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25 アンデッド・ナイト 後編

 クロとミラがカーミラに遭遇していた頃、夕暮れに染まる墓地を歩く金髪の少女の姿があった。


「そこのお嬢ちゃん。もう日も暮れる、早く帰った方がいいぞ」


 白のローブ姿で墓地に立つ賢者の姿は、白い幻かあるいは幽霊のように見える。

 少女は手に持っていたバスケットを掲げると、笑顔を見せる。


「おばあちゃんにごあいさつしたら、帰ります」

「墓地は昨日から閉鎖されておる。おまえさん、どこから入ってきた」

「秘密の入口があるんです」


 少女は笑顔を崩さない。


「墓地一帯には人避けの魔法もかかっておるのじゃがな?」


 賢者が片眉を上げて少女を見る。


「そうなんですか? 何も感じませんでしたよ、おじいさん」


 ゆっくりと、どこか挑発するような声音で少女が答えると、賢者は周囲の空気がひりつくような感覚を覚える。


「――まどろっこしいですね」


 少女の背後からリリーが現れると、右手の手刀が胸を貫いた。

 が、少女から血は出ない。


「うっ……ウオオォォ!?」


 少女はその可憐な容姿からは想像も付かない雄たけびを上げると、貫かれたままリリーに持ち上げられる。


「賢者殿、『千里眼』で正体が見えているのに何を遊んでいるのですか」

「なに、少し話をすれば相手の目的も見えてくると思ったんじゃ」


 賢者は困ったようにほおをかくと、まだ何かを叫んでいる少女を見る。


「血が出てませんね、それにピンピンしてる。アンデッド族ですか?」


 貫かれたままの少女を見上げたリリーが賢者に聞く。


「ノーライフキング。アンデッドの上位種族じゃ」

「なら、墓荒らしの犯人は彼女で間違いないですね」


「ちょっと! 私を無視しておしゃべりしないでよ!」


 貫かれたまま喚く少女がリリーをにらみつけると、何かに気付く。


「――ん? 銀髪に赤い瞳……あんたが邪神!?」

「わたしのことを知っているということは……」

「そうよ! 私は魔王・三女『不死の王』アリス、あんたを殺りに来たのよ!」

「そうですか、それなら殺られる前に殺るとしますか――『浄化』」


 リリーが呪文を唱えると、アリスの体がまばゆい光に包まれる。


「イ……イデデデッ!」


 アリスは痛がるが、効いているわけではないようだ。


「わたしの浄化魔法では上級アンデッドは無理ですか……」


「……あんたたち! こいつを殺って! 全員で!!」


 アリスが号令をかけると、周囲の墓から次々と湧いてきたゾンビがリリーに殺到する。

 ゾンビになったカラスが空から大量に押し寄せてくると、アリスをリリーから引き離し、離れた場所に降ろす。


「すでに墓地中の死者を支配化に置いておったか……」

「あんたは何もしないの?」


 アリスの貫かれた胸は、肉がうごめくとすぐに元に戻ってしまう。

 賢者はやれやれ、とため息をつく。


「あやつに助けが必要と思うか?」


 リリーは大量のゾンビに群がられて、小山のようになっていた。

 しかし、リリーにまとわりついたゾンビが頭にかじりつこうとしても歯は皮膚を通さず、むしろゾンビの歯が欠けてしまう。

 ゾンビたちがかじりついている間に、リリーは触手でゾンビたちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、を繰り返している。


