4 最初の夜
……それからは、いろいろありました。
リリーを見た黒い集団が一斉に土下座をしたり。
「いあいあ」と謎の呪文を唱える黒い集団にリリーと二人で首をかしげたり。
その中の一人がわたしに気付いて、おじさんと同じように邪悪で強力な魔法使いと誤解されたり。
わたしから邪神を取り返そうと、黒い人たちが魔法で攻撃してきたり。
怒ったリリーが竜巻を発生させたりしました。
「うわあああぁぁぁ!!」
「団員Bーーーー!!」
「な、なんて魔法だ! まるで天災だ!!」
サイクロン掃除機で吸われたみたいに黒い人たちが次々に空に吸い込まれていきます。
それでも何人かの人が耐えていましたが、一人、また一人、と吸いこまれていきました。
わたしはそれを台風の目のようにおだやかな竜巻の中心で、震えながら見ているだけです。
ごめんなさい……リリーが「死なない程度にやってる」そうなので勘弁してください……。
「み、見ろあの少女、この地獄の中で表情一つ変えてないぞ……」
「なんて目だ……あいつには俺たちが風に舞う木の葉程度にしか見えてないんだ……!」
「あああ……われわれはとんでもない者に手を出してしまった……」
違います、表情筋が仕事をしていないだけです。
「もう気も済みましたし、そろそろ終わりにしましょうか」
そう言うと、吸引力の増した竜巻が黒い集団を残らず吸い込みながら空へ消えて、後には雲一つない青空が広がっていました。
「あの人たちは本当に大丈夫……?」
「一人ずつ記憶を消して適当な街に送ったので大丈夫ですわ」
リリーの触手が体に巻き付いてきます。
「ああ、手が冷えてますわ。あの無法者たちがよほど怖かったのですね」
あの人たちよりリリーのほうが怖かったとはとても言えません。
「そういえばあの人たち、リリーを人類を滅ぼしかけた邪神とか言ってたけど、そうなの?」
「わたしが生まれたときには人類はほとんどいなくなってましたよ」
「どうしていなくなったの?」
「天災があったとか。その後も生き残った人類で争い合って数を減らしていましたね。その頃には海で暮らしていましたが、何度か人間に襲われて返り討ちにしていましたが……」
そこで何か思い出したように手をたたきます。
「そういえばその頃から邪神と呼ばれるようになった気がします」
「それじゃあ人類を滅ばしかけたとかは誤解なんだね」
と、苦虫をかみつぶしたような顔をしたリリーが舌打ちをします。
「そうです、それであのクソ女神がやって来てわたしを封印したんです。本当にあの女神と人間たちには虫酸が走るわ。――あ、クロ様はもちろん別ですよ?」
リリーに触手ごと抱き寄せられてほおずりされます。く、苦しい……。
「ねえリリー、姿を隠す方法とかはない? いっしょに旅に出るのに今の姿だと、さっきみたいなことになると思うんだけど……」
「――――これならどうです?」
まばたきの後には、目の前にわたしと同じぐらいの年の女の子が立っていました。
銀糸のような髪の毛に、りんご飴に似た紅い瞳、髪の毛に隠れていた顔はまるで彫刻のようにきれいです。
「……どうしました?」
「きれいなので見とれてました」
「いやーん、クロ様ったら!」
リリーが真っ赤になった顔を手で覆うと、スカートの中から二本の触手が飛び出してきて、わたしの体に巻き付きました。
このタコのような触手、間違いなくリリーです。
触手に続いてリリーも飛び込んできて、わたしの首に腕を回してきます。
「ああん、全身で感じるクロ様も最高です!」
「そういえばその格好、メイド服ですか?」
「はい、クロ様の従者になったので」
リリーがくるりと回ってミニスカートのメイド服を見せます。
さっきスカートの中から触手が飛び出していましたが、どういう構造になってるんでしょう。謎です。
「わたしはできれば従者じゃなくて、リリーと友達になりたいです」
友達のほうが仲良くなれると思ったのですが、それを聞くとリリーはうつむいてしまいます。
「……友達じゃなくてお嫁さんではダメですか?」
「へっ!?」
ビックリして顔が熱くなります。
目の前のリリーはぽっとほおを染めて、スカートのすそをいじっています。
こ、これってまさか、プ、プロポーズ……!?
