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第16話 人形とナイフ 

マドリッドの過去編でございます。 

 

 ーー最初に覚えたのはナイフを投げること。

 私の中にあったのはそれだけ。動かぬ(まと)にナイフを当てること。その行いに対して、疲れ、痛み、怒り、悲しみ、恐れも--何も感じなかった。


 感情と呼べるものすらない空っぽの人形。それが私だった。


「すごい! 全部頭に当たってる!」


 訓練用の張りぼてに当たったことの何がうれしいのか。


 幼い私の横にいる金髪の少年。名前は確か……エディ……だったか。私が所属する教会の次期司祭。

 顔立ちは……今考えてみればなかなか整っていた。


 気まぐれに彼の方を見ると無邪気に微笑んでくる。

 何がうれしいのだろうか。


「ふーん……失敗作にしては上出来じゃない?」


 つまらなそうにツインテールの少女がこちらを眺めている。銀髪に紫色の瞳。吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)総隊長……『教会のベル』だ。


「……」


「……つまんないの。まぁいいや。これなら少なくとも実践には投入できそうね」


 ツインテールの少女、ベルはつまらなそうに私の方を見る。品定めをするような目だ。


「一体でも仕留められれば上出来ってとこかな。ねぇ、人形になっちゃった失敗作ちゃん」


『人形』、その言葉に少年エディは反応し首を(かし)げる。


「人形?」

「あ~これ言っちゃっていいのかな……まぁいいか。司祭様、アタシたちが吸血鬼と戦うためにハーフヴァンパイアを集めてるってことは……知っているよね」


 人工のハーフ……吸血鬼の血を適合する人間の孤児に注入し、半吸血鬼化させ、吸血鬼への切り札とする。半吸血鬼(ハーフ)化手術。


 それが教会で秘密裏に行われていることの一つ。半吸血鬼化に成功した者は晴れて兵士となり、訓練される。しかし手術に失敗し、吸血鬼の血に拒絶され命を落とすもの、感情をなくすものもいる。


 ……強大なカリスマを発揮した吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)とその眷属(けんぞく)達の討伐、『大征伐』。その戦いで教会は『吸血鬼の王の血』を手に入れた。


 私は特に吸血鬼の血への適正値が高かったため、私の手術の時はさらなる実験として、ただの吸血鬼の血ではなく『吸血鬼の王の血』が使われた。


 より強い吸血鬼狩りを造るための実験。その結果は……半分は成功し、半分失敗に終わった。


 他の吸血鬼狩りと比べて、比較的高い肉体能力を手に入れることには成功したのだ。目の色も状況に応じて青から赤色になる、など他のハンターには見られない特徴。


 しかし、その代償なのか、手術を行う前の人間としての記憶や感情が失われてしまったのだ。


 私自身、身の回りで起こることに何も感じない。生きることの喜びも何も。


 最初は人間らしい感情など邪魔になるだけ、とその欠点は見過ごされてきたが……


 会話をしても私の顔が無表情のままなのが原因で「指示を理解できるか怪しい」と上層部には報告されてしまった。



 その結果……私は『失敗作』と呼ばれるようになってしまった。



「うん……吸血鬼をたおすため……だよね」


 吸血鬼の話題が出て、エディの顔が曇る。


 教会には吸血鬼の被害者が常に救いを求めてやってくる。「あいつらを殺してくれ」「両親の仇を!」といった人々の吸血鬼への憎悪を、この少年はいつも目の当たりにしているのだ。


「天然のハーフは今ではレアすぎるからね……教会は人工のハーフを作ることに成功した。だけどね……その全部が成功したわけじゃないの」

「失敗したら……人形になっちゃうの……!?」


 エディはその幼い顔をクシャクシャに歪める。泣く寸前だ。


 どうやら彼は純粋な少年のようだ。感受性が強すぎる。


「あーぁ……困るなぁ……泣かないでよ。本当に人間が人形になるわけじゃなくて、失敗したら人間らしい感情が全部抜け落ちちゃうの。コイツみたいに」


 そう言ってベルは私に指をさす。

 さされた私を見つめるエディ。こちらを見てくる目は悲しげだった。


「かわいそう……」

「そうかもね。けど、まぁ仕方ないことなのよ〜司祭様。大事なのはまず悪しき吸血鬼を撲滅すること。それだけを考える。いいね?」


 そう言ってベルは彼に微笑む。


 私から見れば、わざとらしく笑顔を張り付けたようにしか見えなかった。


 私はこの人が大嫌いだった。


 ベルは純粋な少年に教会のポリシーを語り、エディを諭す。組織の非人道的行為の正当化。そのためには将来、組織の上の立場となるものが異なる考えを持ってはならない。洗脳に近い。


