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31 封印

「あなたがコミケの魔王ですか」


 コーミットの街で恒例の本のマーケット、マニアの間で『コミケ』と呼ばれているイベントで、私の目の前の銀髪イケメンがそう声を掛けてきました。


「え、ええ、まあ……私が名乗ったわけじゃないけど」


 コミケで仲良くなった人間に、私が魔王だとつい口を滑らせたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていました。


「そうですか」


 銀髪イケメンはほほ笑むと、私のブースに並んだ本を見ます。

 その手が新刊のオリジナル百合婦婦の薄い本に伸びようとします。


「――クッ……! 後十八年も待たないといけないなんて……!」


 が、そうつぶやくと、となりの全年齢対象の男の娘本を手に取りました。

 十八年? 見たところ成人しているように見えるけど……人間ではないのかしら。

 銀髪イケメンがお金を支払い、お釣りを手渡すと、その手を握られました。


「……セ、セクハラはBLの時だけにしてもらえる?」


 非リア充の私が背中に汗をかきながら言うと、銀髪イケメンがほほ笑みます。


「私がコミケに来たのは一応ついでで……あなたを倒しに来たんです」


 ――刺客!?

 とっさに握った手から魔力を流し込もうとすると、巨大な手に体を押し付けられたようにイスから動けなくなります。

 な、なんなのこのプレッシャー……!? 仮にも魔王の私が指一つ動かせないなんて……!


「私の事は……邪神の子だと言えばわかりますか?」


 銀髪イケメンが流麗な動きで小首をかしげます。

 私は少し考えてから聞きました。


「邪神……って何?」

「えっ知らないんですか!?」


 何かすごくおどろいているけど、どういう事かしら。


「家の人から聞いてません?」

「んー……。ここ最近は締め切りとコミケの準備で忙しかったし、私もう何年も家に帰ってないしなー……」


 この前、家から手紙が来てたような気はするけど。


「そうですか……それなら私といっしょに魔王城に来てもらえますか? 事情は行きながら説明しますので」


 プレッシャーは消えていたけど握った手はまだ離してくれないので、空いたほうの手でツインテールをいじると、指ではじいた。


「どうせ拒否しても連れて行くんでしょ。あなた名前は?」

「ミラです」

「女の子みたいな名前ね。私は魔王のメアリー、次女よ。二つ名はないわ」

「『コミケの魔王』は?」

「あなた家族にコミケとか……ソレの説明できるの?」


 私はジト目になると銀髪イケメンが手に持った男の娘本を指差します。


「……できません」


 冷や汗をかいた銀髪イケメンが目をそらす。


「それじゃあ行きましょうか。ブースを片付けるから手伝って」

「は、はい」


 謎の銀髪イケメンは素直にブースの片付けを手伝い始めます。


「……はあ。これから見知らぬ男と二人旅なんてサイアクよ……」

「気の毒に」全く思ってなさそうに言います。

「せめてあなたが銀髪イケメンじゃなくて銀髪ロリだったら楽しかったのに」

「それは良かった。きっと楽しい旅になりますね」




 魔王城の広場でうろたえる少年を見ていたリリーが、邪神の名にふさわしい笑顔を浮かべました。


「気配を隠しているようですが……あなたが魔王ですね」


 ということは、彼が長男のギルバート?

 ギルバートは肩を震わせると、ほおを引きつらせます。


「ま、まさか、僕が魔王だなんて……。――あっ、お茶はどうです? 疲れているでしょう」


 可憐な見た目に反して低音で優雅な声をしたギルバートは、目の前にテーブルとティーセットを出してぎこちなくほほ笑みます。

 しかし、わたしたちとの間に運動場の端から端ぐらいの距離があるギルバートは、この距離でもわかるほど顔が真っ青でした。


「さて、倒しますか」


 リリーは腕を十字に組んで肩の柔軟をすると、ギルバートに向かっていこうとします。

 その時、城に地響きが起こります。地響きはどんどん近付いてきます。

 そして。


「オオオオオオオオオ!!!!」


 城の建物の一角を破壊しながら、見上げるほど巨大な上半身だけの漆黒の鎧の騎士が現れました。

 太陽の下にあっても暗く、闇そのもの鎧は悪魔のようにいびつで、ひび割れたような模様から赤い光を放っています。

 ――あの鎧、見覚えがあります! あの人は――。


「おじい様!!」ギルバートが叫びます。


「女神ノ犬メガアアァア!! 滅セヨ、『天破滅槍』!!」


 がらんどうの兜から青い炎を噴き出した元魔王の槍が闇色の雷となってリリーを貫こうとします。

 リリーは全ての触手を集めると、闇色の雷になった槍の切っ先、その一点に集中させます。

 槍と触手が衝突すると凄まじい衝撃波が起こり、ガレキやまたもリリーに放り投げられたわたしを吹き飛ばしますが、誰かがわたしを受け止めます。


「オオオオオオオ!!」

「グッ……!」


 ドリルのように回転する触手と、闇色の雷になった槍の衝突が起こしたエネルギーが奔流を起こして周囲の建物を破壊していきます。

 力は拮抗していましたが、元魔王が命を搾り尽くすような咆哮を上げると、兜が割れて青い炎が天を焦がすほどに燃え上がり、リリーの体を大地を砕きながら地面に沈ませていきました。

