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軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第五章 南国 エメラルド
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第百三話 砂漠の鳥


 鳥たちの影が大きくなる。

 否、渡り鳥のように美しい隊列だが、鳥にしては速度が速い。


「あれは、鳥じゃない!?」


 兵士が叫ぶのと、彼らが竜の背まで高度を落としたのはほとんど同時だった。

 けたたましいエンジン音と風圧。

 背の上の人々は目を丸くして彼らを見つめた。


 果たして、それは機械であった。

 鳥のような両翼、人一人がやっと立てるほどの運転席、屋根のないむき出しのそれは、フレイローズでもエメラルドでも見たことがない。


「何だあいつらは……」


 戸惑う人々。

 敵なのか味方なのか。

 皆が固唾を飲んで見守る中、スキンヘッドの男が「何とか間に合ったか」とゴーグルを外した。

 スノウとハル、レオ王にダンラス王、さらにカタル国皇帝皇后、シルヴァ国国王夫婦が同時に息を飲む。


 しかし彼らが言葉を発する前に、ターシャが人垣をかき分けて飛び出してきた。


「お父さま!?」

「え!?」


 ターシャを見つけた強面の男が、「おうターシャ」と破顔する。


「悪いな、ちょいと遅くなったが助けに来たぞ。……こりゃたまげた。綺麗なおべべ着てまぁ! お前たち、こっち来て見てみろ! しばらく見ない間にべっぴんさんになったなぁ!」


 男の言葉は、しかし涙目のターシャの耳には入っていないようだった。


「遅いわ……! もう来てくださらないかと……」


 男は訳がわからないといった困惑顔だ。


「なぁに言ってんだ。娘の危機に駆けつけねぇ父親なんざいるもんか」

「……でも、私はいらない王女でしょ?」

「何だって!?」


 驚き惑う男に、背後にいた女性が「だから申し上げたでしょう」とため息をつく。


「そもそもあなたさまには細やかさが足りないのです。国に戻られたら、きちんと誤解を解かれることですね」


 辛辣な侍女長の言葉に、男は「……あぁ、そうする」と肩を落とした。

 何にせよ、今この場で誤解を解くだけの時間はない。

 しかし男は、我慢できないと言わんばかりに肩を震わせ、とうとう勢いよく顔を上げた。


「ターシャ! これだけは今言わせてくれ!」


 射すくめられたターシャは、何を言われるのかと息をのむ。


「――愛してるぞ! ちゃんと、愛してるからな!」


 何と飾り気のない言い様だろう。

 しかし男のまっすぐな眼差しは、どんな言葉よりも優しくターシャの寂しさを解かした。


「……はい」


 言いたいことはたくさんあった。

 聞いてほしいことも、文句を言いたいことも。

 その全てを「私は王女なのだから」と押し込めてきた。「父は王なのだから」と遠慮し続けてきた。

 本当は、父と楽しげに話す城下の子たちが羨ましかったのに。皆に慕われる父を、誇りに思っていたのに。


「……私も、愛していますわ、お父さま」


 男は、浮かんできた涙をぐっと拭うと、「いけねぇ、時間がないんだった」と、ルコットとホルガーに向き直った。


「お二人さん、あそこまで行こうってんだろ? 乗りな。あの高さまではちぃと無理だが、途中までなら連れてってやる。一人乗りでちと狭いがな」


 二人は頷きあうと、「感謝いたします」と男の機体に乗り込んだ。

 

「さすがに三人は狭いな。嬢ちゃん、そこの荷物を降ろしな。そうすりゃちったぁ広くなるだろ」

「こちらですか?」


 ルコットが後部の荷物を降ろすと、男はエンジンを勢いよく吹かした。


「よし、んじゃ行くか!」

「待って!」


 駆け寄ってきたのは、ターシャとリリアンヌだった。


「何だ、ハップルニヒの嬢ちゃんじゃねぇか」

「お願い、私たちも連れて行って」


 真剣な面持ちのリリアンヌに、男は「はぁ!?」と目を剥く。


「だめだだめだ。んな危険なところに……」

「良いでしょう」


 砂漠王の言葉を遮り答えたのは、同じくエンジンを吹かせていた侍女長。

 ポニーテールとお仕着せが風に揺れている。


「おい……!」

「ありがとう、侍女長!」


 王が口を挟む前に、二人は彼女の後ろに乗り込んだ。


「……お前、何かあったらどうすんだ」


 若干青ざめた顔で口を尖らせる王に、侍女長は優美に笑う。


「お任せを。お二人を落とさなければ宜しいのでしょう? お二人がいてくだされば私も心強いですわ」


 王は深いため息をついた。

 侍女長の腕は確かだ。そしてターシャも運転は得意だったはず。


「……ったく、無茶はすんなよ」

「言われずとも」


 侍女長は晴れやかに笑った。

 

「さて、そんじゃまぁ」


 男はゴーグルを装着するとギアに手をかけた。


「セントライン空軍部隊のお披露目といくか」



* * *



 個人用小型飛行機体、通称砂漠の鳥(シュード)

 それはセントラインでは最もメジャーな乗り物だった。


「何せ国土のほとんどが砂漠だからな。馬車じゃ車輪が埋まっちまって走れねぇ。馬も砂に足を取られちまうしな」


 そんな事情で、移動には長らくラクダが使われてきた。

 しかしラクダでの移動は時間がかかる上に、体力の消耗も激しい。


「そこで、考えたわけだ。地上を走れねぇなら、空を飛べばいい」


 こうして国王主体で開発された小型の鳥は、今や広く国民の間に行き渡っているらしい。

 

「……すごいですわ」


 ルコットが正直な感想を呟くと、王は得意げに笑った。


「まぁ、ジリ貧国の意地ってやつだ。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったがな」


 暗い空を風を切って進む。

 まるで本当に、鳥になったようだ。


「気持ちいいですわね」


 思わずルコットがそう呟くと、男は「のんきな嬢ちゃんだ」とくつくつ笑った。


「ありがとよ。こんな状況でさえなければ自慢の宙返りでも披露するんだが」


 ルコットを支えていたホルガーが目を輝かせる。

 

「ぜひご披露いただきたい!」

「あ、見てください、ホルガーさま! 水路が海まで続いています!」


 体を乗り出すルコットを、ホルガーが慌てて引き戻す。


「殿下、危ないですよ。もう少しこちらへ」

「……あんたたち、ほんとのんきだなぁ」


 王が笑いながら、控えめな宙返りを披露しつつ、上を目指していると、「ちょっと!」と声が飛んできた。


「何遊んでるのお父さま!」

「二人とも変わってないわね。少しは緊張感を身に付けなさいよ」


 リリアンヌとターシャに叱られ、三人は素直に謝る。

 

「申し訳ありません……」


 目的の女神は、今やはっきりと視認できる距離にいた。

 水路の向こうの海を見つめる彼女の眼差しは、何故だか少し物悲しく見える気がした。






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