30 決戦
「結局ミラとは合流できませんでしたね」
魔王城へ向かって飛びながら、元の姿のリリーがつぶやきます。
鳥系のモンスターが次々とリリーを襲ってきているのですが、モンスターたちの攻撃をかわしながら触手ではたき落としていくさまはシューティングゲームを思わせます。
「ミラは元気なんだよね?」
「はい。コーミットの街にまだいるようですが、魔王を見つけるのに手間取っているんでしょうか」
「……コミケ――じゃなくて、本のマーケットが楽しいんじゃないかな」
わたしは旅立つ直前のミラを思い出しながら答えると、「そうですね」とリリーが楽しそうに笑いました。
魔王城が見えてくるとリリーが真剣な表情になりますが、その瞳はどこか不安気です。
「……あの、クロ様。もしこの冒険が終わっても……――」
「うん?」
「――魔王城が近付いてきましたね、降りますので気を付けてください」
風の音にかき消されたリリーのか細い問い掛けを聞き返す間もなく、リリーが魔王城に降りていきます。
リリーが魔王城に近付くと、城から大砲やバリスタが撃ち込まれます。リリーはそれらを避けると、口を大きく開けました。
息を吸い込むようにエネルギーを集めると、口からレーザーとなって発射されます。
放たれたレーザーは途中でいくつも枝分かれすると、正確に城の兵器を貫いて破壊していきます。
リリーが城門の前に降り立つ頃には、兵器は全て破壊されていました。
城門はカンヌキを掛けられ、丸太を使って固定されていましたが、リリーは触手で丸ごとへし折りながらこじ開けました。
門が開くと、魔王城の兵士たちがリリーに立ち向かいます。
しかし健闘むなしく、リリーが触手を振るたびに何ダースもの兵士が吹っ飛び、さながらリリー無双という感じでした。
わたしはその光景をリリーの触手に包まれて見ていました。
わたしは最後までこんなんでいいんでしょうか……。
兵士たちをなぎ払いながら城を進んでいくと、大きな塔に差し掛かります。
先に進むには塔の中を通っていくしかないようです。
リリーはその巨体を狭い入口に押し込んでいきます。
やがて巨体が塔に収まると、格子状の門が降りてきて、わたしたちは塔に閉じ込められてしまいました。
「よお邪神」
塔の上から声がして、燃えるように真っ赤な髪を肩まで伸ばした男が窓から飛び降りてきました。
男は片膝をついて着地すると、前に流れた髪の毛をなでつけます。
「オレは魔王『双炎剣』のアガット。ちなみに次男だ」
「毎回自己紹介ご苦労様です」
アガットは背中に背負ったその二つ名の通りの双剣を抜くと、二度、三度と振ってから構えます。
「くたばれ邪神!!」
アガットの咆哮に呼応するかのように燃え上がった双剣が振り下ろされると、足元から上がった火柱が床石を破壊しながら迫り、リリーを飲み込みました。
わたしはとっさに放り投げられ、石の床に倒れます。
「リリー!!」
「――ハンッ、まさかこれで終わりってわけじゃないだろ?」
大きな火柱が消えると、全身真っ黒になったリリーが出てきます。
リリーが犬のように体を振ると、バラバラと黒い表面が剥がれ落ちました。
「チッ。ダメージなしかよ、やってらんねー」
「そうでもないですよ? 薄皮一枚はやれました」
「はいはい、そうかよ。――じゃあ、次はこっちだ」
炎の消えた双剣を再度構えると、アガットはものすごい速さでリリーの触手を切り刻み始めました。
わたしにはアガットの双剣の軌跡と、どんどん切り刻まれてなくなっていくリリーの触手だけが見えます。
触手は刻まれた端から生えてきますが、アガットの切り刻むスピードに追い付かずに、次第に追い込まれていきます。
「ウオオォオォオ!!」
「くっ……!!」
触手が全て切り飛ばされると、バランスを崩したリリーが地面に手を付き、その白い首をアガットの前に差し出しました。
