表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第五章 南国 エメラルド
119/137

第百十九話 白紙の物語


 扉の向こうは、一面の青空だった。

 うららかな春の日差しが暖かく、足元の雲は、真珠のような輝きを放っている。


「おじゃまします」


 ひかえめにそう声をかけて、後ろ手に扉を閉めると、扉は徐々に透けていき、ついには跡形もなく消えてしまった。

 そして、すぐ傍から、穏やかな声が聞こえてきた。


「いらっしゃい」


 驚いてそちらを振り向くと、先ほどまで一面の雲原だったところに、ぽつんとかわいらしいティーテーブルが置かれていた。

 そして、向かい合わせに置かれた布張りの椅子には、一人の老人が腰かけていた。

 彼は微笑むと、「待っていたよ」とルコットに椅子をすすめた。

 ルコットは少々驚いたものの、逆らうことなく彼の正面に座った。

 目の前には既にカップとソーサーが準備され、宝石のようなお菓子が並んでいた。


「さて、お嬢さん、コーヒーと紅茶とどちらにするかね」


 戸惑いながら「紅茶を」と返答すると、老人は手ずから赤い紅茶をなみなみと注ぎ、砂糖とミルクを添えてくれた。

 それから、スコーンとクロテッドクリームをたっぷりすすめてくれる。

 しかし、ルコットは柄にもなく焦っていた。


「ありがとうございます。でも、私、早く戻らないと……」


 召喚は上手くいったのだろうが、まだ全てが解決したわけではない。

 こうしている間にも、ホルガーは一人で女神サーリの猛攻を防いでいるかもしれない。

 しかし、老人はのんびりと「心配することはない」と言った。


「地上の時は止めてある。そなたと話しがしたいと思っての」


 そうしてほけほけと彼は笑った。

 ルコットは迷いを見せたが、結局おずおずとカップをとった。

 美味しい紅茶は、少しだけ気持ちを落ち着けてくれた。


「さてと、どこから話そう。わしが何者か、わかるかの?」

「天空神アランテスラさま、でしょうか」


 ルコットが答えると、老人は「ばれておったか」とおどけた表情を見せた。


「驚かせようと思ったのだが」


 ルコットは「十分驚きましたわ」と苦笑した。


「まさかアランテスラさまが助けてくださるなんて」


 すると老人は、「よせよせ」と手を振った。


「わしはただの傍観者じゃ。もはや未来を変える力は備えておらぬ。それは人の子だけに与えられた特権じゃからの」


 そう言うと、アランテスラは、ルコットに微笑みかけた。

 彼のブルーグレーの瞳は、まるで旧友と対話するかのように親しげだった。

 思わずルコットは問いかけた。


「私をご存知なのですか?」


 するとアランテスラは満面の笑みで「もちろん」と頷いた。

 まるでなにか、胸のすくような愉快なものを思い返しているようだった。


「そなたの行く路は、全てを見通すわしの目にも、まったく予想がつかぬ」


 アランテスラの瞳は、過去、現在、そして未来、全てを映すといわれている。それ故に「全てを知る者」と呼ばれているのだ。

 その彼に、「予想がつかない」ものなど、本来あるはずがない。何せ、全てを知っているのだから。

 しかし彼は、「そうではないのだ」と首を振った。


「確かに、わしは世界の流れを知っておる。人の一生から、木の葉の落ちる瞬間まで、全て。……しかし、その流れは一瞬ごとに変化しておるのだ」


 まぁ、少しずつだがの、と彼は言い足した。


「大きな流れの中ではそのような変化など些細なものだ。どれほど枝葉末節が変わろうと大筋は変わらぬ。……そのはずだった。そなたが現れるまではの」


 興味深げな視線に射抜かれ、ルコットはたじろいだ。

 確かに努力はした。国を救おうと必死になっていたのは事実だ。しかし、努力していたのは何も自分だけではない。


「私にだけ『世界の大筋を変える力がある』なんて、とても信じられませんわ」


 正直な感想を口にすると、老人は「まぁ、そうじゃろうな」と笑った。


「しかし、事実なのだ。そもそもな、わしの視てきた歴史では、かの陸軍大将はそなたとの婚姻を断るはずじゃった 」


 これには、ルコットも言葉を失った。

 彼との婚姻は必然だった。

 そのはずだ。

 なぜならそれは王命で、自分も彼も、それに逆らうことはできなかったのだから。

 そこまで考えたところで、ふとルコットは気づいた。

 本当に、そうだったのだろうか、と。


 確かに末の王女に婚姻を断る資格はなかっただろう。

 しかし、彼なら?

 救国の英雄たる彼なら、褒美の婚姻に意見することくらい許されたのではないか。

 どうしてこれまで気がつかなかったのだろう。

 呆然とするルコットに、アランテスラは頷いた。


「さよう。あやつはそなたとの婚姻を断り、生涯独身を貫くはずだった。強大な力が災いの元になることをよく承知しておったが故の。あやつは軍と王家の結びつきを、内心誰より恐れておった」


 ルコットは、アランテスラの言葉を否定できなかった。

 いかにも彼らしい考え方だと思った。


「そしてそなたは、王家の縁者に降嫁し、それなりに幸せな生涯を終えるはずじゃった。それが、どうしたことか……」


 この世界の命運を変える婚姻は、何故か履行されてしまった。

 そうして、これまで白紙だった場所に、新たな物語が紡がれ始めたのである。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 世界の運命をかえる初恋……… 王家とか姫様とかにふりまわされていると思っていたのですが、大将が全ての始まりだったなんて!? 責任とって姫様と幸せになって!! [一言] 物語もいよいよ最終…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