 リリーは元魔王を見ると、口の端を上げます。


「よくぞここまで気を練り上げました――それでも、わたしには届きません」


 触手がうなりを上げて回転を増すと、槍の切っ先、そして鎧に亀裂が走ります。

 亀裂が全身に入ると切っ先から徐々に砕けていき、鎧が完全に砕け散ると、青い炎だけが残りました。

 青い炎が小さくなると、執事の格好をしたおじいさんになって、地面に落ちて倒れました。


「『闇鎧』ジークフリートの魂の全てを賭けた一撃でさえ敵わぬか……」

「ハア……もうあなたたちとは戦いたくないですね……」


 リリーが肩を落とすと、疲れたように深いため息をつきました。


「おじい様……。これでもうボクたちも終わりか……」


 わたしを戦いの余波から守ってくれていたスカーレットが、寂しそうにつぶやきます。



「――おじい様、ありがとうございます」


 戦いの間、ずっとうずくまっていたギルバートが笑みを浮かべて立ち上がります。その足元にはチョークで精緻に描かれた魔法陣がありました。


「おかげで間に合いました」


 その声を合図に、ギルバートの描いていた魔法陣が光を放ちます。

 リリーの足元にギルバートの描いた魔法陣と同じものが浮かび上がると、光の柱がリリーの両腕を貫きます。

 光が消えると、両腕を鎖で縛られたリリーの姿がありました。そしてその鎖はわたしが見たことのあるものでした。


「女神の封印術……!? どうやってこれを……!?」


 リリーが驚きに目を見張ります。


「魔族は長生きだからね。たまたまこれを見つけたからこそ、僕は兄弟たちにゲームを申し込んだんだ」


 青い顔をしたギルバートが鼻血をハンカチで拭うと、優雅にほほ笑みます。


「僕は並の魔法使い程度の才能しかないから、準備や魔法陣を描くだけで二カ月以上もかかってしまった。……だが、その間に兄弟たちは誰もあなたに勝てず、こうして僕に封印されることになった!」


 ギルバートはリリーを指差すと勝ち誇ります。


「賭けは僕の勝ち、僕が真の魔王だ! やっとみんなを認めさせられる!」


「ご機嫌のところ悪いんですが、もう動きますね」

「――え」


 リリーが鎖を引き千切ると、足元の魔法陣はかき消えました。


「なっ、ななな」ギルバートが手をあげたまま震えます。「な、なんで!? 間違いなく女神の封印術は完成していたのに!」


「ええ、それは間違いありません。……ですが、術者に差があります」


 ギルバートが力が抜けたように地面に膝をつきます。


「ガッカリしないでくださいね、女神以外にはわたしを封印できませんので」


 邪神らしい笑みを深めると、リリーがゆっくりとギルバートに近付きます。


「さて、長男のあなたにはキツイお仕置きをしておきましょうか。お尻ペンペンがいいですかね?」


 リリーが触手で素振りを始めると、放心していたギルバートが意識を取り戻し、魔導書を取り出しました。


「く、来るなあっ! ――『メドゥーサの瞳』『タイムブレイク』『凍結結界』……」


 半狂乱のギルバートが封印魔法らしい呪文を次々と唱えていきます。

 しかしどの魔法も、触手をうごめかしながらゆっくりと近付いてくるリリーには何一つ効きません。

 やがて、リリーの触手がギルバートに届くかというぐらいまで近付いた時……。


 ――――リリーの姿が消えました。



「――え?」


 肩で息をしたギルバートが、信じられないものを見たような顔をして、地面を見ています。


「……おい、マジかよ」


 声がして、ガレキの上を跳んできたアガットがわたしの横に降り立ちました。


「アニキが封印したのか!? 何を使った!?」


 アガットの声でハッとしたギルバートが魔導書をめくっていき、あるページで指が止まりました。


「――ペ、『ペルソナ』……だ、相手の心の奥底に潜んだ不安や恐怖を具現化させて相手を閉じ込める魔法だ」


 説明を聞いたアガットが、少しも楽しくなさそうに笑いました。


「……ハハハ、ハッ、人類を滅亡寸前に追い込んだ邪神が、つまらねー魔法で封印されちまったな……心は弱かったってわけか?」


 アガットはいら立ったように足元のガレキを蹴り壊しました。

 わたしはリリーが消えた方向を見たまま、となりに立っているスカーレットに聞きました。


「スカーレット……リリーは出てきますか……?」

「……精神に作用する封印魔法は、かかった人間の心が魔法の強さに関わってくる。……この魔法の場合は」


 わたしはにじむ視界でスカーレットをすがるように見ます。


「……もし、邪神の不安や恐怖が大きければ……――クロが生きている間にはもう会えない」

「――ッ!」

「クロ!!」


 わたしはスカーレットの制止を振り切ると、ギルバートのいる方向に向かって走ります。わたしに気付いたギルバートが、困った顔をして両手を上げます。


「レディ、僕に向かってきても無駄にケガをするだけ――」


 ……リリーが消えた場所の地面に、大きな鏡がありました。

 鏡の表面はまるで水のように波紋を広げています。あれがリリーを封印した魔法に間違いありません。


 わたしは心を決めると、そのまま鏡に飛び込みました。

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