7 過保護
「運命の恋人が宿敵になる薬はありますか」
「そんな物騒な薬はないな」
さかのぼること数日前、元魔王城を離れて魔王退治の旅に出たわたしとリリー。
わたしが経験値をためたいからと言って徒歩で移動していると、道をふさぐようにグミのようなぷにぷにしたものが現れました。
「リリー、あれってモンスター?」
「スライムですね」
「ぷにぷにしてそう。触っても大丈夫?」
「強酸性の粘液を吐くので、やめておいたほうがいいです」
「わたしでも勝てる?」
「追い払うだけなら子供でもできますが……」
「よし」
「あっ、クロ様、スライムは……」
わたしはリリーの言葉を待たずに、道に落ちていた木の棒を拾って挑みます。
振り下ろした木の棒をスライムはポヨンと跳ねて避けると、わたしのおなかに体当たりをします。
バランスを崩して道にひっくり返ると、スライムはさっきより大きく跳ねて、わたしにボディプレスを――かける前に地面から上がった火柱に飲まれてジュッという音を立てて蒸発しました。
わたしは何もしてません。リリーがやりました。
「クロ様、スライムは物理攻撃が効かないので、魔法で倒すしかないんですよ」
「そうなんだ」
「ええ。そもそもクロ様の攻撃は当たってませんでしたが」
「ぐっ」
くやしいけど事実なのでグッと我慢します。
勇者クロの冒険はこれからなんです。きっと。
さらに道を進んでいくと、今度はゴブリンが道の真ん中に立ちはだりました。
「リリー」
「あれはダメです、クロ様。ゴブリンはクロ様と同じぐらい小さいですが、クロ様より力があるし、クロ様よりすばっしこいです」
ディスられて涙目になったわたしが力を込めてにらんでも、リリーは「涙目のクロ様もかわいいです」と言ってうっとりしただけでした。
「リリー、わたしが危なくなったら助けてください」
「あっダメですよクロ様!」
リリーの制止を聞かずに飛び出します。
ごめんなさいリリー、女にはやらなきゃいけない時があるんです。
先手必勝とばかりに木の棒でゴブリンを突こうとしますが、ゴブリンのこん棒に弾かれて木の棒は道の向こうに飛んでいってしまいました。
そしてゴブリンがこん棒を振り上げた瞬間……ゴブリンは地面に体ごとめりこみました。
もちろんわたしではありません、リリーがやりました。
「リリー」
「今のは危なかったですよね?」
「そうですが、この調子だと経験値がたまりません」
「クロ様は戦わなくていいんです! クロ様が傷つくなんて耐えられませんわ!」
リリーがわたしの頭を抱きしめて頭をよしよしします。
わたしはちょっとむくれながらリリーを見上げます。
「戦うのがダメだったら、戦闘の時、わたしは何をすればいいんですか」
リリーの手が私のほおを包みます。
「そばにいるだけでいいです。わたしのことだけ見て、わたしのことだけ考えていてください。わたし以外の人を、その瞳に映したりしたらダメですよ……?」
リリーの目からだんだん光が消えていくのを見ながら、リリーの手でガッチリ固定された頭を必死に動かしてうなずきます。
その後もモンスターに遭遇するのですが、わたしが木の棒を振る前に、すべてリリーが触手でペシッと退治してしまい、わたしが戦う機会はありませんでした。
たどり着いた街は、街に伝わる恋の伝説にちなんでラバーズと言う名前だそうです。
町の入り口に立っていた街の観光協会のお姉さんが、パンフレットを渡しながら教えてくれました。
「わたしたちにピッタリの街ですね」というリリーの言葉をかわしながら街を歩きます。
しかし、慣れない長歩きが足にキテたのか、盛大に転んでしまいます。
リリーがあわてて駆け寄り、「ヒール」と唱えると、すりむいた膝を包むように淡い光……どころか、まぶしい閃光が辺りに広がりました。
「おや? 腰の調子が急によくなったぞ」
「膝の古傷が治った!?」
「おばあちゃんが立った!」
わたしはリリーを連れて周りの騒ぎから逃げ出します。
「リリー」
「はい」
