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23 新居

 ラバーズの街に着いて馬車を降りると、リリーが迎えに来ました。


「クロ様、ミラ、会いたかったです!」


 リリーがわたしとミラを抱き締めます。メキメキという音がしてますが、わたしの骨は大丈夫でしょうか。

 一日会ってないだけなのにリリーは大げさです……。

 なんとなく抱き締め返すと「これはもう結婚では……?」とリリーが言ったのでやめました。


「クロ様ったら照れなくてもいいのに」

「照れてないです」


 合流した後は、元幽霊屋敷のお化け屋敷レストランに行きます。

 VIP向けだと言う個室に案内されて食事を待つ間、ここに向かう途中で遭遇した魔王の話をしました。


「ガーゴイル? 街に戻るときによくしゃべる大きな鳥がぶつかってきた気がしますが、それですかね?」


 怖い人でしたが、なんだか不憫です……。


「もうっ、母様がちゃんと倒しておかないからママが泣いちゃったんだからね!」

「すみませんミラ。クロ様、おでこは大丈夫ですか? ……今なめて治しますね」


 キラーンと目を光らせたリリーが、わたしの顔を両手で挟みます。


「ミラに治してもらったからいいです!」

「念のためです! ほら、クロ様も以前なめたら治るって言ってましたよ!」

「あれはものの例えです!」


 リリーの顔が近付いてきて、本格的にあせります。


「ダ、ダメです! ミラも見てますよ!」


 ミラを指すと、当のミラは真っ赤になった顔を両手で覆っています。


「ミラは何も見てません」


 指の間からしっかり見てますが……。


 迫るリリーから必死の抵抗をしていると、扉が開いて、食事を載せたワゴンを引いたリザさんとジョンさんが入って来ました。


『アラ。わたしたち外しましょうか?』


 リザさんがほほえましいものを見る目をします。


「……いえ、いいです……」


 リリーはさすがにはずかしかったらしく、席に戻ります。

 わたしもはずかしいです……。


 ジョンさん夫妻と挨拶を交わすと、ミラの話で盛り上がります。


『ミラはリリーさんによく似てるね』

『目元なんかはクロさんに似てるわね』


 自分ではよくわかりませんが、そうなんでしょうか? ちょっとうれしいです。


「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。わたしとクロ様の愛の結晶ですから」

「……そ、そういえば、リリーはミラが強いのを知ってたんですか」


 はずかしさをごまかすために話題を変えます。


「もちろんです。ミラが付いているので別行動ができたんです」

「えっへん!」ミラが胸を張ります。

「ううっ、子供のミラに守ってもらうのはなんだか情けないです……」


 テーブルに顔を伏せると、ミラに頭をなでられました。




 レストランを出ると、リリーに連れられて住宅地に向かいます。


「ここが新居です!」


 案内されたのは、庭付き一戸建ての家でした。日本人の感覚だとかなり大きい家です。


「すごい……」

「母様、家に入っていいの?」

「ええ、昨日レストランの幽霊たちと掃除をしたので、今日から住めますよ」

「わーい!」


 ミラがさっそく家に走っていくので、わたしも追いかけます。


「あっでも庭にはまだ入らないでください! 特にクロ様は」

「うん? わかった」


 わたしが入っちゃいけないってどういうことでしょうか……?


