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第14話 失望の言葉は

 

 足元には相変わらずの赤いカーペット。歩く廊下の壁には鉄格子付きの窓に照明。


 ーーこの時代に電球ってあったんだな。


「……マドリッド、メアリの様子はどうだ?」


 陽一とマドリッドはメアリの部屋に向かう途中にある廊下を進む。


 マドリッドの体内の毒は、メアリの言うとおり完全に抜け切ったようだ。幸いにも彼女につけられた傷は浅いものだった為、ほとんど回復したらしい。


 ーー吸血鬼の血ってすごい。


「……クロード様によると意識を取り戻した、と」


 メアリの安否を確認し、陽一はホッとする。さっきまで上がってた肩がようやく下に落ちる。


「フーッ……よかった〜アレで倒れちゃったら俺がかばった意味無くなるところだった……」


 メアリの生存は分かっているはずなのに……なぜかマドリッドの表情は冴えない。

 ……無言は気まずいな。


「あ、そうだ。お礼……まだ言ってなかったよな」


「……礼を言われる資格なんてありませんよ」


「ん?」

「着きましたよ」


 陽一にとっては見慣れた部屋のドア。メアリの私室だ。


 =========================



 メアリの私室のドアを開けて陽一たちを出迎えたのは、ネグリジェ姿のメアリだった。


 いつもの服も可愛いが、寝巻き姿でもグッドだ。


「時間通りね……って何ジロジロ見てんのよ」


「いや〜パジャマ姿も映えるなぁって思って……」


「はぁ!? アンタ……なにいきなり気持ち悪いこと言ってんのよ!? ほら、この馬鹿にマドリッドもなんか言ってやってよ」

「当たり前です。お嬢様に似合わない服などありません。うーむ……お嬢様にはやっぱり白が似合いますね……」

「ちょっとマリー!? 何アンタも毒されてんのよ!」

「何を着ても美しい、とは嬉しいおことばですな。メアリ様」

「クロードも乗っからないの!……は、話を戻すわよ。集まってもらったのは他でもない。昨日の襲撃についてよ」


 部屋に集まった全員の顔がキッと引き締まる。


「おじょ……」


 マドリッドが口を開き何かを言おうとすると……


「……まずは結果発表ってとこかしらね」

「……?」


 メアリを除く全員が怪訝な顔をする。一体彼女は何を言っているのだ、と言いたげだ。


「セバス、アンタは使用人として私に対する忠誠を見せてくれた。合格よ」

「は……?」


 --どういうことだ。メアリは……


「今回のテストは無事合格って言ったのよ。セバス、光栄に思いなさい。あなたは見事この屋敷で私に仕える権利を勝ち取ったのよ」

「お、おい……」

「それにひきかえ……」


 メアリは陽一の方からマドリッドの方へ体を向ける。彼女はマドリッドの方へゆっくりと歩を進め、


「ッッーー!!」


 顔を思いっきり引っぱたいた。



()()()()()。アンタには失望したわ」

「--ッッ!!」


 メアリはマドリッドに鋭利な眼差しを向ける。冷たく、人をゴミのように見下す目だった。


 それに対しマドリッドは瞳は深い悲しみに満ちていた。主人を守り切れなかった事による罪悪感か、または自身の無力感だろうか。もしくは両方か。


 メアリが親友と呼んでいた彼女に向ける冷えきった目線。


 その事実に陽一は目を剥く。

 なんで……何がどうなっているんだ?


