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第11話 友人と忠誠と

 

「えぐっ、えぐっ……ごめん……本当にごめんなさい……!!」


 この時のお嬢様はまるで子供のように泣いていた。普段の態度が嘘と思うくらい。


 メアリはマドリッドに抱き着き、顔を彼女の胸に埋める。誰にも泣き顔を見せないように。


 マドリッドのメイド服とメアリの青いエプロンスカートに零れ落ちたメアリの涙がにじむ。


 お嬢様と出会って10年、彼女よりも大きくなった私の体はこのお方の弱さを隠すのに足りるだろうか。


「大丈夫ですお嬢様。大丈夫です。私は死んでいません。ここにいますから」


 首についた傷口から血を流しながらも、マドリッドは彼女を少しでも安心させようと、メアリの背中を手でさする。傷ついた子供が母親に慰めてもらうように。


 ーーお嬢様が負った心の傷に比べればなんてことはない。


 お嬢様が私を拾った理由がどれだけ真っ黒な理由(もの)であっても。


 この屋敷で私がもらったものを誰も否定できはしない。


「どんな時でも私はお嬢様のおそばにいます。あなたを絶対に一人ぼっちにはしません」

「うぅ……えぐっ」


 お嬢様に拾われ、人の感情を得た時から決めたのだ。


 決意をその心に刻み、マドリッドは目を刃のように鋭くする。


 ーー私がこの方の心を、吸血鬼の王ではなく()()()を守るのだと。


 =========================


「じゃあね! おねぇさん!!」


 ジョーがマドリッドに肉切り包丁を振り下ろす。

 ーーその瞬間

 マドリッドの手が火を噴いた。


「ぁっ……!! なっ!」

「仕込み銃ですよ」


 両足を撃たれ怯むジョー。声にもならない悲鳴をあげる。


 撃たれたのは二発の銀弾。


 間髪入れずマドリッドはジョーの腹に蹴りを入れる。


「あぁがっ!!」


 ジョーは受け身をとれず壁に直撃。


 マドリッドはすかさずジョーの四肢をナイフで止める。


「銀武器を食らったことで痛覚もだいぶ戻ってきているようですね。……ですがこれで終わりです」


 マドリッドは銃の照準をジョーの脳天に合わせる。


「え……! う、こ、これは……!!」


 平衡感覚が狂い、マドリッドはその場に崩れ落ちる。四肢が硬直し手に持っていた銃を落としてしまう。


 ーー変だ。腕が、いや体が思うように動か……!!


「ようやぁーく効いてきたようだね」


 ジョーは力ずくで釘づけにされた腕や足のナイフを外し、蹴られたときに落とした武器を拾う。


 そして勝ち誇った笑みを浮かべる。


「不意打ちにしたときに投げたメス。あれ、あるヘビの神経毒がたっぷり塗られてあるんだぁ。女の子に使うのは苦しそうだからあんまり使わないようにしてたけど……使っておいて正解だったよ」


 マドリッドは陽一がかばった時にできた足の傷を見る。


「まぁ、あのお兄さんが余計なことしなければすぐに毒が身体中に回ってたんだけどな。かすってちゃ少量しか毒が入らないし……まぁその分、おねぇさんとダンスできたしその点はありがとうってところかなぁ」


 ーーなんてやつだ。予防策を講じておいたとは……!!


 あの時のメスに塗ってあったのは即効性の猛毒。


 少しでもかすってさえいれば遅かれ早かれ毒は回る。


「足の傷、ボクと同じ位置だね。偶然かな? いや、これは運命だ。どの道、君はボクのものになる運命なんだよ」

「し、死んで、も……ごめん……です」

「どのみち死んだらなるんだよ。しかし、まだ喋れるのぉ? わざわざ外国の山にまで毒を取りに行った甲斐がないなァ。ほっといても死ななそうだし……まず首からもらおっか」

