24 アンデッド・ナイト 前編
窓をコツコツとたたく音がして見ると、家の窓辺に白いハトが止まっていました。
「賢者殿の使い魔ですね」
窓を開け、白いハトの足にくくり付けられた手紙を受け取ると、白いハトは飛んでいきました。
「なんて書いてあるの?」
「頼みたい事があるので、教会まで来てほしいそうです」
街の中心にある教会に着くと、教会に来るのは初めてのミラが走っていってしまいます。
「ミ、ミラ、走ったらダメですよ!」
リリーには先に賢者様の所へ行ってもらって、わたしはミラを探します。
探すとすぐにミラは見つかりましたが、メガネをかけた若いシスターに注意されていました。
「す、すみません、うちの子が……」
そばに行ってわたしも謝ると、シスターが笑顔を見せます。
「次からは注意してくださいね」
「はい。ミラ、リリーが待ってるから行こう」
「うん、お姉ちゃんバイバイ」
わたしたちが去ると、シスターはぽつりとつぶやきました。
「尊い……」
賢者様は教会のいつもの定位置にいました。
わたしたちが来ると、リリーと話をしていた賢者様がこちらに気付きます。
「ほう。話は今リリーから聞いておったが、本当におまえさんたちの娘なんじゃな」
ミラを見た賢者様があごひげをなでます。『千里眼』のスキルでミラを見たようです。
「一応言っておくが、わしは子育ての相談は門外漢じゃぞ?」
「ミラはいい子なのでその心配はないです」
となりに座ったミラの頭をなでると、今では五才児ぐらいの見た目になったミラが胸を張ります。
「それで賢者殿、頼みたい事とは」
「うむ……説明をするから墓地に来てもらえんか」
賢者様がつえを取って立ち上がります。
教会を出て墓地の入口まで来ると、年配のシスターが待っていました。
「賢者様、こちらが?」シスターがわたしたちを見ます。
「うむ、話をしたわしの友人じゃ」
シスターが鍵を使って墓地の扉を開くと、いっしょに中に入ります。
前を歩く賢者様がある墓の前で立ち止まります。墓にはぽっかりと穴が空いていました。
リリーが穴をのぞきこみます。
「これは……中からはい出したように見えますね」
「そうじゃ。死体がいなくなったのじゃ」
「この教会はアンデッド対策は?」
リリーがシスターの方を見て聞くと、シスターは険しい表情になりました。
「もちろんしています!」
「うむ。それにその墓は埋葬されてずいぶんたっておる」
「なら人為的なもので間違いないですね。ギルドに依頼は出したのですか?」
シスターが気まずそうに目を伏せます。
「……野蛮な冒険者を入れて、墓地を荒らされたら困りますので」
「――と言うのは建前で、ここの神父が『歴史ある教会でアンデッドが湧いたと知られると外聞が悪い』だとかで冒険者ギルドに依頼を出すのを渋ったらしい」
シスターは賢者様を不服そうに見ましたが、言葉を継ぎます。
「……ですが、このままにするわけにもいきませんので、賢者様にご相談したところ『友人なら速やかに解決してくれるじゃろう』と言われました」
シスターがリリーを見ると、リリーは賢者様を見て、ため息をつきます。
「頼み事は墓荒らしの退治ですか」
「そうじゃ」
「街の中心部にある教会の墓場を荒らす相手となると、かなり厄介かもしれませんよ」
「うむ。今回ばかりはわしも手伝うから、よろしく頼む」
「あなたが出るほどのことですか……。わかりました、茶飲み友達の頼みを断るわけにはいきません」
リリーがわたしを見ると、肩に手を置きます。
「わたしはこれから墓地を張り込まないといけないので、クロ様はミラと家に戻っていてください」
「うん、わかった」
「はーい」
リリーがわたしとミラを抱き締めると、盛大にため息をつきます。
「ううっ、妻子と離れてジジイと、下手したら何日も張り込むなんて嫌ですよお……家に帰りたいです……」
「が、がんばってねリリー……」
さすがにかわいそうになってリリーの背中をなでると、触手が動いたのか、リリーのスカートがふわふわと揺れました。
墓地を出ると、さっき会ったメガネの若いシスターに呼び止められます。
「あの、賢者様のご友人の方ですよね?」
「あ、はい」
「墓地に張り込むことになるかもしれないと聞いたので、私たちシスターが使っていた部屋を一つ空けましたので、どうぞお使いになってください」
教会に泊まって交代で見張ればリリーも楽かもしれません。
「ママ、私母様に言ってくるね!」
ミラがまた走り出そうとすると、慌てたシスターが見た目より素早い動きでミラの前に立ちふさがります。
「他の方には後で私が伝えておきますので……」
「大丈夫だよ!」
バスケ選手みたいな動きでミラがシスターの手をかわすと、墓地へ戻っていきました。
シスターはミラの背中を見送ると、ため息をつきます。
「では先にお部屋に案内しますので付いてきてください」
シスターに案内されて教会の中を通ると、階段をいくつも上がっていきます。