 ミラと二人で家の中を見て回ります。家具も全て揃っていて、どの部屋もきれいです。三人それぞれの部屋もあります。


「家具はほとんどこの家に元からあったものですが、ベッドは買い換えたんですよ。ささ、寝室も見てください」


 寝室に入ると、キングサイズのベッドが部屋の真ん中にどーんとありました。


「親子三人で寝れるように大きいベッドを用意しました」


 その日の夜、いつものようにリリーとミラがだれがわたしのとなりで寝るかケンカになった後、わたしを真ん中にして寝ることになりました。

 結局朝になると、わたしとミラはリリーの触手に巻かれた状態で目が覚めるので、なぜ毎回寝る場所でモメるのかわたしにはわかりません。


「そういえば、商業ギルドで面白い話を聞いたんですよ」リリーがこちらを向きます。

「どんな話ですか?」

「ある新婚が新居に越してきた日、園芸が趣味の夫が市場で球根を買ってきたそうです」

「なんの球根?」ミラが聞きます。

「その球根を売っていた男は、とても珍しくて美しい花が咲くとだけ答えたそうです」

「イヤな予感しかしませんが、どうなったんですか?」

「夫は熱心に球根を育て、球根はきれいな花を咲かせたそうです。ですが……」


 わくわくした顔のミラがわたしの腕を抱き締めます。


「ある日、家の庭で夫が何者かに襲われて倒れ、花はいずこかに消え……。その後、家は売りに出されますが買い手がないまま残ったそうです。おわり」


「エー、おわりー?」ミラがつまらなさそうに足をバタバタさせます。

「現実は小説ほど劇的ではないんですよ」ふふ、とリリーが笑います。


 わたしが右手を挙げると、リリーが発言を促します。


「リリー、その夫を襲った犯人は見つかったんですか」

「いいえ、まだだそうです」

「リリー、この家、家具とか見ると新しいし、ほとんど使われてませんね」

「そうですね」

「リリー、その家を買いましたね」

「はい」


 わたしは起き上がると、リリーの肩をつかみます。


「なんでまた事故物件を買うんですかー!? わたしが怖いの苦手なの知ってますよね!?」

「今回はだれも死んでませんし、アンデッドもいませんでしたよ」

「そういう問題じゃないんです!」

「ママ、落ち着いて! 母様と私でモンスターは退治するから!」

「モンスター?」


 ミラを見ると、こくんとうなずきます。


「うん。この家のどこかにモンスターの気配がするよ」

「家のいわくを聞く限り、植物系のモンスターの仕業の可能性があります」


 そっとわたしの手を外すと、リリーが胸に手を当てます。


「モンスターは多分まだ見ていない庭のあたりにいるでしょう。明日退去してもらうので安心してください」

「……わかった」


 アンデッドじゃないなら、いくらか気が楽です。リリーがなんとかすると言ってますし、おとなしく待つことにします。


「寝るのが怖いんでしたら、わたしにしがみ付いてもかまいませんよ?」

「いいです」

「ママ、ミラこわーい」


 まったく怖くなさそうなミラが腕にしがみ付いてくると、「その手がありましたか!」と言って、リリーもしがみ付いてきます。


「魔王を片手でひねりつぶす親子が何が怖いんですか」

「クロ様が愛し過ぎて怖いです」

「母様とママが怒ると怖いです」


 ほおが赤くなっているのをごまかしたかったですが、両腕を押さえられていてできませんでした。



 朝になって、朝食を食べたリリーとミラがモンスターを捜しに庭に向かいます。

 モンスターの気配はするものの、はっきり場所がわからないらしく、捜査は難航しているようです。

 そんな二人の様子を窓から見ていたわたしは、手持ちぶさたになったので、自分の部屋に戻って荷物の荷ほどきをすることにします。

 部屋に入ると、窓辺にきれいな花の鉢が置いてありました。

 ……昨日こんな鉢置いてありましたっけ?

 花に顔を近付けてみると、いい香りがします。


『フフフ、捕まえたですの♪』


 ふしぎな声が聞こえたのと、意識を失ったのはほぼ同時でした。



 土の匂いで目が覚めると、地面に寝ていたようです。起き上がって周りを見ると、温室のようでした。

 ここは確か庭にある温室だったはず。なぜこんなところに?


「フフフ、目が覚めました?」


 声がした方を見ると、さっき窓辺にあった鉢でした。

 花の下の土が盛り上がり、鉢から緑色の頭が、次いで葉っぱでできたドレス、ツタのような足と、鉢から膨れ上がるように出てきました。


「はじめまして。私はアルラウネ、ひさしぶりに人間に会えてうれしいですの」


 頭に花が付いた女の子がほほえみます。


「はじめまして、――さよなら!」


 わたしは温室の扉に向かってダッシュします。

 が、地面から伸びたツタが足に巻き付き、地面に倒れます。


「なんで逃げるんですの!?」

「身の危険を感じましたので」

「察しがいいですの。庭に迷い込む鳥やネズミではおなかが満たされなくて困ってましたの、おとなしくエサになってくださいまし」

「エサなら他の物をあげますから、食べるのはやめてもらいませんか」

「ここにきて表情一つ乱さない胆力は認めますが、昨日から他のモンスターがこの家を徘徊してますの、早くエサを食べて成長してここを離れないと、殺されてしまいますの」


 他のモンスターってリリー?


「それもなんとかしますので助けてください」

「ダメですの」


 ツタにズルズルと引きずられて、アルラウネの前まで連れて来られると、アルラウネが馬乗りになります。


「ではいただきますなの」


 アルラウネの両手がわたしのほおをつかみ、上向かせます。


「な、何をするんですか」

「口から生気をいただきますですの」

「それって……キスですか?」

「人間的に言えばそうですの」


 わたしはアルラウネの両手をつかんで必死に抵抗しようとしますが、両手に巻き付いたツタで地面に固定されてしまい、身動きが取れなくなります。

 アルラウネの両手が再度わたしのほおに添えられ、顔が近付いてきます。

 こ、このままだと……!


