22 邪神の娘
「あー! ダメですよミラ、真珠はおはじきして遊ぶやつじゃないです!」
「えーっ」
リリーが取り出して磨いていた色とりどりの真珠で遊んでいたミラがほっぺたをふくらませます。
「ほら、ここにいい感じのハマグリがありますから、これで神経衰弱をしましょう」
「…………母様? いったい何枚出すつもりですか」
「九千九百九十九枚ありますが」
「多過ぎるし一枚余りますし……」
ホムンクルスでわたしとリリーの娘のミラは、この数日で赤ちゃんから二才児ぐらいの見た目に成長していました。
見た目は人間の子供ですがリリーの娘だからなのか、食事はもっぱら海産物です。
「最初は赤ちゃんにどうやってごはんをあげればいいかと悩みましたが、リリーにごはんを捕ってきてもらえばいいので楽ですね……」
「赤ちゃんのごはんって?」
ハマグリと格闘しているリリーを置いて、ミラがわたしのそばに来ます。
「母乳とかベビーフードとか……」
「母乳……」
ミラがわたしの胸を見て。
「ママ、おっぱいください!」
わたしの胸に飛びかかってきました。
「ミ、ミラ、くすぐったいです!」
「おっぱい! おっぱい!」
ミラの紅葉みたいな手がペチペチとわたしの胸をたたきます。
「無理です、わたしはおっぱい出ないですから!」
と、ミラの動きがピタッと止まります。
「あっ……。そうだよね……ママごめん。でもいつかきっと大きくなるから……」
「……ミラ? 胸の大きさと母乳の出る出ないは関係ないですよ?」
気まずそうに目を伏せたミラの肩をつかみます。
「グウウウ……ッ!!」
獣のうなり声がすると思ったら、血の涙を流したリリーが床につっぷしていました。
「どうしたんですかリリー!?」
「な、なんでもないです……! ええ、決して、わたしでさえしたことがないスキンシップをする娘に嫉妬してるとかではないです! ……グウウッ……!」
しょうもない理由でした……。
「……ママ、母様かわいそう、おっぱいもませてあげて?」
「無理です!」
そんなことしたら顔から火が出ます。
「あっ……。ごめんママ、私ったらまた……。そうだよね、ママ、もめるほどない――」
「ミラちゃん、ちょっとママとお話しようか?」
「そろそろラバーズの街に戻りましょうか」
ミラとお話していると、ふて寝していたリリーが顔を上げました。
「そうだね。王都には依頼で来たけど、滞在が長くなったね」
「母様とママ、ここに住んでないの?」
正座をしていたミラが足のしびれと格闘しながら聞きます。
「ええ、ラバーズの街に住んでます。でも、家を買ったら引っ越すかもしれませんが」
「家を買うの?」ミラの足をつつきながら聞きます。
「ミラもいるとなると、宿屋より家がいいです」
以前、家を買おうとしたもの、いろいろあってまだ宿屋に部屋を借りていましたが、ミラには冒険者が多くて騒々しい宿より、ゆっくりできる家がいいかもしれません。
「ミラが冒険者に迷惑をかけるかもしれませんし」
「ミラが? おとなしいのに?」
「クロ様、ミラはこう見えてなかなかおてんばですよ」
リリーがミラを見てにやっと笑います。
「さて、わたしは先に街に戻って物件を探しますので、クロ様たちは明日になったら馬車で街に帰ってきてくださいね」
そう言うと、リリーは窓から飛んで行ってしまいました。
「行っちゃいました……」
わたしはどんどん小さくなっていくリリーを窓から見送ります。
すると、ミラがそばに来て、わたしの足にぎゅっとしがみ付きます。
さびしいんでしょうか? 胸がキュンとします。
「ママ、二人っきりだね……」
うっとりした顔のミラがポッとほおを染めます。
わたしはミラを足からはがしました。
「ミラはどこでそんなことを覚えるんですか」ジト目で見ます。
