第17話 嫉妬と迷いと後悔と……
遅くなりました! 申し訳ありません!
マドリッドの過去、後編どうぞ!
あれからもう十年--
小さかった私は、今では逆に彼女を背負えるほどに大きくなった。
今まで通りに仕事をこなして、一日が終わる。
そう思っていたのだが……手違いが生じた。
……油断して侵入者の掃除に失敗してしまったのだ。
愚鈍そうな獲物かと思いきや、逃げ足だけは早い。
まぁ……お嬢様の部屋に入ってもどのみち生きては帰っては来れないだろう。
今回の侵入者はただの人間。
妙な服を着ていたが……どうでもいいことだ。
===================
予想外だ。
まさかあの少年がお嬢様に気に入られるなんて……!
「困ったな……あの部屋に入って、生きて出てきたものは一人もいなかったというのに……お嬢様はあんな男のどこが気に入ったのやら」
マドリッドはハァ〜とため息をつく。
「それよりもあいつをどう使うのかが問題ね」
取り逃がした陽一のことを考え、マドリッドはいったん立ち止まる。
暗く延々と続く廊下。
周りからは他の人の足音も、虫の羽音すらも聞こえない。
ここまで静かだとかえって不気味だが、静かで考え事をするには絶好な環境ともいえる。
「……彼ができることと言ったらお嬢様の盾になるくらい……まぁ、どうせすぐに飽きられて捨てられるに決まっている」
ーーそうだ。あんなぽっと出の奴に……あんな奴に私の居場所が奪われるなんてあるわけがない。
陽一、もといセバスは……取り柄があるとしても逃げ足の速さぐらいだ。反撃してこなかった所から戦闘力は皆無、と言ってもいいだろう。
身を呈してお嬢様を守れれば上等な方だ。
だが、あの時に彼をただの人間と侮った結果、この屋敷に住みつかせることになったのは事実。
あのヘラヘラとした笑顔に態度……幼少期の頃、大嫌いだった女ーーベルの姿が脳裏にチラつく。気にくわない。
……ただの人間とはいえ、やはり警戒はしておくべきだろう。
もしかしたら教団の関係者かもしれない。
できるなら、この手ですぐにでも彼を始末したいけれど……そうはいかない。
主人の命令がある以上、我慢すべきだ。
それに彼に私の代わりが務まるはずもない。そうに決まっている。捨てられるわけがない。
この館はメアリ様のもの。あのお方の隣は私のものなのだからーー
「さて……掃除に戻りましょうか」
ボソボソとつぶやき、マドリッドは廊下を再びゆっくりと歩き始めた。
======================
やはりあの少年は逃げ出した。
まぁ、当然だろう。そのために新人だとしても気を遣わずに多くの仕事をさせたのだ。
私なら指定した時間に終わらせることは可能なのだが……
そのまま逃げてどこかに行ってしまえばいいのに……なぜかクロード様は少年を逃がさない。
これではあえて見逃した意味がないではないか。たかが人間の少年に何を期待しているというのだろう。
私が見ている限り、陽一はただのお調子者にしか見えない。特に突出した能力のない凡人。頭が特にいいわけでもない。一番気に食わないのは……アイツはよく笑うことだ。
私が悪態をついても苦笑する。舌打ちをしても苦笑する。なぜ私に対して怒らない。なぜ私を遠ざけない。こんなにも嫌っているというのがまだわからないのか。
「いいな~昔からあんな美少女の所で働いてるとか羨ましいぜ……」とか軽口をたたきながら無邪気に笑う。
仕事仲間と称して距離を詰めようとするあの態度も気に食わない。私にとっては薄っぺらい笑顔だ。
--わざとらしい。馴れ馴れしくするな。
お嬢様はアイツをなかなか面白い奴だと評価していたが……私の目はごまかせない。
私にはその笑みはアイツ自身の中にあるナニカを隠すためのモノに見える。
アイツを信用してはならない。警戒しなければ……追い出すのだ……
お嬢様がまた心に大きな傷を負う前に--
=========================
陽一がお嬢様に呼び出されてから様子が変だ。
彼に逃げようとするそぶりが見えない。それどころがさらに仕事ぶりに磨きがかかっている。
お嬢様と昨夜何があったのだろう……
なぜか奴の表情が以前見た時よりもすっきりしている。なんというか……憑き物が取れたような感じだ。
今の彼の浮かべる笑顔に不快感を感じない。お嬢様と話したことで彼に何か変化が起きたというのか?