「……!!」


 手足ならまだ治療可能だが、首は無理だ。いくらマドリッドが通常の人間より頑丈とはいえ、首をもがれれば死は免れない。


 マドリッドはその場に落ちた銃を拾おうとするが、毒のせいで体が自由に動かせない。


「楽しかったよおねぇさん。またダンス、踊ろうね」


 ジョーが毒で動けなくなったマドリッドに再び肉切り包丁を振りかざす。


 ーーお嬢様、どうか健やかに。


 それだけが死を目前にしたマドリッドのたった一つの願いだった。



「マリぃぃぃぃーーッッ!!」

「うごっ!!」


 部屋のドアを引きちぎりジョーに投げつけるメアリ。


 ジョーは投げつけられたドアを避け切れず、直撃。ドアに当たった衝撃をうけ、ジョーは吹っ飛んで壁にぶつかる。


 その衝撃で壁が崩れ、彼は瓦礫の下敷きとなった。


「いつつ……メアリのやつ。部屋の目の前で乱暴に置いていきやがって……メアリ! マドリッドは!?」

「……よかった。間一髪だったみたいね」

「お、嬢様。ご無事で、何より、です……」


 毒のせいで舌がまわらず、マドリッドから出る言葉が若干たどたどしい。


「あれ、なんか二人だけの世界になってる……」


 なんとなく二人に話しかけづらい。だが気にしてる場合ではない。


 ジョーはあの程度で死ぬやつではない。マドリッドとの戦闘で疲弊しているとしても、すぐに起き上がってくるだろう。


「マドリッド下がりなさい……後は私に……」

「メアリ、マドリッドの様子が変だ」

「へ、ビの……ど……く」

「毒ッ!? ヤベェ……! 間に合ってなかったって感じか……?」


 蛇の毒の中には医学が進み、血清がある現代でも致死率が高いものがある。キングコブラやブラックマンバなどがその代表だ。


 ーー未治療なら助からない。


「セバス、安心しなさい。このぐらいの毒なら自然に治るわ」

「え、じゃあマドリッドは……吸血鬼って……」


 驚きで開いた口が塞がらない陽一。確かに強靭な肉体を持つ吸血鬼なら自然治癒もありえるかもしれない。


 これまで屋敷の掃除をたった一人でこなせるのは彼女が人間ではないからかなぁ、とは思っていたが……まさか本当に……


「半分正解で半分間違い。正確には彼女は……吸血鬼と人間のハーフだから……しかも人工的な……ね」

「……ハーフ……ヴァンパイア……人工ってどういう……」


「おしゃべりは済んだかい?」


 二人が気がつくと、ジョーは既に瓦礫を退け立ち上がっていた。先程吹き飛ばされたのにもかかわらずヘラヘラと笑っている。


「ククク、次から次へとボクの邪魔をしにくるね。少しイラッとするよ」

「やっぱ起き上がってきた……コイツもやっぱり……」

下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)ね。間違いないわ。セバス、マリーを連れて下がってなさい」

「バッ……」


 馬鹿を言うな。一人で勝てる相手ではない。


 そう言おうとした陽一の口がぴたりと止まる。


 メアリの周りの空気が……波を打っている。


「わかった……気をつけろよ」


 陽一はマドリッドに肩を貸し、部屋の入り口まで下がる。


 自身が不利になることも計算に入れて勝ち筋を残す。ジョーは抜け目のない相手だ。今まで何十人の女性を殺しておいて捕まらなかったのは納得だ。狂っている上に狡猾でしたたかだ。


 女の子にこんなやつの相手をさせるのは男として情けない限りだが、マドリッドが戦闘不能となった今、この場を切り抜けるには彼女の力が不可欠だ。


「次は君かなぁ? お嬢さん。えーと……ごめん。名前、思い出せないなぁ……教えてくれると助かるな」

「……」

「ん? 聞こえなかったのかぁ……君の……」

「アンタに名乗るほど私の名前は安くないわ」


「教えてくれないなんて……悲しいなぁ」


 その瞬間、ジョーの手から大量のメスが雨あられと放たれた。目もくらむような速さで、鋭利なメスがメアリに迫っていく。


「メアリィーー!!」


 そしてメアリはそれを、


 ーー5本の指で弾いた。

 少し指を動かせばそれで済む、それだけのことのようにあっさりと。


「……え?」


 殺人鬼は目の前の出来事に呆然とした。ただの少女が自分の攻撃を片腕の指だけで防いだのだ。


「……何かした?」


 彼女はそう吐き捨てるように言った。




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