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27 雪山とは遭難するもの

 ミラを見送ったわたしたちは、住んでいる街から比較的近い目的地へ向かいます。

 もしも空を見上げる人がいたら、空を飛ぶタコの姿が見えたかもしれません。

 目的地に向かう途中で高い山を越えることになりました。

 山に近付いて寒くなってくると、リリーの触手に包まって山の上空を飛びます。

 最初は晴れていた天気がだんだん悪くなり、やがて吹雪になりました。

 視界が真っ白になってリリーの姿も見えなくなると、わたしの意識はそこで途切れました。




『クロ』


 懐かしい声が聞こえて目を覚まします。

 わたしは花畑にいて、川を挟んだ向こう岸にパパとママの姿が見えました。

 こちらを見て笑って手招きしています。


「パパ、ママ!」


 わたしがパパとママの所へ行こうと川に入ろうとしたその時。


 ――カンッ、カンッ。


 何か固い物をたたく音が後ろから聞こえました。

 後ろを見ると、花畑にぽつんと水槽が置いてあって、わたしの友達のタコさんがこちらを見ていました。

 タコさんは器用に貝がらを使って水槽の壁をたたいています。

 わたしはタコさんのいる水槽に駆け寄りました。


「パパ、ママ、見て! タコさんすごいんだよ!」


 振り向くと、パパとママの姿はありませんでした。


「……パパとママはどこに行ったんだろうね? リリー」


 わたしが首をかしげると、タコさんも首をかしげました。


「――あれ? わたし今、タコさんの名前言いました? まだ名前付けてないのに……」


 タコさんは触手で器用に腕を組むと、また首をかしげました。




 目が覚めると、洞窟の天井が見えました。

 魔法でできた小さな光源が、洞窟をほのかに照らしています。

 ……なんだか変な夢を見ていた気がしますが、起きたら忘れていました。

 横を見ると猫のように丸まったリリーが寝ていました。

 わたしはリリーの触手に体を包まれて寝ていたようです。

 体を起こすと、わたしに巻き付いていた触手が解けます。

 すぐに触手を巻き直し、リリーのほおをペチペチとたたくと、銀糸のような髪の間から宝石のように紅い瞳がのぞきました。


「クロ様……? どうしました」リリーが目をこすります。

「リリー、なんでわたし服着てないの!」

「吹雪のせいで服がぬれていたので脱がしましたが?」


 わたしは真っ赤になってリリーをにらみます。

 横になったままのリリーの紅い瞳が不思議そうにまばたきしました。


「じゃあなんで裸のままなの」

「体も冷え切っていたので温めていました」


 怒ったせいかちょっとクラっときて、座り直します。


「……リリーは、裸を見られても平気なの」

「わたしはいつも裸ですので」

「元の姿のリリーはそうだけど……」

「人間が裸を恥ずかしがるのは知っていますが、女の子同士ですし、それに婦婦ですよ」

「むう……」婦婦じゃないです。

「お風呂もいっしょに入っているのに、何が恥ずかしいんですか?」


 なんだか頭がぼーっとしてきたわたしは寝そべります。


「そういう時とは違うと言うか……」

「違うんですか?」

「……リリーはわたしの裸を見てもなんとも思わないんですか……?」


 わたしはお風呂以外で裸を見られるのは恥ずかしいんですが……。

 どうせわたしはつるぺたなので、リリーにはミラをお風呂に入れるのと変わらないんですね。

 わたしがふてくされていると、リリーが小刻みに震え出しました。


「えっあっ、その、今の、ど、どういう意味ですか……!?」


 なぜかリリーがものすごく動揺しています。

 ……アレ。わたしさっきなんて言いましたっけ……?

 ぼーっと考えていたら、リリーの触手が赤くなったり青くなったりした後、きれいなピンク色になりました。

 リリーの触手は普段は赤紫色で、興奮すると赤く、不安になると青くなるのですが、ピンク色になるのを見たのは初めてです。

 これはどういう気持ちなんでしょうか?