……いや、気のせいだろう。
それよりも陽一が食事当番に任命された。
なんということだ……まさかアイツに料理ができたとは……!!
私が唯一苦手なもの……料理。
一番重要な食事。なぜか私が作る食事の味が壊滅的になってしまう。パスタが甘くなったり、焼いたケーキやクッキーが辛くなったりするのだ。ひどい時は焼いた肉が炭になって出てきてしまうこともある。
今はまだいい……だが彼の掃除スピードがもっと速くなったとしたら?
私よりも早くなったとしたら?
もし彼がここに居座り続けて私の上位互換的存在となってしまったら……?
お嬢様が私に愛想が尽きてしまったとしたら……?
--私は捨てられてしまうのだろうか……? お嬢様が……お嬢様が私の前からいなくなることなんて考えられない。
捨てられないにしても……もし彼がお嬢様を裏切って、彼女の心を壊すようなじたいになってしまったら……? どう考えてもお嬢様が私から遠ざかってしまう。
ーーイヤだイヤだイヤだッッ!!
……すぐに彼を始末しなくては。
アイツは……ここにいてはいけないのだから。アイツが自分からこの屋敷から出ないなら、死体にして出すまでだ。構うものか。十年間お世話をしてきた私ならまだしも、陽一がお嬢様と接してまだ数日。
ただの人間の死にあのお方が涙するはずがないのだからーー
======================
どうやって陽一をお嬢様の命令に背かずに殺すかを考えている途中、買い出しの帰りに異様な殺気を感じた。
気配から察知するに吸血鬼狩りではない。あまりにも殺気が純粋すぎる。
「……!!」
「ん? どうした?」
後ろを振り返る私を気にして陽一が見つめてくる。ここで気づかれてはマズイ。ごまかさなくては。
「いえ……何でもありません」
「そうか。じゃあ行こうぜ。遅くなるとお嬢様が文句付けてきそうだからな」
そうだ……!! なぜ思いつかなかったのだろう。
確かに私では陽一を殺せない。お嬢様に勘づかれてしまう。
ならば……コイツに殺させよう。
私たちの後ろからつけてきた殺人鬼をあえて見逃すのだ。問題はない。
おそらくコイツは屋敷の住人の中でも無防備な陽一から狙うだろう。彼が運悪く殺された後は私の手で殺人鬼を始末すればいい。私がただの人間に不覚をとることなどないだろう。
ーーしかしこの時の彼女の瞳の色は、メアリと同じく血のように真っ赤な赤色だった。
後から考えれば、本当にこの時の私の頭はどうかしていたのだろう……こともあろうが私は陽一だけでなく、信じるべきだったお嬢様のことも疑っていたのだから……
======================
夕食が終わりようやく殺人鬼が動き始めた。進行方向からして陽一の部屋に向かうつもりだろう。
あの狂人の狙いはおそらくは私だろう。新聞の殺人鬼に間違いない。顔は新聞には映っていなかったが、隠し持っている凶器から間違いなくやつだと断定できる。
気配を消し、殺人鬼の後ろからこっそりと後をつける。
殺人鬼が陽一の部屋に入る。案の定だ。
予想通り彼から尋問して情報を聞き出すつもりだろう。
彼らは互いの出方をうかがうために互いから目を離さないと予測できる。
おそらく二人の一番の死角は--天井。
殺人鬼が入ったと同時に室内の壁によじ登り、気配を消す。
今まで多くの吸血鬼をこの手で葬ってきたのも奇襲による暗殺。壁のぼりなどお手の物だ。
今では彼らのことを何も知らず、理解しようとせず吸血鬼を狩ってきたという事実も忌むべきことだが……
そう考えている間に突然部屋の外から何かがなだれ込んできた。ゾンビ……?
なぜこんなところに……? あの頭イカレ男……ただの人間じゃなさそうね……
「さてと、じゃあ君にはマドリッドちゃんの部屋の場所を教えてもらおうかなぁ」
……しかし、これでいいのだろうか。こんなことをしてお嬢様は喜んでくれるのだろうか?