「その首もらったあ!!」
地を蹴るアガットの双剣がリリーの首に迫るその瞬間、下から伸びた白い腕がアガットをつかみます。
リリーはそのままアガットを手の中に握り込みました。
「……ぐううっ!」
手中から逃れようとアガットが暴れますが抜け出せず、顔を真っ赤にしてうなります。
「――ああ。わたしがいつも触手で攻撃しているから、素手は弱いと思ってたんですか?」
リリーが手に力を込めると、メキメキと骨がきしむ音が聞こえました。
「ガアアッ!」
「このまま握りつぶしてあげましょうか? 負けを認めれば助けてあげますが」
「……わ、わかったオレの負け――とでも言うと思ったか?」
アガットが口の端をつり上げます。
「上を見ろ」
「――ん?」
リリーが上を見上げると、頭上にアガットの双剣が浮かんでいました。リリーが双剣を瞳に映したその刹那、双剣が断頭台の刃のように、リリーの首に振り下ろされ――――粉々に砕け散りました。
「なっ――!?」
「痛いじゃないですか」
リリーが触手で首をさすります。リリーの触手はすでに元に戻っていました。
「まだやりますか?」
アガットは地面に散らばった双剣の残骸を見ます。
「……いいや、ここまでだ。オレの負けだ」そう言うと、うなだれました。
その言葉を聞いたリリーはアガットをぱっと離して地面に落とすと、わたしを触手で猫の子のようにつまみ上げ、塔の出口をこじ開けて出ていきます。
「おまえ、どうやったら倒せるんだ……?」
地面にへたり込んだアガットが、リリーが塔を出る直前につぶやきます。
リリーはアガットをちらっと見ます。「さあ? でもあなたはなかなか強かったですよ、最後の一撃は危なかったです」
「――――まあ、首をはねたぐらいでは死にませんがね」
リリーが最後にぽつりとつぶやいた言葉は、わたしにしか聞こえていませんでした。
塔を出てさらに進むと、兵士に代わって今度はゴーレムたちがリリーを襲います。
ですが、リリーは触手も使わずその巨体でゴーレムたちをはねていきます。
ゴーレムたちは自動車の衝突実験用の人形みたいにはね飛ばされては、地面に落ちて粉々に砕けました。
ゴーレムたちの山ができる頃、リリーが深いため息をつきました。
「リリー。顔色も悪いし疲れてるよね、どこかで休もう?」
「敵地でそれは無理ですよ、進みましょう」
「う、うん……」
魔王城にいるのですから、当たり前なのかもしれませんが、リリーは何かあせっている気がします。
進むとやがて敵は出てこなくなり、城の噴水の前に来ると、ある看板が目に入りました。
『 ようこそ邪神様
歓迎します
こちらへお進みください 』
看板には大きく案内の矢印が書かれています。
この看板、紙を切って作られたクマや星で飾られていて、さながらお誕生日パーティーのようです。
威圧感のある魔王城でそのファンシーな看板は明らかに浮いていました。
「案内板があるとはずいぶん親切ですね、行きましょうか」
「いやいやいや、どう見てもワナですよ!?」
リリーはわたしの制止を聞かず、案内に従って城を進みます。
ファンシーな看板に案内された先は城の広場でした。
広場に出ると敵が襲ってくると思いましたが、広場はしんとしていて、誰も出てくるようすがありません。
辺りを見渡していると、リリーがある場所を指差しました。
指差す先を見ると、誰かが広場にうずくまっています。
うずくまっているのは九才ぐらいの少年でした。
シャツに半ズボンというラフな格好をした少年が、手にチョークを持って一生懸命に地面に何かを描いています。
ふと、少年が顔を上げてこちらを見て、顔を戻します。そしてすぐに顔を上げると、こちらを二度見します。
少年は立ち上がると、うろたえた様子で口を開きました。
「えっちょっ、もう来ちゃったの!?」