日なのですよね……」


 医療棟を歩きながら、フュナさまは遠慮がちに口を開かれました。

 陶器のような肌に肩口で揺れるインクのような髪、伏せられた目。それから、華奢で小柄な体。

 全てが彼女の後悔と消沈を物語っていました。

 どう言えば、フュナさまの心は軽くなるのでしょう。

 私は迷いながらも口を開きました。


「……もし、私が結婚したのがホルガーさまでなければ、あのまま流れに従って二人で新居へ向かったかもしれません」


 これまでの私なら、きっとそうしました。

 何か手伝いたいと思っても、それが和を乱してしまうことを一番に恐れていたからです。

 流れに従って動くことが、末の王女に課せられた唯一の義務であるかのように思っていました。


 でも、それは間違いでした。

 こんな私に逐一状況を報告してくれた彼。

 待っていると言ってくれた彼。

 何の特技もない、強くもない私を、ホルガーさまはまるで、自分と同等の力を持っているかのように接してくださるのです。

 だから、私は少しだけ、自分を信じてあげられるようになりました。


「……私は、彼に恥じない私でいたいのです。自分が正しいと思うことを信じて、少しでも追いつけるように、一歩でも前へ進んで行きたいのですわ」


 そう申し上げると、フュナさまの瞳に、次第に強い光が宿りました。


「……私も、進みます。少しでも、前へ」


 過ちを償って、少しでも、皆さまのお役に立てるように。

 フュナさまの静かな決意には、熱い思いが滲んでいました。

 



 

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