「次から回復魔法は禁止です」
リリーは力が強すぎて加減がきかないみたいなので使わない方がいいでしょう。
「そ、そんな。クロ様がケガをしても何もできないなんて……」
「大ケガはともかく、転んで膝をすりむいたぐらいで回復魔法は必要ないです。これぐらい、ツバつけとけば治りますから、ね?」
「……わかりました。次からは、わたしがなめて治せばいいんですね……?」
ぽっ……と、ほおを染めたリリーがうなずきます。
その日は薬草と包帯の予備をいっぱい買って帰りました。
宿に戻ると、食堂で食事にします。
リリーはさきにテーブルに向かうと、イスを引いてわたしに座らせます。
そんなわたしたちに食堂の視線が集まってしまうのは、リリーがメイド服姿のせいです。
「クロ様、はいあーん」
「メイドさんはそんなことしないと思います」
リリーはメイドを楽しんでいるようですが、わたしはちょっとはずかしいです。
一度、もっと目立たない服にしてほしいと頼みましたが、「ウェディングドレスなら着ます」と言われました。
それは余計目立ちます。
「リリーはメイド服になにかこだわりがあるの?」
「いいえ、ありませんが?」
「じゃあなんでメイド服だけしか着ないの」
「メイドは主人のお世話をするものと聞いたので、クロ様をお世話するのにぴったりだと思ったんです」
「子供じゃないからお世話はいりません」
「ダメですよ、クロ様は将来伴侶になる方ですから、おはようからおやすみまで妻の世話をするのはわたしの仕事です」
「……ッ。リ、リリーはちょっと過保護だと思います」
「…………はあ、本当はお城にでも閉じこめておきたいぐらいですわ……」
夜、ベッドに寝ながら心に決めます。
わたしが監禁される前にはやくリリーの過保護をどうにかしないと。
次の日、街の市場で『ホレ薬あります』の張り紙のある屋台を見つけたわたしの会話が冒頭になります。
「この店は若者の恋をちょっとだけ応援するおまじないグッズの店でな、人の恋を呪う店じゃないぞ」
店の主人らしいおじさんが困った顔をします。
どうやらわたしがどこかのリア充を呪おうとしていると思ったみたいです。
「違うんです、さっきのは例えで、嫌われたいわけじゃなくて、ちょっと落ちついてほしいというか……」
「なんだ、好かれて困ってるほうか。モテる女はつらいな」
そうしていると、別の屋台に行っていたリリーが戻ってきました。
今日も着ているメイド服がリリーの動きに合わせてふわふわゆれます。
「クロ様、買い物はすみましたか」
「あ、あのリリー、ジュース飲みますか」
さっきおじさんにもらった小ビンに入った『逆ホレ薬』を手渡します。
リリーは小ビンを受け取ると、チラリと『ホレ薬あります』の張り紙を見ました。
「もうっ、クロ様ったら、こんなことしなくてもわたしはクロ様に夢中ですのに。ああでも、もっと仲良くなりたいということでしょうか。ええ、もちろんわたしも同じ気持ちですわ……」
「いいからはやく飲んで」
少し罪悪感を覚えますが、急かすとリリーは逆ホレ薬を飲みました。
「何か変化はあります?」
「……別に何もありませんね」リリーは小首をかしげます。
わたしはおじさんに小声で話しかけます。
『……効いていないみたいですが』
『……あの薬は、パパ大好きな娘が「パパくさいんだけど?」って言い出すぐらい強力な薬だぞ?』
だとすると、好感度がカンストしてるリリーには焼け石に水だったということでしょうか。
『……おじさん、わたしが間違ってました。薬で人の気持ちをどうにかしようなんてバカでした』
『大切なことに気付いたな。まあ効いててもしばらくすれば戻るけどな』
わたしはおじさんにお礼を言って、リリーといっしょに帰ろうとすると、おじさんがこう声を掛けました。
「新しい人間関係はだれでも戸惑うものさ、あせらずじっくりやりな、おじさん応援してるぜ。…………お嬢様とメイドの百合、好きだしな」
最後のセリフは即刻記憶から削除することにしました。