「はあ……この後の死体の修復を考えると気がめいるわい」賢者は頭を抱えた。


 アリスは歯ぎしりをすると、ゾンビたちに叫ぶ。


「もういい! あんたたちはこのジジイを殺って! 邪神は私が殺る!」


 ゾンビたちは頭をぐるりと回して向きを変えると、賢者に押し寄せてくる。


「やっとわしの出番か」


 賢者はつえを構えると、つえを地面に突き立てた。


「じゃが、すぐ終わりじゃ」


 つえを中心に魔法で描かれた複雑な魔法陣が広がり、賢者の周囲から墓地全体へ広がる。

 魔法陣の展開が終わると、ゾンビたちは動きを完全に止めてしまう。


「事前に準備しておいて助かったのう。リリーよ、この魔法陣を展開している間はわしは動けん、後は頼むぞ」

「わかりました」


「だったら先に、あのジジイから殺し……」


「――殺らせると思いますか?」


 リリーの手刀がまたもアリスの胸を貫く。


「ガハッ! あんた二度も同じ所をやったわね!?」

「えいっ」

「ダッ!?」


 リリーの触手がアリスの頭にたたき落とされると、アリスの足から首までが地面に突き刺さる。


「このまま土葬といきましょうか?」

「くっ……!」

「葬ってあげてもいいですが、この墓地の死者たちを墓に戻してもらいましょうか、そうすれば命は助けてもいいですよ」

「ハン! 不死の王が命ほしさに敵の言うことを聞くもんですか!」


 アリスは大きく息を吸い込むと、周囲に響きわたる声で大きく叫んだ。


「――あんたたち!! とにかく人間どもを全員ブチ殺して!!――」

「墓地のゾンビたちは賢者殿が――」

「私は教会の周りに待機させてたゾンビたちに命令したのよ?」


 アリスが口角を上げると、リリーの顔色が変わる。


「当初はゾンビたちに街を襲わせてあんたをあぶり出す計画だったのに、こうなっちゃたから、腹いせに街の人間どもには死んでもらうわ!」

「賢者殿」

「……むう、確かに教会にアンデッドの気配が多数出ておる」

「そうですか」

「ホラ、はやく教会に行ったらどう? ゾンビたちはすぐ街へ向かうわよ?」

「……いいえ、大丈夫です。外のは娘たちがやってくれるでしょう」

「ハア?」


 つえを構えたままの賢者が笑い出した。


「――ほうっ、これはこれは。どうやらおまえさんの部下たちはやられておるようだぞ。気配でわからぬか?」


 言われて、気配を探ったアリスの顔色がみるみる悪くなる。


「……教会にはゾンビ以外に私の精鋭たちがいたのに……!?」

「さて。ミラたちが外の掃除を済ませている間に、わたしはあなたが従順になるようにしつけをすることにしましょうか」


 リリーは血のように真っ赤な瞳を三日月の形にゆがめると、触手をうごめかした。




 気絶したカーミラを縄で縛って部屋に転がした後、わたしとミラが教会を出ると周囲からゾンビやスケルトンがどんどん出てきました。

 わたしは思わずミラの小さな背中に隠れます。

 アンデッドたちはこちらに気が付くと、一斉に向かってきました。


「ママは後ろに隠れてて!」


 わたしを背中にかばいながら、ミラが迫ってくるゾンビを蹴散らします。


「このゾンビたち、墓地から湧いてきてるのでしょうか……?」


 墓地にはリリーと賢者様がいます。何かあったのでしょうか。


「このゾンビたちは墓地からじゃないです。墓地は賢者のおじいちゃんが封じているみたいです」


 ゾンビにヘッドロックをかけて落としながらミラが墓地の方向を見ます。


「じゃあここのゾンビたちは」

「――魔王が喚び出した手下たちだ」


 赤い炎が空を裂くようにほとばしり、ゾンビたちを焼き尽くします。

 声の主は右手にガントレットをした赤い髪の少女で、なぜか顔をお面で隠しています。


「だれ?」


 ミラがスケルトンをバラバラにしながら首をかしげる。


「ただの通りすがりだ」

「スカーレット!」


 わたしが大声で名前を言うと、明らかに動揺します。


「ち、違う! ボクは……」

「ママの友達でしたか」


 スカーレットがゾンビの頭を足場にして跳ぶと、ミラのとなりに立ちます。


「スカーレットさん、墓場は母様たちがなんとかしてくれるので、私たちはこっちをお掃除しましょう」


 スカーレットはミラを見ると、わたしのほうを見ます。


「クロ、おまえいつの間に子供できたんだ?」

「へっ!? そ、それはですねっ」


 わたしがわたわたしていると、スカーレットはつかみかかってきたゾンビに蹴りを入れます。


「その話はまた今度な。……クロ、すまない」

「どうしたんですか? スカーレット」


 スカーレットの突然の謝罪にとまどいます。


「上の兄弟たちにボクが邪神の居場所を知っているのがバレた」


 スカーレットが拳から放った炎がスケルトンたちを消し飛ばします。


「最初ははぐらかしてたんだが、どうもボクはウソが下手らしい」スカーレットはため息をつきます。

「気にしないで、リリーもそう言うと思うよ」


 ミラとスカーレットで周りのアンデッドたちを倒していくと、ミラが声を上げます。


「ママ、スカーレットさん、墓場のほうは終わったみたいです」

「……結界を解いたみたいだな」


 わたしも墓地の方向を見ていますが、全くわかりません。


「おまえたちは墓地へ行ってくれ、ボクはこれ以上近付くと姉に気付かれる。残りのザコはボクが倒しておく」

「わかりました。ママ、行きましょう」

「う、うん。スカーレット、またね」

「またな」


 お互いに手を振って別れました。



 ミラと墓地に着くと、そこには不思議な光景ができていました。

 墓地の一角で整然と並んで列を作るゾンビたち。

 そして、リリーと賢者様に見張られながらゾンビたちの治療をしている金髪の少女の姿がありました。


「アリス、早くしないと夜が明けますよ!」リリーが手をたたきます。

「ギイィッ……!」


 アリスと呼ばれた少女は血の涙を流しながらゾンビたちの腕をくっつけます。


「リリー!」


 わたしが呼ぶと、リリーが一瞬で来てわたしとミラを抱きしめます。


「はあ……妻子との触れ合いプライスレスです……」リリーがうっとりします。

「イチャついてんじゃないわよこのクソ邪神……!」


 それを見ていたアリスがボソッとつぶやきました。


「おや、教育的指導が必要ですか?」


 リリーが全く目が笑ってない笑顔を見せると、触手を鞭のようにしならせます。


「ひいい!」


 アリスは涙目になると、ゾンビたちを急いで治療し始めました。



 ゾンビになっていた死者たちの治療が終わって元通りの安らかな眠りにつくと、墓地に夜の静けさが戻ってきます。

 アリスはゾンビたちを墓に戻すと一目散に逃げていきました。


「やれやれ……。人助けとはいえ、老骨に鞭を打ってしまったわい」


 賢者様が伸びをすると、腰をとんとんとたたきます。


「人助け? あのご婦人にいいところを見せたかっただけですよね?」


 リリーが賢者様を見てにやりと笑います。


「あのご婦人って……墓地で会ったシスターですか?」


 わたしの脳裏に、今日墓地で会った年配のシスターの姿が浮かびます。

 賢者様はわたしたちに背を向けると、激しくせき込みます。


「ごほんげほんっ! ――お、おまえさんたちには世話になったな、今後困ったことがあったらわしになんでも相談するといい!」


 辺りはすっかり暗くなってるのに、背中を向けた賢者様の真っ赤な耳が、月光に照らされたようにはっきりと見えました。

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