「あの程度の相手に苦戦した上に私に戦わせるなんて……言語道断も良いところよ。新人の彼の方がよっっ〜〜っぽど役目を果たしていた。加えて、彼に庇われたおかげで時間稼ぎができた、ともきてる……情けないにも程があるわ」


 これでもかというくらいにメアリはマドリッドを罵倒する。延々と出る暴言は止まることを知らない。


「申し訳ございません……!!」


 メアリの言葉の槍が次々とマドリッドに刺さる。非難の言葉一つが刺さる度、マドリッドの青い目に悲哀の色が濃くなっていく。


 ……見ていられない。


 なんとかしてくれ、と陽一はクロードの方に視線を移す。


 ーー無反応だった。


 クロードはメアリの次なる行動に目を向け、中立の立場をとる。どちらの側に加担するつもりも、手を出す様子もないようだ。この考えが正しいなら、彼はこの状況を静観するつもりだろう。


 つまり……マドリッドを助ける者は……いない。


 彼女が弱っていく姿から陽一は目を背ける。メアリが言ったことは間違っていない。あの殺人鬼に苦戦したことも、相手を侮り自分に庇われたことも……全部本当のことなのだから。


 けど……


「……戦闘に関して、あなたとクロードは特に当てにしてた。……けどそれは間違いだったみたい」


 メアリはマドリッドの胸倉を掴み、持ち上げる。マドリッドから「ウッ」とうめき声があがる。その時、陽一に見えたのはマドリッドの頬をつたう涙だった。


 ーー泣いている。

 この時初めて陽一はマドリッドの泣き顔を見た。


 これから起こることに恐怖し、マドリッドは眼をつぶる。拠り所としていた彼女に切り捨てられ、心が折れかかっているためだろう。普段であれば、決して彼女は泣き顔を見せない。


 そんな確信が陽一にはあった。


 彼女はマドリッドの胸倉から手を放し、眉をひそめる。彼女は再び口を開き、次なる非難の槍をマドリッドに突き刺した。



「……あなたに、私を守る資格なんてない。部屋にこもって、震えてなさい」



 その一言はマドリッドを絶望に追いやる必殺の武器だった。


 マドリッドは崩れ落ち、目から生気が失われていく。彼女の手がヘタっと床につく。糸が切れた人形のようだ。


 メアリが特別何かをしたわけではない。絶望したのだ。マドリッドの中の大切なものが音を立てて崩れてしまったのだ。


 メアリがマドリッドに近づこうとした瞬間ーー


「やめろッ!!」


 メアリは驚愕で目を見開く。マドリッドもだ。

 怒声をあげたのは……その場で黙っていた陽一だった。


「もういいだろ……充分だ! もう殺人鬼はいない! みんな無事だ! それでいいじゃねぇか。 な?」

「口を出さないで……それにアンタは何もわかっちゃいない」

「見損なった」と言いたげにハァ、とメアリはため息をつく。


「……確かに俺は新入りだし、何でそんなにお前が怒ってるのかも分からない! けど……それでもマドリッドが必死になってお前を守ろうとしたかはわかる! これ以上コイツをなじるのはやめろ! 泣いてんじゃねぇか!」

「大事なのは思いじゃない。結果よ。彼女は私に手を煩わせた……充分な失態よ」

「結果なら出した! アイツは敵の脅威を確認して、俺に報告させた! 上出来じゃねぇか!」

「……できたかどうかを決めるのはお前じゃない。主人である私。で……主人の私が使()()()()使()()()を叱咤して何か不満でもあるの?」


 陽一はどうにかしてマドリッドを擁護しようとするが、メアリは彼の意見を暴論でねじ伏せる。


「メアリ、今のは……本気で言っているのか……!?」


 信じられない。なぜメアリはマドリッドの必死さを汲み取ってくれないんだ!?


 あんなに彼女の安否を気にしていたではないか。


 親友の命がけの行動の意図を読み取れないほどメアリは愚かではない、というのが陽一の考えだった。


 普段は素直ではないが、本当は優しく、友達思いなのがメアリの本質ではなかったのか……!?