 だが、多くの人命が危ういとなれば教会の酷い行為は認められてしまう。彼ら以外に吸血鬼に対抗できるものなどいないのだから。


 そして、当時の私は教会の行為への疑問を一切抱いていなかった。それが当たり前だと完全に思いこんでいたのだ。



 =========================



 次に私が教わったのは吸血鬼の殺し方。


 目の前の吸血鬼を切る、斬る、斬る、斬る。

 首を斬り、骨を断ち、傷を再生させる前に銀武器で仕留める。

 殺した吸血鬼の数は……もう忘れた。



「くっ……王がいれば……きさまらにな、」



 話し終える前に容赦なく吸血鬼の首を斬った。

 女であろうと、男であろうと吸血鬼は滅ぼさなくてはならない。

 すべては教会のために。私の存在理由のために。


 光を失った吸血鬼の瞳に映ったのは、赤く濁った眼の私だった。




 ===================




 ……しくじった。吸血鬼の奇襲によって体が使い物にならなくなった。


 手足をやられたのだ。


 痛みはないのに手足が動かない。

 私に重傷を負わせた吸血鬼を倒し、他の吸血鬼狩りは撤退の準備を始める。

 私の方をちらっと見て、彼らはこう言った。


「もう……コイツはダメだな」

「捨て置くか? 流石に貴重な実験体を廃棄するのは……」

「使えなくなったら捨て置け、との命令だ」

「総隊長の指示か……わかった。退くぞ」


 彼らは私を人間としてではなく、貴重なサンプル。

 そう見ていたのだろう。

 役に立たなくなった後は治療し使い直すこともなく、同僚たちは私を置いていった。


 見捨てられる……か。


 そんなことに悲しみなんて微塵(みじん)も感じなかった。


 --感情なんて捨てて良かった。


 この時ばかりは本気でそう思った。


 --あぁ……寒いな。


 その日の夜風は氷のように冷たかった。



 ===================



 もう数日が経った。

 ……助けが来ない。完全に教会に見捨てられた。

 ここは人気のない山奥だから……きっと人間もやってこないだろう。


 まだ私は死なないのか……無駄に頑丈な身体だ。

 吸血鬼を殺すときにはすごく便利なのにな……


 傷の治りが遅い。普段なら重傷でも数時間後には治っているのに。


 身体に痛みはない。しかし空腹感はある。

 カラダが……水を……食べ物をくれ、と私の意識に延々と訴え続ける。

 腕も足もろくに動かず、足元の雑草も食えない。


 ーー地獄だ。


 辺りは暗くなり、上空には綺麗な満月が見える。真っ暗な空にわずかな光が灯る。


 徐々に見える景色がおぼろげになり、目が霞む。

 いよいよ身体がもたなくなってきたようだ。

 その瞬間、私は……生まれて初めて喜びを、歪んだ喜悦(きえつ)を感じた。


 ーーやっと……これで終われる。死ねるのだ。


 目を閉じ静かに死を待つ。この空腹を早く、早く終わらせてくれ。

 死んだら……今より体は暖かくなるのだろうか? ……少なくとも楽にはなるんだろうなぁ。


 ……ザッザッ……コロコロコロッ……


 消えかけた意識の端で、何者かが私に近づいてくる音を聞いた。

 草を踏みしめ、蹴られた石ころがコロコロと転がる音。


 あ……足音?


 重たくなった目を開くと、私の前に誰かが立っていた。


「何やってんの、アンタ? こんなところで野垂れ死ぬ気?」


 突然頭を掴まれ、彼女の顔が見えるところまで持ち上げられる。


 沈んでいくはずだった私の意識が浮上するーー


「……無視? げっ、コイツ目が死んでるじゃない」


 私の頭を持ち上げた誰かは若干引いた目でこちらの瞳を覗き込んでいる。

 目の前にいたのは齢二十に満たない少女。宝石のように綺麗な赤い髪に瞳。白のブラウスに青いエプロンスカートを着ている。


 どこかの貴族のお嬢様だろうか。


「メアリ様! 生存者は見つかりましたか?」


 別の声。今度は男性の声だった。

 執事服を着た老人が少女に向かって走ってくる。


「……いいえ。まぁ一人死んでるんだかよくわからない奴がいたわ」

「子供……しかもこの子が着ているのは……」


 --黒コート。私たち吸血鬼狩りに与えられる制服。


「えぇ、間違いない。もう遅かったみたい……」


 歯を食いしばり、少女の顔が曇る。


 --この子は……何者なのだ……?


