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5 魔王

 朝食のパンとスープを食べて、身支度が終わると宿を出ます。

 前を歩いていたリリーがくるりと振り向くと、わたしの手を握り、とてもきれいな笑顔を浮かべました。


「さて、魔王退治に行きましょうか」

「魔王退治って朝の散歩みたいなノリでするものでしたっけ」


 話してる間にも体が浮かび上がります。


「異世界に来て二日目でラスボス戦はどうかと思うんです」

「そうは言いましても、あのクソ女神から渡された宿題が残ったままだと、クロ様との旅が楽しめませんわ」

「わたしなんかじゃ魔王の鼻息だけで消滅しちゃう……」


 リリーが諭すようにほほえみます。


「そうですね。クロ様は普通のか弱い女の子なんですから、戦いはわたしに任せてください」

「リリーが戦うのにわたしは何もできないの」

「そんなことはないです。婦婦は一心同体、クロ様がそばにいるだけでわたしは力が湧いてきます。魔王を倒したらハネムーンといきましょう」

「リリー……」


 いつの間に結婚したの。


「リリー、まだ結婚してない。そもそも子供は結婚できない」

「やだわたしったら、気がはやってしまって……。そうですね、この場合は婚前旅行ですね♪」

「魔王と戦うのにリリーはいつもの調子だね」

「わたしが負けると思います?」


 リリーがにやっと笑います。出会って二日目ですが、確かに負ける想像が付かないです。

 せめて心の準備がしたいけど、空の景色はどんどん変わっていきます。


「リリーは魔王の居場所わかるの?」

「ええ。わたしが封印される前の場所ですが、今もいるでしょう」


 やがてわたしたちは、大きな城が一つあるだけの小さな島の上空に止まります。

 黒い雲が島全体を覆っていて、島の外は青空なのに、ここだけ薄暗いです。


「では降りましょうか」

「どこに降りるの?」


 周りは断崖絶壁で、どこに降りてもすぐ見つかりそうです。


「魔王がいる場所といえば、最上階か地下深くと決まってます」


 わたしの手を握ってないほうの手を前に差し出すと、手の先に火球が現れます。

 リリーが手を動かすと、火球は魔王の城に飛んでいき、爆発を起こして天井に穴を空けました。


 天井から最上階へ降りると、そこは広間になっていて、奥には玉座とそこに座る人影がありました。

 広間は薄暗く、人影は座っていても大きいのがわかります。大人の三倍ぐらいはあるでしょうか。


「いましたね」

「むう……。その気配はまさか……邪神か」


 広間の入口から奥へ向かって、火の玉が次々に現れ、広間を照らします。


「お主は封印されておったはずだが。わしに殺されに来たのか」


 玉座の周りにも火の玉が現れると、魔王の姿が浮かび上がります。

 灯火に照らされてもなお暗い、闇色をした鎧でした。

 右手に同じく闇色をした槍を握り、いびつな鎧は獣のようにも見えます。

 鎧の表面にはひび割れたような模様が走り、模様は赤い光を放っています。

 顔があるべき兜の中は空っぽで、青い火の玉が浮かんでいました。

 すごく強そうです。それに……。


「かっこいい……」

「…………え?」


 わたしを背に立っているリリーからけげんそうな声がしました。

 正統派な英雄の鎧や武骨な騎士の鎧もいいですが、やっぱり、黒くてまがまがしくて、呪われそうな鎧のほうがずっとかっこいいと思います!