いや、アイツは……ただの人間だ。気まぐれにお嬢様が拾ったに決まっている。
だけど……それは私もなのではないのか? 私はお嬢様に命を拾われ、育てられ、そして救ってもらった。
彼も……同じではないのか? もし……本当に彼がお嬢様に尽くしているのはただの善意だとしたら?
「……ッ……答えても殺す気なんだろ」
答えてくれ。そうすれば私はお前を容易に見捨てられる。楽になれる。
「んん? ……あぁそうか! 僕が脅かしすぎてしまったのだね。質問に対して答えても、答えなくても殺される、って思ったら君もYESと答えにくいからねぇ………うん、わかった。じゃあこうしよう」
……? 何をする気だ!?
「あのおねぇさんの部屋を僕に教えてくれたら、君と……メアリちゃんだっけ? あのお嬢さんも見逃す。ってことでどうだい? おにぃさん」
「……!!」
え……? なぜ……お嬢様を……?
「あ、もしくはあのおねぇさんを僕が見逃して、お嬢さんを僕にくれてもいいよぉ。今日はあんまり体がうずいてないからさ。女の子一人ぐらいでちょーぉどいいんだ。さあどっちがいい?」
陽一、なぜ黙る。早く私の部屋の場所を言ってくれ……!!
ふと、最後にお嬢様と話した時の言葉を思い出す。
『マリー、アイツは……セバスは……なかなか一緒にいて楽しい奴よ。まぁ……口は悪い時もあるけれど……ああ見えて本当は優しい奴だから。だからあんたも……アイツのこと、少しは信じてあげて』
そう言って優しく微笑むお嬢様の顔が……頭から離れない。離れてくれない。
頼む、あなたは……お嬢様を……お嬢様を裏切らないで……!! 私を捨てて、死んでもお嬢様を……!!
「いーちおう言っておくけど、君一人を殺しても僕は満足はできないよぉ?」
いや……まさかそんなことをコイツが考えるはずが……
「……ッ!!!」
虚をつかれ大きく動揺する陽一を私は見た。図星なの……?
嘘……でしょ。本当にそんなことを考えていたっていうの……? なんで……なんで、冷たく当たった私のことも助けようとするの……?
自分の命もかえりみないで……どうして!? 死にたくないのでは……なかったのか?
……わからない。こいつの考えが理解できない。
いや……今思えば当然か。そういえば、まだ私はこいつと言葉を交わし足りていない。
話さなくては、知ろうとしなければ相手のことなどわからない。わかるはずもない。
こんな当たり前のことに私はなぜ気が付かなかったのだろうな……吸血鬼のこともそうだ。
世の中に言い伝えられるような悪しき魔物だけではなく、メアリのような吸血鬼も……いるということも。
知ろうと思って私は……彼女のことを知ったのだったな……
……聞かなくては。真実を……この男の本質を見極めるまでは……まだ殺させない。
「はい、時間切れ。あとは自分で探すから、さ」
間に合えーーッッ!!