「ク、クロ様……!」


 リリーに引き寄せられて、震える腕の中に抱えられます。


「リリー」

「は、はい!?」

「頭痛い……」


 頭がガンガンしてきて、リリーの胸に顔を埋めます。


「…………あ、ああ。この山は高いですからね、もっと休んでいてください」


 ほっとしたようなリリーの声がします。

 リリーの触手がぐるぐると巻き直されて温かくなります。


「具合が悪かったから、らしからぬことを言ってしまったんですね、そうですよね、そう……はあ」


 リリーは何か自分を納得させるようにつぶやきました。




 吹雪がやんでわたしも元気になると洞窟を出ます。

 太陽の暖かい光が気持ちよく、青空がまぶしいです。


「よく寝たからすごいすっきりした気分です」

「そうですか……わたしはもんもんとして全然眠れませんでした」


 目の下に濃いクマができたリリーがふらふらと洞窟から出てきました。


「大丈夫? もっと休む?」

「行きましょう。これ以上いると身が持ちません」



 飛んで山を越えたら、徒歩で目的の街を目指します。

 しかし、山を下りてすぐの街道に関所が建っていました。

 荷物から地図を取り出して場所を確認します。


「ここに関所があるって書いてないよね?」

「最近できたようですね。――念のため、こっちの姿でいましょう」


 そう言うと、リリーが大人の姿になります。

 前回の黒いローブ姿ではなく、一般的な冒険者の格好です。

 関所の前に来ると、厚い防寒着の上にチェインメイルを着た二人の兵士に呼び止められます。

 兜で顔はよくわかりませんが、男性と女性のようです。


「身分証を」


 男性の兵士がギルドカードを確認します。


「あなたたち、あっちの方向から来たけど、まさかあの山を越えたの?」


 女性の兵士が荷物を確認しながら聞きます。


「は、はい」

「冒険者ってすごいのね」


「……君たちは年が離れてるが、親子ではないのか?」


 男性兵士がギルドカードを返すと、関所の門を開けようとします。



「ええ、クロ様はわたしの奥さんです」



 ガシャーン。



 開きかけた関所の門が閉まりました。


「リ、リリー!?」

「どうしたんですか?」


 事態がよくわかってないリリーが不思議そうにします。

 その姿の時に言ったらダメだって言ったのに……!


「人さらいかとも思ったが……変態か」

「変態?」

「そうだろう! 年の離れた未成年を連れ回して……この犯罪者め!」


 兵士が腰の剣の柄を握ると、場に緊張が走ります。


「リリー!」

「だめよ!」女性兵士がわたしをかばいます。


「……ハッ! 待ってください、わたしとクロ様は結婚を約束した恋人同士なんです!」


 リリーはようやく事態を把握したようですが、その言い訳にこの場をどうにかする説得力があるとは思えません。


「そうなの?」女性兵士がわたしを見ます。

「ええまあ……」ほとんど強制でしたが……。


「スケーリー、やめろ」男性兵士は同僚をたしなめます。「いっしょに来てもらおうか、別々に話を聞かせてもらう」

「なんでクロ様と別々に?」

「君がこの少女を脅して従わせている可能性があるからな」

「わたしとクロ様は清い関係です! 本当ですよ!」

「犯罪者はみんなそう言うんだ」


 男性兵士がリリーを連行しようと腕を取ります。


「手を握ったことしかないんですよ!」リリーが叫びます。

「……本当か? 体を触ったりしていないのか?」



「…………ゆうべは一晩中抱いていましたが」

「スケーリー! こいつを縛る縄を!!」



「あっちょっ待って違うんです!!」

「リリーはなんで自分から墓穴を掘ったんですか!?」

「ぐううっ! すみませんクロ様、寝不足で判断力が……!」


 スケーリーと呼ばれた女性兵士が、関所の詰め所から縄を持って戻ってきます。


「カーク、持って来たわ!」

「よし。おとなしくお縄についてもらおうか!」

「待ってください! さっきのは言葉のあやで、凍死しそうなクロ様を助けるために仕方なく……」

「確かに昨日はひどい吹雪だったが……」

「そうなの?」女性兵士がわたしを見ます。

「ええ、まあ……」


 カークと呼ばれた男性兵士は、それでもリリーを疑う態度を崩しません。


「本当に仕方なくだったのか? 必要以上に触ろうとしなかったか?」

「いいえ、してません!」リリーはキッパリと答えます。



「ちょっと全身でクロ様を感じただけです!!」

「馬脚をあらわしたな変態め!!」



 縄を持ったカークが、リリーを縄で縛り上げます。


「ちょっ、なんでですか!?」


「もう大丈夫よ……、あっちに行きましょうね」


 スケーリーはわたしの肩をやさしく抱くと、詰め所へ連れていきます。


「待ってください! 本当に何もしてないんです! ギリギリ!」

「信じられるか! 神妙にお縄につけ、この変態め!」

「変態じゃありません! 本当です! クロ様たすけてー!」

「リリー!」

「あの変態と目を合わせたらダメよ!」



 そうしてその日。

 わたしは関所の詰め所、リリーは関所の牢屋で一晩を過ごすことになりました。

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