表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第一章 婚礼編
20/137

第二十話 花降る婚礼


 泣きながら頭を下げるランを、フュナ、シスがしっかりと抱きしめる。

 その光景を、王は複雑な表情で見つめていた。


「それで?彼らにお咎めはあるのかい?」


 ハントのさらりとした問いかけに、その場にいた者は皆、王に注目する。

 視線を集めた王は、不機嫌そうに眉を寄せた。


「知らぬ」


 心底面倒くさげな表情に、ハントは呆れたようにため息をつく。


「『知らぬ』って君、それじゃあ皆納得しないだろう?何か罰がないと」

「……それならば、早急に聖堂を元通りにせよ。傷つけた兵も治せ。以上だ」

「投げやりじゃないか!」


 人々の間にどよめきが起こる。

 とてもこの軍事大国の王が下した罰とは思えない。


「婚礼期間の出来事だ。結末を血で飾るわけにもいくまい。全てが元通りになるなら、それでよい。あとの咎めは花嫁から下せ」

「結局ルコットちゃんに丸投げするのかい?なんて父親だ!」


 人々の注意が一斉にルコットへと集まる。

 そのとき初めて、ルコットと三人の視線が交わった。

 涙を抑えたフュナが、ルコットにのみ届く程度の声ではっきりと告げる。


「覚悟はしています。温情をかけられては余計に惨めです」


 ルコットが目を見開くと、フュナはさらに声をひそめた。


「ですが、あなたの晴れの日を台無しにしてしまったことは謝ります。本当に、申し訳ありませんでした」


 ルコットはこんな迷いを、知らなかった。

 一体どうするのが正しいのだろう。


 きっと、以前なら投げ出していた。

 自分には荷が重すぎる、そう言って誤魔化すように笑っていただろう。


 しかし、今ここで投げ出す気にはなれなかった。

 そんなことをすれば、きっと自分を恥じることになる。

 彼の隣に胸を張って立つことなどできない。

 希望を託してくれた人たちに顔向けできない。


 ルコットは震えそうになる声を叱咤して言葉を発した。

 街中とは思えないほど静まり返った広場に、ルコットのいつも通りの声が響いた。


「一緒に謝りに行きましょう」


 たったの一言。

 それだけで、ルコットの意思は満場に伝わった。

 そして、誰もその判断を疑う者はいなかった。

 王は喉の奥で笑うと、小さく呟く。


「……さすが、私の娘(ルコット)だ」


 いつの間にやら、商店の花屋がこぞって塔の上から花びらを撒き始めた。

 金色の粉が晴天へ揺蕩い、広場全体が鮮やかな花々に包まれる。

 夢のような景色に、誰もが歓声を上げ、空を見上げた。


 郷愁を誘うような秋風の中、色とりどりの花びらを散らした町は、いつにも増して美しいと、ルコットはホルガーに笑いかけた。



* * *



 アスラは寄り添い合う夫婦を見つめ、そっと微笑む。

 二人の未来はこれからだ。

 芽生えた想いを、どうか大切に育んでほしい。

 二人で生きる世界は、これまでより、ずっと美しく輝くだろう。


「アスラさん!またそんな怪我をして!」


 般若のような顔で走り寄ってくる夫に、アスラは両手を上げる。


「悪かったよ、マシュー」

「悪かったじゃないよ!まったく君は少し目を離すとすぐにこれだ!無茶ばかりして!ほら、肩の傷見せて!」

 

 アスラの肩をひっ掴み、緑色の魔力をその肩に当てる。


「マシュー、近すぎる」


 離れようとするアスラに、マシューは一喝した。


「怪我人はおとなしくする!」

「はい!」


 普段はとにかく物腰の柔らかいマシューだが、怪我人を前にすると、周りが見えなくなるのだ。

 それが妻なら尚更である。


「団長もあんなに無茶して!いくら不死身だからって、無謀すぎる!治療も嫌がるくせに」

「嫌がってるんじゃなくて、必要ないんだよ……」


 ハントが遠慮がちに口を挟むも、「必要ないはずありません!」と一蹴された。


「そこを動かないでください!アスラさんが終わったらすぐ団長の治療に当たります」

「勘弁してくれ!」


 ハントはそそくさと逃げていった。


 命知らずの陸軍隊員らは、その様子を、あの「紅蓮の暴れ龍」を冷やかすチャンスだと見守っていた。

 しかし、治療に専念し、真剣そのもののマシューに、「いたいいたい!」と暴れるアスラ。

 甘い雰囲気など皆無だった。


「……夫婦ってあぁいうもんなのか?」


 ぼそりと呟かれた声に、他の隊員らも遠くを見つめる。

 声を拾ったアスラは、「失礼な!」と抗議したが、怒れる夫に「アスラさん、動かないで!」と押さえつけられていた。

 見なかったことにした面々は、ふと彼らの隣に視線を移す。


「いや、見ろよ」


 そこには、ホルガーとルコットが花降る街を、寄り添い合って見つめる姿があった。


「……やはり夫婦はいいものだ」

「まったくだ」

「大将!ルコットさん!お幸せに!」


 「花降る婚礼」が、フレイローズ情報誌内で、男性陣の強い支持を集めるのは、また先の話。


 あらゆる発刊物に目を通すスノウは、その記事を見た際、「男性も意外とロマンチストなのね」と呟いた。

 それから、「……確かに良い婚礼だったわ」と小さく微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