 少なくとも彼はメアリのことをそう捉えていた。

 だからこそ、陽一には今のメアリは……今までの者とは別人のように思えた。


「……使えない使用人を誰が使うと思っているの?」


 ーーいくらでも代わりはいる。もっと使える人材を使えばいいのだから。


 彼女の言葉に隠れたその論理に対しーー


「ふざけるなよ」


 陽一の何かが音を立ててキレた。彼自身の想像以上に低い声がのどから出る。


「アンタ、調子に……」

「黙れ」


 重い怒気の乗った声音にメアリは怯む。


「他人に守ってもらって文句ばっかか。いい身分だな、おい」

「……ッ!」


 陽一の言葉を受け、メアリの表情が苦痛に歪む。


 それでも彼の怒りはおさまらない。


「マドリッドは……お前を守ろうと命を懸けた!! それに対して『ありがとうございます』の一言も言えねぇのか!? それにあの戦いがテストだと!? ふざけやがって!!」


 堪忍袋の尾が切れ、陽一は怒鳴る。


 お前が言うテストのせいでマドリッドが命を落としていたかもしれないんだぞ……!!


「アンタをすぐに信用するほど私も馬鹿じゃない……!! このテストはそのための物よ!!」

「だから……殺人鬼を……ジョーをこの館に誘導したっていうのかよ……!!」


 当然だろう、と言いたげにメアリはため息をつく。


「そう、あらかじめあの男には道を教えておいたのもこの私よ……どう、これで満足? 探偵さん?」


 陽一は彼女の告白に対し、絶句する。


 これでは何のためにマドリッドは命をかけたのか……


 主人を守るため戦った相手が、主人の刺客だったなんて……こんなアホな話があってたまるものか……!!


 余りの怒りにメアリにつめ寄ろうとする陽一。

 そしてその開いた手をーー


「……やめてください」


 思わずメアリに平手打ちしそうになった手をマドリッドが掴んで止める。


「もう……なんなんだよ」


 ーーまだ主人を守るつもりか。

 他でもないお前の主人の軽率な行いのせいでお前は死にかけたんだぞ……


 陽一はマドリッドの手を払い、メアリに背を向ける。

 ドアまで一直線に進む。ドアノブを掴み、ドアを開ける。


 これ以上の会話は無意味と判断し、陽一は部屋を勝手に退出しようとする。


「……助けてくれたことには感謝してる……ありがとよ」

「……そう。気まぐれで助けたにしては、お前も十分役に立ったわ」

「そうかよ。そらよかった。けどな……」


 陽一はメアリに追い打ちをかけるようにつめよる。


「マドリッドは……お前を、親友を守るために命を張った。それに対する言葉が『失望した』かよ」


『親友』。

 その一言を聞いたメアリの顔が苦痛に歪んだ。目を伏せ、陽一から顔を背ける。


「……主人を守れない従者に価値はないわ」

「……ッ!! もっと……他人の気持ちを考えろよ……!」


 そう言って陽一はメアリの部屋のドアを開け、部屋から出て行く。扉が勢いよく閉まり、廊下にも響く程の大きな音が部屋中に響き渡った。



 ===================



「……失礼します。……お嬢様」


 マドリッドも扉を開け、メアリの方を振り返る。


「ごめん、なさい……!!」


 逃げるように扉を閉め、マドリッドは退出した。

 部屋に残っているのは……メアリ以外はクロードのみだ。


 部屋に残されたメアリはその場に崩れ落ちる。その表情は……寂しげで、どこか(はかな)げだった。これでいいのだ、と。すぐに消えてしまいそうな乾いた笑みだった。


「……メアリ様、お怪我は……」


 クロードもようやく動き出し、急ぎメアリの元に向かう。彼は立ち上がれるよう、メアリに手を伸ばす。


「ないわ……ありがとう」


 助けはいらない、と伸ばされた手を振り払う。


「どういたしまして……ですな」

「ねぇ、じいや……」


 感情を抑え切れずメアリの声が震える。

 その赤い目に大量の涙を浮かべて、彼女は昔のあだ名で彼を呼んでしまう。



 ーーもう……限界だ。



「友達付き合いってこんなに難しいのね……」



 そして彼女は足元の赤いカーペットに大きなシミを作った。








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