表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍事大国のおっとり姫  作者: 江馬 百合子
第五章 南国 エメラルド
102/137

第百二話 今度こそ二人で


 割れた空から降り注ぐ銀色の光。

 それは突如として、黒い霧へと変わっていった。

 世界が再び闇に染まっていく。

 ホルガーはルコットを腕に、その様子を目を眇めて見上げた。


 天の隙間から降りてくるのは、先ほど道で出会ったあの女性。

 金色の髪が翼のようにはためき、紅い目が光る。

 はるか上空から、こちらを見下ろしていた。


「……やぁ、久しいね。女神サーリ」


 ハントが一歩前へ出て、空を見上げる。

 大きな声ではなかったが、彼女は気づいたようだった。


「何だ、魔術師。まだ生きていたのか」


 ハントは「不死身だからね」と軽薄に嘯くも、その額には嫌な汗が浮かんでいた。

 見たこともないハントの表情に、周囲の警戒心が高まった、そのとき。


 彼女がふいに右手を上げた。

 瞬間。

 空の隙間から、紅い光がまるで稲妻のように地面へ落ちてきた。

 それは、まっすぐ正確に、エメラルドの村へと直撃した。

 すぐに炎が上がり、家々が崩れていく。

 避難後の無人村なのは、不幸中の幸いだった。


 呆然とする人々をかき分け、アスラが吼える。


「急に何をするんだ!」


 しかし彼女は、アスラには目も向けず、視線はハントに据えたままだ。

 ハントもたまらず「何故こんなことを!」と問いかける。

 女神はきょとんと、不思議そうに首をかしげた。


「お前にもわからぬのか? この世界を滅ぼすために決まっているだろう」


 言葉を失う人々。

 唯一ハントだけが苦い表情で事情を察しているようだった。


「……我慢の限界というわけか」


 サーリは作り物めいた顔で「ああ、その通りだ」と呟く。


「同じ種族でこうも醜い争いを繰り返すのは、お前たち人間だけだ。幾星霜の年月を経ようとも、その愚かさは変わらなかった」


 再び紅い光が村を焼く。


「滅びよ。あの日温情をかけた私が愚かであった」


 民の間に動揺が走る。

 創世記の、それもフレイローズ建国の女神に「お前たちを滅ぼす」と宣言されたのだ。

 神に見捨てられたどころの話ではない。

 自分たちの世界そのものが否定されたかのようだった。

 神に滅びよと命じられる絶望。

 もうだめだ。

 誰もがそう諦めかけていた。


 そのとき、場違いなほどに穏やかな声が皆の耳を打った。


「だそうですが、いかがいたしますか、殿下」


 エメラルドの人々が視線を巡らせると、そこには堂々と空を見上げる一組の夫婦がいた。

 全く動じる様子を見せないホルガーに、ルコットも「そうですね」とおっとり答える。


「今のお話だけではまだ事情がわかりませんわ。直接お話ししてみましょう」


 ホルガーは、にっと笑うと、「かしこまりました」と頷いた。

 背後にいたフレイローズの兵士たちも、どこか嬉しそうな安心しきった顔をしている。


 戸惑う民に、ダンラス王が呆れ顔で「心配するな」と呼びかけた。


「世界は滅びぬよ。この大陸最強夫婦がいる限りな」


 ヘレンを診ていたエドワードが、「仰る通りです」と笑った。


「問題は、どうやってあそこまで行くかですね。あちらから降りてくることはなさそうですし」


 ホルガーに倣い、ルコットもまた、はるか上空に浮かぶ女神を見上げる。

 ハントが眉を寄せて腕を組んだ。


「……竜は神の眷属だから、これ以上サーリに逆らう真似はできない。ここで民を匿うだけで精一杯のはずだよ」

「そうなのですか?」


 ルコットが心配げに首を撫でると、銀竜は心配するなと言わんばかりに明るく鳴く。

 しかし、見えない力に抑え込まれているかのように、それ以上上昇できないようだった。


「私一人なら、あの高さでも何とか飛んでいくことができるのですが……」

「それはいけません」


  間髪入れずに答え、無意識に腕の力が強くなったホルガーに、ルコットは小さく笑う。

 ホルガーは慌てて付け足した。


「違うのです。誤解しないでください。殿下なら、お一人でもきっと成し遂げられるでしょう。ただ――」


 ホルガーの脳裏に浮かぶのは、聖堂の中を駆け抜けていく少女。

 サフラ湖の彼方へ歩いて行く、後ろ姿。

 彼女は何度も一人困難に立ち向かってきた。


 彼女を信じている。

 頭では、一人で行かせるべきだと理解している。

 それでも、理屈ではなく、隣にいたいと思うのだ。


「運命に立ち向かう、こんなときくらい、俺にあなたを守らせてください」


 ルコットは「わかっていますわ」と頷いた。

 彼の心は正しくルコットの胸に届いていた。


「一緒に行きましょう、ホルガーさま」


 途中で落ちるリスクを負ってでも、行くなら二人がいい。そう思った。


 そっと指輪の花水晶に触れる。

 ぱちぱちっと花弁のような光が散った。指先に伝わるのは、温かい海のような魔力。

 いつだって、この指輪に触れると、不思議なほどの力が湧いてくるのだ。

 ホルガーは微かに目を見開いた後、口元に微笑みを浮かべる。


 ルコットの紺碧のロングスカートが風を受けてふわりと広がった。

 風の輪が、ルコットの足元から、ぶわりぶわりと広がり、周囲の人々の髪を、服を、嵐のように揺らす。


「さぁ、行きましょう、ホルガーさま」


 ホルガーがためらいながらその手を取ろうとした、そのときだった。


「ちょいと待ちなぁ! お二人さん!」


 上空に、巨大な鳥の群れが現れた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