「クロ様、わたしたち運命だったと思いません……?」
「えっあっそのっ」
うつむいたリリーがチラチラとこちらを見ていますが、目を合わせられません。
「こ、子供なのでよくわかりません……」
わたしはもじもじして、なんと答えていいかわからず、あいまいな返事になってしまいました。
「それじゃあクロ様が大人になるまでお待ちしていますね?」
「は、はい」
今から歩いて行くには遠すぎるからと、きれいな更地になった遺跡を出て、魔法で空を飛んで街へ向かいました。
街に入ると、持ち物を換金するからと言われて質屋に行きます。
リリーがポケットから大粒の真珠を取り出すのを見ながら、所持金もカンストしてるのでは……? と思いました。
換金が終わった後は買い物をして、食堂で転生して初めてのごはんを食べました。
おなかは空いてないと思っていましたが、恐怖でマヒしていただけで腹ぺこだったようで、運ばれてきたカツ丼はすぐに空になってしまいました。
リリーは大盛りのイカスミパスタを食べています。
一種の共食いではないかと心配しましたが、リリーは気にする様子もなくきれいに完食していました。
魔王退治に向かうのは明日からにすることにして、宿を探します。
子供だけで宿に泊まれるのか宿の人に聞くと、基本お金さえ払えば身分は問わないと言われました。
この世界の人はなんだか現金な気がしますが、助かるのでそのまま泊まります。
通されたのはこの宿で一番高そうな部屋でした。
お風呂に入ってパジャマに着替えると、わたしとリリーが二人で寝てもまだ余裕がある大きなベッドに座ります。
「あの、こんなに高そうな部屋でいいんですか」
「クロ様を固いベッドに寝かせるわけにはいけませんから!」
そんなに気を使わないでほしいのですが、極上のふかふかベッドに負けて休みます。次はもう少し普通のお部屋にしてもらいましょう。
深夜、ふと目が覚めます。
今日一日、自分に起きたことを思い出します。
女神様に転生させられて、リリーと出会って、殺されそうになって、リリーが仲間になって、怪しいおじさんと黒い集団に出会って、殺されそうになって、おじさんたちが殺されそうになりました。
一日で物騒な目に遭い過ぎです。
その後は街に行って、リリーにお金をもらったり、お洋服を買ってもらったり、ごはんをもらったり、ふかふかのベッドに寝かせてもらいました。
気が付くと涙がほおを伝います。
……まるでヒモみたいです……。
異世界でヒモになってるなんて、パパとママになんと言えばいいのでしょうか。
女神様が言ってたダメ人間に、わたしもなっているのでしょうか。
泣いていると、リリーが起きてきました。
「クロ様、かわいそうに……。あのクソ女神のせいでいっぱい怖い目に遭いましたものね……」
リリーにぎゅっと抱き寄せられます。
怖い目のほとんどはリリーによってです、とはとても言えません。
「ぐすっ。リリーにばかりしてもらって、わたしは何もしてません……」
「クロ様はたった一人で知らない世界に来たばかりなんですから、もっとわたしを頼っていいんですよ?」
「頼っていいの……?」
「はい。それに未来の伴侶を支えるのは当然ですから……♪」
「…………」
…………はんりょ……?
え、伴侶?
「伴侶ってだれですか……?」
「もうっ、クロ様に決まってるじゃないですか。今日約束したのに」
背中を汗がだらだら流れます。
わたし、あの告白のとき「子供なのでよくわかりません」と答えたはずですよね……?
まさか日本人がよく言う「前向きに検討します」を「契約成立に向けてがんばります」に受け取られた……?
ちなみにこの場合の契約とは結婚のことです。
ど、どど、どうしましょう。
齢十三にして将来の結婚相手を決めてしまうなんて、パパとママにどう紹介したら……。
はっ。違います、そもそも結婚する気はまだありません。
でもリリーにそれは誤解だと言ったら、泣かせてしまうかも……。
「あ、あの。もしもですよ、もしもわたしが結婚しないって言ったらどうするんですか……?」
「そんなのありえませんわ」
ふとんの中、するり、と伸びたリリーの二本の触手が、わたしの腰を抱き寄せます。
「だってわたしとクロ様の出会いは運命ですもの」
リリーのタコに似た触手は骨のない腕のような感触で力強いです。
……本当に力強くて、わたしの腰をミシミシと音が鳴るほど締め付けています。
「それを引き裂こうとする者がいたら……わたしがそいつを引き裂いて差し上げますわ」
それってわたしも含まれてますか……?
ほほえむリリーの瞳に光はありません。
パパ、ママ、どうやらクロは異世界で邪神をお嫁さんにする運命みたいです。