第二十話 花降る婚礼
泣きながら頭を下げるランを、フュナ、シスがしっかりと抱きしめる。
その光景を、王は複雑な表情で見つめていた。
「それで?彼らにお咎めはあるのかい?」
ハントのさらりとした問いかけに、その場にいた者は皆、王に注目する。
視線を集めた王は、不機嫌そうに眉を寄せた。
「知らぬ」
心底面倒くさげな表情に、ハントは呆れたようにため息をつく。
「『知らぬ』って君、それじゃあ皆納得しないだろう?何か罰がないと」
「……それならば、早急に聖堂を元通りにせよ。傷つけた兵も治せ。以上だ」
「投げやりじゃないか!」
人々の間にどよめきが起こる。
とてもこの軍事大国の王が下した罰とは思えない。
「婚礼期間の出来事だ。結末を血で飾るわけにもいくまい。全てが元通りになるなら、それでよい。あとの咎めは花嫁から下せ」
「結局ルコットちゃんに丸投げするのかい?なんて父親だ!」
人々の注意が一斉にルコットへと集まる。
そのとき初めて、ルコットと三人の視線が交わった。
涙を抑えたフュナが、ルコットにのみ届く程度の声ではっきりと告げる。
「覚悟はしています。温情をかけられては余計に惨めです」
ルコットが目を見開くと、フュナはさらに声をひそめた。
「ですが、あなたの晴れの日を台無しにしてしまったことは謝ります。本当に、申し訳ありませんでした」
ルコットはこんな迷いを、知らなかった。
一体どうするのが正しいのだろう。
きっと、以前なら投げ出していた。
自分には荷が重すぎる、そう言って誤魔化すように笑っていただろう。
しかし、今ここで投げ出す気にはなれなかった。
そんなことをすれば、きっと自分を恥じることになる。
彼の隣に胸を張って立つことなどできない。
希望を託してくれた人たちに顔向けできない。
ルコットは震えそうになる声を叱咤して言葉を発した。
街中とは思えないほど静まり返った広場に、ルコットのいつも通りの声が響いた。
「一緒に謝りに行きましょう」
たったの一言。
それだけで、ルコットの意思は満場に伝わった。
そして、誰もその判断を疑う者はいなかった。
王は喉の奥で笑うと、小さく呟く。
「……さすが、私の娘だ」
いつの間にやら、商店の花屋がこぞって塔の上から花びらを撒き始めた。
金色の粉が晴天へ揺蕩い、広場全体が鮮やかな花々に包まれる。
夢のような景色に、誰もが歓声を上げ、空を見上げた。
郷愁を誘うような秋風の中、色とりどりの花びらを散らした町は、いつにも増して美しいと、ルコットはホルガーに笑いかけた。
* * *
アスラは寄り添い合う夫婦を見つめ、そっと微笑む。
二人の未来はこれからだ。
芽生えた想いを、どうか大切に育んでほしい。
二人で生きる世界は、これまでより、ずっと美しく輝くだろう。
「アスラさん!またそんな怪我をして!」
般若のような顔で走り寄ってくる夫に、アスラは両手を上げる。
「悪かったよ、マシュー」
「悪かったじゃないよ!まったく君は少し目を離すとすぐにこれだ!無茶ばかりして!ほら、肩の傷見せて!」
アスラの肩をひっ掴み、緑色の魔力をその肩に当てる。
「マシュー、近すぎる」
離れようとするアスラに、マシューは一喝した。
「怪我人はおとなしくする!」
「はい!」
普段はとにかく物腰の柔らかいマシューだが、怪我人を前にすると、周りが見えなくなるのだ。
それが妻なら尚更である。
「団長もあんなに無茶して!いくら不死身だからって、無謀すぎる!治療も嫌がるくせに」
「嫌がってるんじゃなくて、必要ないんだよ……」
ハントが遠慮がちに口を挟むも、「必要ないはずありません!」と一蹴された。
「そこを動かないでください!アスラさんが終わったらすぐ団長の治療に当たります」
「勘弁してくれ!」
ハントはそそくさと逃げていった。
命知らずの陸軍隊員らは、その様子を、あの「紅蓮の暴れ龍」を冷やかすチャンスだと見守っていた。
しかし、治療に専念し、真剣そのもののマシューに、「いたいいたい!」と暴れるアスラ。
甘い雰囲気など皆無だった。
「……夫婦ってあぁいうもんなのか?」
ぼそりと呟かれた声に、他の隊員らも遠くを見つめる。
声を拾ったアスラは、「失礼な!」と抗議したが、怒れる夫に「アスラさん、動かないで!」と押さえつけられていた。
見なかったことにした面々は、ふと彼らの隣に視線を移す。
「いや、見ろよ」
そこには、ホルガーとルコットが花降る街を、寄り添い合って見つめる姿があった。
「……やはり夫婦はいいものだ」
「まったくだ」
「大将!ルコットさん!お幸せに!」
「花降る婚礼」が、フレイローズ情報誌内で、男性陣の強い支持を集めるのは、また先の話。
あらゆる発刊物に目を通すスノウは、その記事を見た際、「男性も意外とロマンチストなのね」と呟いた。
それから、「……確かに良い婚礼だったわ」と小さく微笑んだ。