「--死にたくないとあれだけほざいていたくせに、行動が矛盾していますね。木偶でくの棒」
======================
やはり、予想通り。この男は下級吸血鬼。ただの武器では倒せない。
手に持っていたナイフを銀武器に持ち替え、迎撃態勢にはいる。
「考え直せよ! 殺されちまう!!」
私がただでやられると思っているのか? 全く……何年この屋敷を私が守ってきたと思っているのか……
「構いません。……お嬢様を守るためです」
「………………わかった。死ぬなよ、マドリッド。あんな量の仕事、お前にしかこなせないからな!」
最後に冗談を言いながら彼は去っていった。
はぁ……全く。君にもやってもらわないと困るのだが……まぁいい。
しかしこれではっきりした。陽一は……
「……。早く行きなさい」
……疑うのもバカらしい、ただの馬鹿だということに。
それに気づいた瞬間、自然と私の口元が緩んでいた。
======================
私の意識がはっきりしたころにはもう死闘は終わり、私室のベッドの上にいた。
目を覚ました少し後にクロード様が部屋にきて、事件の詳細を語ってくれた。お嬢様の容態も落ち着いたようだ。
……私の愚かな判断で招いてしまった事件はお嬢様のおかげで収束したらしい。
この今までに感じたことのなかった感情の正体は……おそらく嫉妬。そして……身勝手な独占欲。こんな一時の感情で守るべき人を危険にさらすなんて…………本当に愚かだった。
「マドリッド! 意識が戻ったのか!」
うるさいな……相変わらず騒がしいやつだ。
スッとゆっくりベッドから身を起こす。
「えぇ……それよりもお嬢様の部屋にと……クロード様のご指示です」
お嬢様に……謝らなくては。真相を……打ち明けるのだ。私の手で。たとえ……どんなに彼女に嫌われることになろうとも。
======================
「何ジロジロ見てんのよ」
「いや〜パジャマ姿も映えるなぁって思って……」
「はぁ!?」
陽一はそう言いながらフムフムと顎に手を当てる。
……不思議だ。前だったら胸の中に何とも言えない重みが……不快感があったはずなのに。
彼の軽口に特別嫌な感情がわかない。むしろ共感すら覚えてしまう。
「アンタ……なにいきなり気持ち悪いこと言ってんのよ!? ほら、この馬鹿にマドリッドもなんか言ってやってよ」
「当たり前です。お嬢様に似合わない服などありません。うーむ……お嬢様にはやっぱり白が似合いますね……」
「ちょっとマリー!? 何アンタも毒されてんのよ!」
かなり驚いた様子でお嬢様はこちらを凝視してくる。驚きすぎて前髪が逆立っていますよ……
お嬢様の隣にいたクロード様もほっほっほと笑う。
「何を着ても美しい、とは嬉しいおことばですな。メアリ様」
「クロードも乗っからないの!」
わずかな雑談をした後、私たちの中に笑いが生まれる。やっぱり……お嬢様には笑顔が似合いますね。
この暖かい空気にもう少し浸っていたかったが……そうもいかないようだ。
「……話を戻すわよ。集まってもらったのは他でもない。昨日の襲撃についてよ」
そうだ。ここで告白しなければいけない。自分の犯した罪を、ここで言わなければ……
「お……」
あ……れ……なんで……? ここから先の言葉が出てこないの……? もう毒は抜けきった。そのせいじゃないのに……なんで……「私のせい」と口に出せないんだ……!
口元がひくひくと震える。あれ……足もだ。いうことを聞いてくれない。
お嬢様を見ていると……怖い。
打ち明けたら……どうなってしまうのだろう。ここにいる私を信じてくれた人達に……どういえばいいのだろう。わからない。恐ろしくて……口に出せない。でも……出さなくては……言わなくては……!
「おじょ……」
迷う私を断ち切るようにお嬢様が口を開く。
「今回のテストは無事合格って言ったのよ。セバス、光栄に思いなさい」
え……?
ナニカの間違いではないか……?
その後もお嬢様の言葉が続くが……どれも……同じ内容だった。
『私がやった』
その一言だった。
なぜ……なんで……お嬢様が悪いのですか……?
違う、違います。悪いのは私です。
……まさか……お嬢様は最初から私の考えなど全部お見通しで……
しかし、私に罪を告白するための時間は……もう残されていなかった。
「マドリッド。アンタには失望したわ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心は紙のように容易く引き裂かれた。
……当然なのだ。失望されて。土壇場で役に立たない臆病者は陽一ではない……
「……あなたに、私を守る資格なんてない。部屋にこもって、震えてなさい」
それは私だったのだ。
この後も……陽一がひたすらに何かを叫んでいたが……もう何も私の耳には聞こえてこなかった。
ただ……彼がお嬢様に手をあげようとするのを止めたのは微かに覚えてはいたが……
その後はもう……何も覚えていない。
======================
……気が付けば、私は私室のベッドの中で延々とうずくまって……自分を責め続けた。
……もう終わったのだと。
戻ってこない時間を、犯した取り返しのつかない間違いを、自分の行いを悔やみながら……永遠に苦しみ続ける。そして……ふとある考えが頭に浮かんだ。
……神がいるとすれば……これが私への罰なのだろうな……と




