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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第六章 美しき世界
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第百三十六話 星の祝福


 すっかり太陽の傾きかけた会場には、星のような灯りがともり始め、人々は愉快な夜を迎えようとしている。

 その明るいざわめきとダンスのステップから少し離れたテーブルに、一組の男女が腰掛けていた。

 二人は会場に背を向け、遠くに広がる海を見つめている。


 彼らは朝からずっとこの場所に腰掛けていた。言葉はない。

 時折後ろを振り返っては、招待客と楽しげに過ごす新郎新婦をそっと見守っていた。


 ふいに、マントを目深にかぶった男が口を開いた。


「……そなたには、ずっと礼を言いたいと思っていた」


 隣の小さな女が無言のまま隣へ視線を向ける。戸惑っているようだった。


「あの子が、あの楽しみのない王宮で健やかに成長することができたのは、そなたのおかげだ。刺繍、散歩、語らい、そして、料理――そなたはあの子にできうる限り日々の楽しさを与えてくれた」


 女はようやく消え入りそうな声で言った。


「滅相もございません。私はただ、姫さまのことを心から愛していただけでございます」


 男は小さく笑って、星の出始めた空を見上げた。


「ルイーザも喜んでいるな。星があんなに輝いている。……無理もない。こんなに素晴らしい結婚式なのだから」


 男はまた後ろを振り返り、純白のレースに身を包む花嫁に優しい視線を送った。

 愛しい娘は、世界一幸せな笑顔を浮かべていた。


「……さぁ、我々も飲もうか、ばあや。ルイーザの分も、ほら、ここに用意してある」


 ばあやは杯を受け取り、その澄んだグラス越しに、夜空を見上げた。星々がちらちらと瞬いている。

 確かにルイーザも喜んでいるようだった。


「ほどほどに、陛下。ばあやはもう、若くはありませんよ」


 そんな彼女の優しい声が聞こえたような気がした。

 そのとき、会場の中心から、大きな歓声と拍手がわき上がった。



* * *



「どうか、俺と踊ってください」


 差し出されたのは見慣れた大きな手だった。

 ごつごつと皮が厚く、太陽のように温かい。

 ルコットは、そこに迷いなく自分の手を重ねた。


「こちらこそ、私と踊ってください」


 ホルガーは小さく笑うと、そっとその手を引いた。


 会場は夢のような光であふれていた。

 今やしがない魔術師として、フュナとともに王都で薬草店を営んでいるハントあたりが、餞別に魔法の灯りを降らせているのかもしれない。


 実際、踊りの最中目の合ったハントは、二人にいたずらな目配せをした。隣のフュナ姫も明るく微笑んでいる。

 その隣では、シスとランが寄り添い合って手を振っていた。


 またくるりと体が回る。

 色とりどりの花々がふわりと舞い、魔法の灯りが空中で踊りに合わせて揺れる。

 夜空には、大きな月と宝石を散らしたような星々が瞬いていた。


「ルコットー! ホルガーさーん!」


 呼ばれて振り向くと、そこにいたのは、リリアンヌ、ターシャ、エドワード、テディ。

 それから、アサトとヘレンが、ヘレンの祖父を二人で支えている。

 後ろにはハームズワース公爵夫妻と、ハップルニヒ侯爵夫妻まで。

 皆楽しげに手を振っていた。


 踊りながら回っているうちに、様々な人の笑顔が瞳に飛び込んできた。


 スノウ、ハル、アーノルド、サクラスに、サファイア、メノウ、フィーユ。

 それから、十六人の姉姫たち。

 ダンラス王やウォルドをはじめとするエメラルドの人々もいた。

 それからセントライン国、シルヴァ国の国王夫妻まで。

 ターシャの姉姫と思われる九人の姫君たちや、ハルのきょうだいも来ているようだった。


 それだけではない。

 ルコットの教え子や、各地を回る中で知り合った人々。アルシラで知り合った夫婦の姿もあった。


 もちろん、サイラス=クリスティ夫妻、ベータ、ブランドンを筆頭に、軍の面々も会場を賑わせている。

 さらには、ティルナノーグ号製作に携わった、外務大臣や財務長官、宰相……ありとあらゆる分野の人々が、一斉にクラッカーを鳴らした。

 皆心からの祝福で、二人に拍手を贈る。


 その隣では、ハイドル、ロゼ、アスラ、マシュー、それからルイとオルトが両手を目一杯に振っていた。


 二人はそんな人々に、幸せな笑顔で応えた。


 ルコットはさらに視線を巡らす。

 ばあやはどこへ行ったのだろう。


 そのとき、夜空の大きな星が、ひときわ眩く瞬き、大きな月の浮かぶ海面へと流れていった。

 ルコットは思わずその星を見送り、そして、海の見える樹の下に佇む二人の姿に気がついた。


「……お父さま、ばあや」

 

 その囁きが合図になったのか。

 瞬間、澄んだ夜空に次々と星が流れ始めた。

 それは、流星群だった。

 赤い星も緑の星も青い星も、大小様々な星々が、二人の頭上を照らしていく。

 空全体が輝いて見えるほど、それは荘厳な景色だった。


 さらに、気がつくと、オーロラのような白い輝きが、海の向こうからこちらに向かってきていた。

 ルコットとホルガーは息を飲む。

 それは、女神の散歩道だった。

 雪の粉を散らしたような道が、こちらへ絹の布を広げるようにするすると伸びてくる。

 そして、その道を星座のように眩い一行が渡ってきていた。

 それは、女神ノヴィレアとサフラ湖の住人たちだった。きらきらとした結晶が会場に降り注ぐ。

 彼らはまるで湖を泳ぐように夜空を自由に飛び回り、人々の歓声に応えた。

 ルコットが手を振ると、ノヴィレアは可憐に、そして親しげに、そっと手を振り返した。

 

「……母君が祝福してくださっているのでしょうか?」


 ホルガーの問いに、ルコットは迷わず頷いた。

 彼女にはわかっていた。

 この流星はきっと、母と、サーリとリュク、それから、アランテスラからの贈り物だ。

 ノヴィレアにはきっと、彼らが知らせてくれたのだろう。


「私は、そんな気がするのです」


 そう言うと、ホルガーもまたはっきりと頷いた。


「はい、きっと、そうです」


 二人は手を繋ぎ、降り注ぐ星々を見守った。

 この先どれだけの年月を重ねても、今日この日を忘れることはないだろう。

 きっと何度も、炉端でこの日を語らい、鮮明な情景をともに思い出すに違いない。


「綺麗ですね」

「はい、とても」


 二人は星明かりの下で微笑みを交わし、この先の、まだ見ぬ未来に想いを馳せた。




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