「それにしても……無様ね……」


 私の頭から手を放し、冷えきった眼で彼女は私を見つめる。


「わが宿敵、ヴァンパイアハンター」


 ……この少女は……吸血鬼……なのか?


 これは……目の色が変わっていく感覚。

 マドリッドの瞳が青から赤色に変わる。


 --コロス。


 必死にもがいて私は銀武器を取り出そうとする。

 その様子を見て吸血鬼少女は私を嘲笑う。


「ククッ……手足もまともに動かない状態で私に勝てると思っているの? 滑稽ね」

「メアリ様。愚鈍(ぐどん)かと思いますが……一つ提案がございます」


 老人に口を出されメアリは少し不機嫌そうな顔をする。


「何よ」


 早く言え、と顎で指示をする。


「はい……この娘を我々の屋敷で働かせてみてはどうです?」

「ハァ!? クロード……あんた、頭がどうかしちゃったの? 反対にきまって……いや……待てよ……」


 メアリは少し考えこむと……口元に邪悪な笑みを浮かべた。


 --何を考えているのだ。吸血鬼め。


「掃除係が欲しいな~って思ってたのよ。ナイスよ、クロード。そうと決まれば……」


 メアリは少しためらった後、私に手を伸ばした。


「立ちなさい」

「……ッッ!!」


 わずかにしか動かない手で弱々しく彼女の手を払う。

 伸ばした手を払われたメアリは不満げに顔をしかめる。


「……ったく、だぁから人間は面倒なのよ……」


 --え?


 払って地に着く寸前の手をメアリは掴み、立ち上がらせた。

 メアリの側にいる老人……クロードがこちらを笑顔で見つめてくる。


「おやおや……まんざらでもなさそうですな……」


 クロードに茶化(ちゃか)され、カチンときたようだ。メアリは今まで以上に顔をしかめ、クロードの方をにらむ。


「うるさいッッ!!」

「ハイハイ、そんな怒ると大物感が失せますよ?」


 ……意外と肝が太いなこの老人。


「ぐっ……後で覚えてなさいよ……ハゲ……!!」

「髪のことに触れるのは反則ですよ……」


 シュンと老人が落ち込む。


「私に目を付けられた時点でアンタに拒否権はないの。ほら! サッサと歩く!!」


 私は生まれたての小鹿のような足取りでメアリの後ろをふらふらと歩き--


 また私の体は地面に崩れ落ちる。

 ……意識が……


 ーーぐぅ~


「……ぷぷっ!」


 メアリが私の腹の音を聞いて噴き出す。


 自分で聞くのも恥ずかしいぐらい可愛い腹の音だ。私の顔の周りがカッと赤くなる。


 ……これは……恥……? 死にたい。この顔の熱さを、底知れぬ空腹を早く終わらせたい。


「なんだ。アンタ、すこしは面白い顔するじゃない」


 メアリは私の赤くなった顔を見て上機嫌になったようだ。フフッと口元を手で隠している。

 彼女は再び私に手を伸ばし、次の瞬間謎の揺れが私を襲った。


「おい……しょ……っと! ……アンタ、意外と軽いわね」


 ーー背負われている……?


 私はもがいてすぐに彼女から抜け出そうとする。


 --これ以上私に生き恥をさらせというのか、吸血鬼。


「ちょっと!! 暴れないで! 暖かい飯も用意してやるんだから! 少しは感謝ってもんを……!!」


 ……もがくのにも疲れて私は彼女に身を任せた。

 屈辱だ。今までこいつらを殺すために全部捨ててきたはずなのに。思考も、感情も、人間性も……何もかも……なのに、なのにどうして……





 この吸血鬼の背中はこんなにも暖かいのだろう……?





 --これが私、マドリッドと彼女との出会いだった。




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