9 ズッ友
小説に出てくるような冒険者になるのはあきらめましたが、危険のない仕事はやるようになりました。
いなくなったペットの捜索や、ペットや家畜の世話、市場で売り子さんをしたりベビーシッターの仕事もあります。
ただのバイトのような気がしますが、これも冒険者の立派なお仕事です。
その日の早朝も目覚めると、体に絡むリリーの触手をほどいて市場に向かいます。
今日は市場の食堂で給仕のお仕事です。市場は朝早いので食堂もそれに合わせて開店が早いです。
食堂ではガッとかき込める料理が人気で、お客さんはお店に入るとあっという間に料理をたいらげて帰っていきます。
忙しい早朝とお昼の仕事が終わると、今日の仕事はこれで終わりです。
食堂のおかみさんに報酬をもらって、ギルドに報告に向かいます。
わたし一人の仕事の時はよく顔を見せに来るリリーが今日は来ませんでした。
宿で寝ているのかもしれないので、帰ったら起こしましょう。
冒険者ギルドの前まで来ると、なんだか中が騒がしいです。
ケンカでしょうか? 扉からこっそり顔を出すと、騒ぎの原因がわかりました。
「冒険者ギルドはお嬢ちゃんの遊び場じゃないぞ」
「ハア? 意味わかんないんだけど」
冒険者ギルド名物の『通過儀礼』です。
この『通過儀礼』、ギルドがやっているわけではなく、一部のベテランが「冒険者として明らかに力不足」と思った新人を怖がらせて、冒険者をやる度胸があるかを試しているんだそうです。
はっきり言って大きなお世話だと思います。
それにこの『通過儀礼』、わたしたちもやられたのです。
ある日、依頼掲示板を見ていたわたしたちに、そのベテラン冒険者が絡んできました。
ベテラン冒険者さんは「ここはガキが来ていい所じゃねえ」とか「なんだその格好は、パイでも焼いてくれるのか?」とか言ってきました。リリーに。
わたしは見学に来た子供だと思われていました。納得いきません。
それでもリリーが無視するのが気に食わなかったのか、リリーに詰め寄ろうとするベテラン冒険者に、惨劇の予感を感じたわたしが間に入ったのですが「ガキはどいてな」と、ぐいっと押しやられてしまいました。
――ベテラン冒険者さんのために言いますが、ちょっと乱暴でしたが突き飛ばしたとかではありませんでした。
しかし次の瞬間、ベテラン冒険者さんはリリーに蹴り上げられて天井に頭から突き刺さりました。
取り巻きの冒険者の「アニキーー!!」という叫び声と、リリーの「次、クロ様に触れたら星を見せて差し上げますよ」という言葉がギルドに静かに響き。
その次の日からリリーは「ヤバい新人冒険者」として名を馳せることになり、パートナーのわたしは逆鱗扱いになりました。
さて、話は戻ってギルドの騒ぎです。
騒ぎの中心にいるのは例のベテラン冒険者、絡まれているのは赤いショートヘアの女の子でした。
「冒険者なんてやめとけ、嬢ちゃんじゃすぐケガして泣き寝入りが関の山だ」
「あっそ、じゃあやめるよ」
「――は?」
「じゃね」
女の子は背を向けると手をヒラヒラ振って、わたしのいる入り口に向かいます。
「オイ、おまえフザケてるのか」
「フザケてるよ? ちょっとギルドに興味あったから来たけど、もう興味ないから」
すごい怖い顔になったベテラン冒険者さんが女の子に向かっていきます。
あ、なんかイヤな予感がします。
「ちょっと待ってください!」
「うおっ!?」
「ん?」
ベテラン冒険者さんと女の子の間にすべり込むと、ベテラン冒険者さんは出しかけた手を引っ込めて、バババッと音がする速さで周囲に目を走らせました。
「おいクロ、あいつもいっしょか」
「いえ今日は」
「そ、そうか」
ホッとしているベテラン冒険者を置いてギルドを出ようとする女の子の腕を取ります。
女の子ににらまれましたが気にせず会話を続けます。
「あ、あの、この子知り合いなんです。今からリリーと待ち合わせをしていて……今日は帰ってもいいですか」
「……チッ。おまえからそいつに礼儀を教えとけ」
渋々、といった感じで認めたベテラン冒険者さんに礼をして、ギルドを出ます。
女の子を引っ張って広場に出た辺りで腕を振りほどかれました。
「恩でも売ったつもり?」
「いえ、わたしが助けたのはあちらのほうです。惨劇の予感がしたので」
「さんげ……何?」
「あなたのほうが強そうだったので」
リリーとずっといるせいか、最近なんとなく勘がよくなった気がします。
「フフン、わかってるじゃないか」
女の子はニヤリと笑います。
「あんたはどうなんだ? さっきのオッサン、あんたにビビってたみたいだけど」
「あれは私じゃなくてパートナーの方です」
「そっか。あんた見るからに弱そうだしな」
「ぐっ」
「フフ。腹は減ってるか? 助けてもらったお礼におごってやるよ」
女の子は笑うと、わたしの手を取って歩き出します。
「ボクはスカーレット。あんたは?」
「クロです」
広場の屋台でこの街の名物だというハート型のまんじゅうを買って、スカーレットといっしょに広場のベンチで食べます。こしあんでした。
スカーレットはこの街に観光で来たそうです。
「クロはなんで冒険者になったんだ」
「ある目的があって旅をしているので」
「フーン、冒険者ってしがらみとかなさそうでいいね。ボクなんか満足に外も出れないよ」
「え、でもここには観光で来たんですよね」
「呼び出されたらすぐトンボ返りだけどね」
「私と同じ年なのに忙しいんですね」
「そう、忙しいんだよ。ボクの家、兄弟が六男六女で十二人いてさ、親が何を思ったか領地を十二等分して分けちゃったもんだから、争いが絶えなくて……」
スカーレットは貴族とかなんでしょうか? 貴族の資産を巡る争い……、ドラマみたいで不謹慎ながらドキドキします。
「ボクはそろそろ帰るかな」
まんじゅうの包み紙をゴミ箱にシュートすると、スカーレットは立ち上がります。
「楽しかったです。また会えますか?」
「うん。ボクたち……もう友達だよな?」
「はい、もちろんです」
スカーレットが差し出した手をぎゅっと握り、握手をします。
「――――でもさ、人間って裏切るだろ?」
「え」
「ボクの周りのヤツ、そういうの多くてさ」
握手をした手に力がこもります。
「だけど、魂抜いて人形にしちまえば、もう裏切らないし、ずっといっしょにいられると思わないか……?」
手を振りほどこうとしても、石みたいに動きません。
「あ、あの、わたし……」
スカーレットの緑色の瞳が妖しく光ります。
「――クロ、ボクたちズッ友だよな?」
ズッ友ってこんな背筋が寒くなる言葉でしたっけ……?