「そんな……そんな……。わたしにさえ、そんなキラキラした目を向けたことがないのに…………」


 リアルでこんなすごい鎧を見る機会はもうないかもしれないので、目に焼き付けておきましょう。

 なんだか急に気温が下がった気がする広間に、何かをつぶやいてるリリーの声と鎧のかすかな金属音だけが聞こえてきます。


「…………クロ様、ずいぶん心を奪われているようですが……?」

「目は奪われてるけど」


 低い声でリリーが聞いてきます。


「ひとめぼれですか」


 さらに声が低くなり、リリーの背中が震えています。

 さっきからどんどん広間の気温が下がっているので寒いのかもしれません。

 目の前の魔王も武者震いからか、鎧の金属音が大きくなります。


「だれに?」

「鎧のあいつです」

「……おじいちゃんに? なんで?」


 青い火の玉しか見えませんが、声からするとおじいちゃんです。


「……いえ、なんでもないです」


 体の震えが止まって声が普段通りに戻ります。


「――ですが、わたしからクロ様の視線を奪った罰は受けてもらいます」


 リリーが玉座に近付きます。

 魔王も玉座から立ち上がると、重い音を立てながらゆっくりこちらに近付きます。

 広間の中心で二人が相対すると、魔王は――。


「申し訳ございませんでしたああああぁぁ!!」


 土下座をしました。


「どうしました、向かって来ないんですか」

「す、すみません! さっきは過去に視線一つで気絶した若輩の頃より強くなったと勘違いして粋がってたというか……」


 魔王が床に額をこすり付けて土下座をしています。

 あんなに大きく見えた魔王の姿が今やチワワにしか見えません。


「そ、それで邪神殿、なぜわしの城に来られたので……?」

「ふん。クソ女神に押し付けられた用事を片付けるためです」

「…………女神?」


 床に顔を付けたまま魔王がつぶやくと、動きが止まります。


「…………フ……フフ、フハハハハハ!!」


 魔王が床に向かって高笑いをブチ撒けると、おもむろに立ち上がります。


「そうか、そういうことか!!」

「何」

「お主、あの女神にシッポを振って封印を解いてもらったのだな!」

「…………」

「いくら強かろうが魂まで服従した負け犬など真の強者ではない!!」


 魔王は丸太のように太い指をリリーに向けます。


「お主は女神の下僕、いや、女神の犬に成り下がったのだ!!」

「…………わたしが」


 リリーの体が膨れ上がるように元の姿に戻ると、魔王に覆い被さらんばかりに見下ろします。


「――だれの犬になったって」

「女神の犬になったと言ったのだ! その首に付いた首輪がわしには見えておるぞ!!」


「うるさいっ」

「ギャンッ!」


 リリーの触手が魔王の頭に振り下ろされ、魔王の立ってる床にヒビが入ります。


「わたしがあのクソ女神の犬ですって?」

「そう…グハアッ!」


 触手がさらに振り下ろされ、魔王の膝が床に埋まります。


「今の発言、謝るなら許してあげましょう」

「わ、わしは絶対に屈したりせんぞ!」


 ガンッ! という音とともに、リリーが触手をハンマーのように振り下ろして、魔王をクギみたいに床に打ち付けます。


「屈したりは……」ガンッ!

「屈したり……」ガンッ!

「くっ……」ガンッ!



「すみませんでしたああぁ!!」


 魔王は首まで埋まったところで屈しました。


「いいですわ、許しましょう」

「ゆ、許すのか」


 信じられない、という顔でリリーを見ます。


「愛のためとはいえ、女神の要求を飲んだのは事実ですから」

「あ、愛だと……!? お主がか」

「ええ。ここにいるクロ様と結婚するため」


 リリーの触手に絡めとられミノムシみたいになったわたしを魔王の前に掲げます。

 未来の伴侶の扱いがこれでいいのでしょうか。


「信じられん……」

「信じなくてもいいですわ。――ああ、そうだ」


 リリーが思い出した、というように触手で手を合わせるしぐさをします。


「わたしがあなたよりかっこいいと認めれば、命だけは見逃しますわ」

「はあ?」


 地面に埋まったままの魔王が首をかしげると、リリーが触手をゆっくり持ち上げます。


「お、お主はわしより強くてかっこいいーー!!」

「よくできました」


 リリーが満足げにほほえむと、わたしのほうをチラチラ見ます。

 あ、もしかして……わたしが魔王をかっこいいって言ったから、ヤキモチやいてる?


「わたしもリリーかっこいいと思う」

「そ、そうですか……?」


 リリーがうれしそうに大きな体をくねくねさせます。

 リリーはかっこいいよりきれいって感じだけど、怪獣的なかっこよさもある気がします。


「あ、そうだ。魔王さん、人間の国への侵略を止めてほしいんですが……」

「……魔王? わしが魔王だと」


 魔王は笑い出します。


「わしは魔王ではない」

「どういうことです」リリーがけげんな顔をします。

「元・魔王だ。今はわしの十二人の孫が魔王を務めておる」

「そんな、魔王が十二人もいるなんて女神様に聞いてないです……」

「フハハッ、女神はどうやら孫たちを脅威に感じているようだな。孫たちはわしより強い。もはや色ボケしたかつての邪神など、孫たちの敵ではないわ!」

「だれが色ボケですっ」

「ぐはあっ!! ……ガクッ」


 最後の一撃を食らった元魔王さんが気絶します。

 まさか十二人も魔王がいるなんて……わたしたちはどうすればいいんでしょう。

 そしてこの冒険、わたしがいる意味があるのでしょうか。

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