鍵を開けて入った先の階は、人が住んでいる気配がしませんでした。
「あの、ここにシスターは住んでるんですか……?」
「いいえ、今は住んでません」
シスターは廊下を進んで奥の扉の前に来ると、鍵が掛けられた扉を開きます。
「どうぞ、お部屋はこちらです」
シスターがほほ笑みます。
しかし、わたしは後ろに一歩下がります。
「どうしました?」
「その部屋……独房ですよね?」
部屋の中は見ていませんが、のぞき窓の付いた重々しいドアは、そうとしか思えません。
「昔、シスターの反省房として使っていたそうです。でも今は使われてませんので、ご安心ください」
わたしはまた一歩下がります。
「休める気がしないのですが」
「住めば都ですよ、どうぞ」
シスターは笑顔を見せますが、その顔に血の通った暖かさは感じられません。
本当は今すぐ走り出したいのですが、足がすくんで動きません。
「シスターは」
「はい?」
「……生きてますよね?」
恐る恐る聞きます。
「はい。……私は」
後ろに下がろうとしたわたしの背中に、何かがぶつかります。
振り向こうとしたわたしの肩に、ひたりと、氷のように冷たい手が置かれます。
その手は干からびていて、青白い色をしていました。
「あわわ……」
わたしはギギギと音を立てて前を向きます。
「はーい、彼に頭からかじられたくなかったら、おとなしく独房に入りましょうねー♪」
さっきまでと別人のような口調になったシスターが、こちらに手招きします。
わたしは後ろを絶対に見ないようにしながら独房の中に入り、シスターは扉を閉めるとどこかに行ってしまいました。
……また捕まってしまいました。最近こんなことばっかりです。
「……ぐすっ」
「ママ、泣かないで」
ミラがハンカチでわたしの涙を拭きます。
「ありがとうミラ……ミラ!?」
思わず二度見します。いつの間にかミラがわたしのとなりに立っていました。
独房の扉は閉まっています。
「どうやってここに?」
「母様とママの子供ですから」ミラがドヤ顔をします。
答えになってませんが、わたしはともかく、リリーがチートですからね……。
「わたしの居場所がわかったのは?」
「ママ、母様のブレスレットしてるでしょ? その気配で見つけたの」
ミラと話していると廊下を歩く足音がして、思わず黙ります。
足音はわたしたちがいる扉の前まで来ると止まりました。
「――クロ様、そこにいますか?」
「リリー?」
「ママ、ちょっと待ってください」
立ち上がろうとすると、ミラに止められます。
「ミラもそこにいるんですか?」
リリーらしき声の人物がノブを回す音がしますが、閉まっているのに気付くと、鍵を取り出す音がしました。
「待ってください! 本当に母様ですか?」
「……そうですが?」
鍵の音が止んで、扉の向こうの声が不思議そうにします。
「本物の母様だと言うなら、ママの好きなところを答えてください!」
「えっ!? 待ってミラ、それはわたしもはずかしい――」
「ママは黙ってて!」
扉の向こうの声もあせります。
「今はそんなことをしてる場合じゃあ――」
「はやく答えてください!」
ミラが急かすと、扉の向こうの声が意を決したように答えます。
「そ、それじゃあ……――つるぺた」
「不正解です!!!!」
カッ!! と、ミラが全身に銀色のオーラをまとうと、鉄製の扉を殴ります。
小さな拳で殴ったとは思えないほど扉が大きくひしゃげてふっ飛ぶと、扉の向こうのだれかを巻き込んで壁にぶつかります。
扉と壁の間に挟まれただれかは、最初はリリーの姿をしていましたが、変身が解けると、さっきわたしを閉じ込めたメガネの若いシスターでした。
わたしはシスターに駆け寄ると、その頭をポカポカと殴ります。
「わたしはつるぺたじゃないです! これから成長期なんです!!」
「つるぺたは至宝よ!! 成長する必要なんてないわ!!」シスターがほえます。
「母様は胸の大きさにこだわるような器の小さい人じゃないです!!」
ミラも駆け寄ると、シスターの頭をげしげしと踏んづけます。
「あなたが墓地を荒らした犯人ですか?」
おとなしくなったシスターに聞くと、フンと鼻を鳴らしました。
「私はただの手伝い。もうすぐ私のお姉様が動くわ、そうなればこの街は終わりよ」
シスターがちらりとミラを見ます。
「だからその前に、あなたを連れていこうと思ったんだけどね」
「……私を? なんで」
「貴重な銀髪ロリを保護するためよっ!」
カッ! とシスターが目を見開きます。
「…………」
「変態でしたか」
ミラが拳を握ります。
「変態じゃないわっ! 私は魔王、四女カーミラ! 人は私をこう呼ぶわ……『よく訓練された変態淑女』と!」
「やっぱり変態じゃないですか!!」
「あひんっ!」
ミラの拳がカーミラのほおにめり込むと、カーミラはなぜか親指を立てたまま気絶してしまいました。