「や、やめてください!」

「やめてと言われてやめるモンスターはいないですの」

「このままだと世界が終わってしまうんです!」

「かわいそうに、恐怖で錯乱してるですの、早く止めを刺してあげるですの」

「こ、こんなところリリーに見られたら……」


 その時、視界の端に見知った銀色が見えた気がして、温室の入口を見ると……。


 ガラス一面に張り付いてうごめく八つの赤黒い触手と、こちらを見る血走った目玉が四つ……リリーとミラでした。


「お、終わりです……この世の終わりですぅ……」

「えっ、何泣いてるのコワイ」

「い、入口……」

「はあ? 入口に何……が……」


 アレを目にしたアルラウネが聞いただけで死んでしまいそうな悲鳴を上げて地面に潜るのと、リリーとミラが温室の扉を破壊しながら入ってくるのは同時でした。


「クロ様大丈夫ですか!? 何もされてませんか!?」

「あううっ……」

「かわいそうにこんなに震えて……安心してください、今アイツの根という根をこの地上から全部引きずり出して根絶やしにシテアゲマスカラネ」


 怖いのは世界中の植物を根絶やしにしそうなリリーです……!

 わたしがリリーに抱き締められて震えていると、アルラウネが逃げた穴をのぞきこんでいたミラが顔を上げます。


「母様、あの女、地中深くに潜って逃げてるみたい」

「地中は盲点でしたね。あれだけ探しても見つからないはずです」


 リリーが触手を地面の穴に伸ばすと、しばらくして、首に触手が巻き付いたアルラウネが一本釣りされました。


「ですのっ!?」


 釣り上げられたアルラウネが、ぼてっと地面に落ちます。


「さて、わたしの妻に手を出した汚らわしい泥棒猫はあなたですか……?」


 アルラウネはリリーににらまれると、両手を合わせて命乞いをします。


「ひいいっ! まさかお強いモンスター様の奥方だとはつゆ知らず……! おなかが空いてたんです、どうか許してくださいですの!! 許してくれるなら足でもなんでもなめますから!!」


 カサカサとはってきてリリーの足元にすがりついてきたアルラウネに、リリーも毒気を抜かれたらしく、困った顔をします。


「ミラ、どうします? コレ」


「母様、このメス豚は未遂とは言え、母様とミラだけに許されたママの唇を奪おうとしたんです。八つ裂きにしましょう」ミラの目が据わります。


「……そうですね、八つ裂きにしましょう」リリーの目も据わります。


「ひえええっ!」


「リリー、ミラ、わたしは無事ですし、八つ裂きだけは……、そんなの見た日にはごはんが食べれなくなります……」

「しかしクロ様、このクズ野菜はここに住んでいた男を襲った犯人ですよ? 助けてやるわけには……」

「――男を襲った? 私、人間を襲ったのは今日が初めてですの」

「本当? ここの前の住人が何者かに襲われてるのに」ミラがけげんな顔をします。


 と、アルラウネが何か思い出した顔をします。


「思い出しました! 私を育ててくれた旦那様のことですね! ……彼は、奥様に襲われたんですの」


「「「え」」」


「実は……事件の前から、旦那様が私に構ってばかりで奥様を構ってくれないと、ケンカになることが度々ありまして、あの日も私の世話をする旦那様の背後に、鉢植えを持った奥様が現れて……」


「ど、どうなったんですか……?」わたしは息をのみます。


「鉢植えで旦那様の後頭部をガツンと……。その時の奥様の顔があまりに怖ろしく、私も殺されると思って、地中に逃げたんですの」


 その時のことを思い出したのか、アルラウネは身震いすると、リリーを見ます。


「そういえば、あの時の奥様とリリー様の表情がそっくりでした……」

「…………」リリーが黙ります。

「ヤキモチをやいてたんでしょうね……」わたしは遠い目をします。


 リリーは眉間にしわを寄せて、赤くなった顔をごまかすようにゴホン、とせきをすると、アルラウネをつかみます。


「ですのっ!?」

「これからギルドに行って、今の説明をもう一度してください、事件の依頼が来てますので。それが終わったらあなたを安全なところに送ってあげましょう」

「あ、ありがとうですの……」


 リリーが飛んでいくと、わたしとミラは温室に散らばったガラスの掃除をしました。

 その後の話ですが、事件も解決して襲われた夫も回復したようですが、夫婦がその後どうなったかはわかりませんでした。




 アルラウネを仲間が生息している森に帰したリリーが帰ってくると、わたしを触手でぐるぐると巻いてほおずりをします。


「はあ……今日はクロ様の唇が奪われると思ったら生きた心地がしませんでした」

「わたしもリリーの怒りで世界が滅亡するかと思いました」

「クロ様のファーストキスを守れてよかったですわ」


 ――カターン。


 シチューを食べていたミラの手からスプーンが落ちます。


「……母様とママはキスしたことないの……?」


 わたしとリリーの動きが止まります。


 こ、この場合はどうすれば……?


 リリーを見ると、真っ赤になってうつむいていました。

 そっ、そんな顔されたらわたしもどうしたらいいかわからなくなります!

 二人で真っ赤になってうろたえていると、ミラが納得したようにうなずきます。


「――母様とママは清いお付き合いなんですね、感心しました」


 ミラはスプーンを拾うと食事を再開し、その後はその話を忘れているようでしたが、わたしとリリーはしばらくの間お互いの顔をまともに見られなくなりました。

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