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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第一章 婚礼編
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第十一話 地下牢


 地下牢への階段を、こつり、こつりと下る足音が響く。

 無骨な石畳に降ろされた足は、白く滑らかで、およそその場に相応しくない。

 しかしその身に纏う威厳、そしてある種の冷酷さを思わせる水色の瞳は、牢内の罪人を威圧するに足るものだった。


「…あなた達、やってくれたわね」


 声は平坦ではあったが、殺気にも似た怒りを内包していた。

 魔術を使っていた男が、無言で小柄な男を背に庇う。

 しかしスノウは、そんな男たちの挙動にはてんで関心がないとでも言わんばかりに、表情一つ動かさない。


「あの子の婚礼期間にこんな騒ぎを起こして。ただではおかないわ。式の最中に暴れ出さなかっただけ、賢明だったのかもしれないけれど」


 暫し沈黙が場を支配する。

 あの騒ぎからそのままこの牢へ放り込まれた二人は、未だフードを目深に被っているため、人相さえ分からない状態だった。


「私は乱暴は好みません。上衣を脱ぎなさい」


 言外に抵抗は無意味だと諭され、男たちもそれが真実であることを知っていた。

 小柄な男は一瞬の逡巡の後すぐにフードを取った。


 その瞬間、一つに結わえられた、雪のような白い髪がぱさりと背に落ちる。

 同じく白い睫毛に縁取られた白銀色の瞳。暗闇の中でその肌が仄白く浮かんで見えた。


 彼を庇うように膝をついていた魔術師の男もまた、スノウから目をそらすことなく上着を床に投げ捨てる。

 彼は、白茶色の髪の短く刈られた、一目で軍人だと分かる男だった。


「名は」


 端的な、氷のような命令。

 しかし男たちは微動だにせずスノウを見返した。


「…見たところシルヴァ国の者ね。確かあの国の末の王子は今年十になるんだったかしら」


 その瞬間、白い男の瞳が怒りに燃えた。


「あの子をどうするつもりだ!」


 その言いように苦笑しながらも、スノウの目は笑っていない。


「何も怒ることはないわ。ただちょっとうちに留学に来ればいいのにと思って」

「人質に差し出せと言うのか!」


 見た目からは予想もつかないほどの激しい怒りにも、スノウは眉一つ動かさず悠々と返す。


「人聞きの悪い。でも、そうね、それはあなた方の誠意次第なんじゃないかしら」


 どう言葉尻を捉えても、スノウは男たちの身元を知っていた。

 知っていて試しているのだと、分からぬほど愚かではなかった。


「分かった、話すよ。ただ、彼は僕について来ただけだし、僕は祖国を捨てた身だ。罰するなら僕だけにしてほしい」

「なりません!」


 噛み付くような男の制止を無視し、恐ろしいほど静かな瞳でスノウを見つめる。


「事と次第によるわね」


 決して約束しようとはしないスノウの言葉に、それでも男は一縷の望みを託して、口を開いた。


「僕は、シルヴァ国第三王子、ハル=アルト=セイラン」

「まぁ、驚いたわ」


 大して驚いた様子も見せず、スノウは口を開く。


「一度も公に姿を現したことのない王の秘蔵っ子殿下が、こんなところに何の用なの」

「貴様!殿下を愚弄するか!」

「サクラス、落ち着いて」


 興奮する臣下を余所に、ハルは冷静だった。


「僕はあなたを討ち取りに来たんだ、スノウ殿下」


 その真意を探るように、白い青年をじっと見つめる。


「それで、あなたはまだ、私を狙っているの?」


 ただ事実を淡々と確認するかのような口ぶりに、ハルは少しだけ顔をしかめた。


「……僕は、君に恨みがあるわけじゃない。ただ、僕の国を救うためには、君の国を滅ぼすしかない」

「殿下、そんな話をこんなところで」

「いいんだ」


 その目が、ここが死地であると語っていた。


「スノウ殿下、どうか慈悲を。都合が良いのは分かっている。しかし、僕の死後、氷山に囲まれたシルヴァの国土に、どうか情けを」



 

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