「ママ。私は錬金術の英知の結晶・完全なるホムンクルス、生まれながらに賢くて強い、スーパーガールです!」
そう言うと、ドヤ顔で胸を張りました。
「わたしにはただのかわいい女の子にしか見えません……」
メロメロになったわたしはミラをぎゅっと抱きしめました。
翌日、手配した馬車で王都からラバーズの街へ移動します。
御者をしてくれる元冒険者だというおばさんに、若い頃の冒険の話を聞かせてもらいながら、ゆっくり旅を楽しみます。
初めての旅のミラは、楽しそうに流れる景色を眺めています。
馬車が林の近くを通ったとき、林の方から、大きな鳥が飛んできました。
鳥はこちらの方を見たかと思うと、急に速度を上げて馬車の上をかすめるように飛びました。
それにおどろいて暴れる馬を、馬車を止めておばさんがなだめていると、戻ってきた大きな鳥が少し離れたところに降りました。
よく見ると、大きな鳥だと思ったのは、コウモリのような姿の――そうだ、あれはガーゴイルというモンスターです。
羽を畳むとどこか人間っぽい姿ですが、肌は石のようで、まるで石像が動いているようです。
ガーゴイルがこちらに歩いてくると、おばさんが槍を抜いて威嚇します。
「アンタ、これ以上ケガしたくなかったらあっち行きな!」
言われて見ると、近付いて来るガーゴイルの羽はボロボロで、ケガをしています。
しかし、ガーゴイルはおばさんの言葉を無視して歩いてきます。
「オバサンはちょっと黙ってろ」
ガーゴイルが大きく息を吸い込み、口から黒い煙をおばさんに吹きかけると、おばさんは石になってしまいました。
「おばさん!」
「俺様が用のあるのは、そこのガキだ」
おばさんの横を通り過ぎると、ガーゴイルはジロリとミラを見ました。わたしはとっさにミラを後ろにかばいます。
「……昨日よ~、弁慶のヤツが邪神に会ったっつー周辺を飛んでたら、なんかソレっぽいヤツが飛んできたからさ~、ケンカ売ったわけよ~?」
首に手を当て、わたしの後ろにいるミラをのぞきこもうとするので、横に動いて逃げます。
「そしたらアイツ、どうしたと思う? 止まるどころか俺様をはねたんだわ~……クソガッッ!!!!」
ガーゴイルは悪態をつくと、地面にツバを吐きます。怖いです。でもわたしがミラを守らないと……。
「それでよ~、ボロボロになって林で休んでたら、アイツによく似た気配が近付いてくるじゃん?」
また後ろをのぞき込んでくるので、横に逃げようとしますが、フェイントをかけられて、ミラとガーゴイルの目が合ってしまいます。
「テメエ、あの邪神のガキだな?」
「……」
「ち、違います! ミラはわたしの娘です!」
「ママ……」
ガーゴイルは大きく首をかしげると、眉間にしわを寄せてにらみます。
「ハアア!? つくならもっとうまいウソつけや! 気配といい、見た目といい、あのクソ邪神のガキだろうが!!」
石のような肌をした腕が伸び、ミラの頭をわしづかみにします。
「このガキをおとりにして、あのクソ邪神をおびき寄せてやる!」
「やめて!」
ミラから引き離そうと、石のような腕にしがみつくと、ガーゴイルは舌打ちをします。
「ガキは……すっこんでろっ!!」
ガーゴイルはぐっと上半身をそらすと、頭を振り下ろして強烈な頭突きをわたしに喰らわせます。
目の前をチカチカと星が飛び、思わずひざをつくと、目から涙がぼろぼろ流れます。
「ぶええっ……」
「チッ! 手加減してやったのに泣くんじゃねーよっ! 本当に人間のガキはクソ弱えなっ!」
「……を……」
「アアン?」
「……今、ママを、イジメましたね?」
ミラの小さな手がガーゴイルの足をつかむと、ガーゴイルの体を片手で持ち上げます。
「――ナアッ!?」
そしてミラは、怖ろしい速さで、ガーゴイルをタオルみたいに振り回し始めました。
「な、なんだ、ガキのくせにその力はあぁっ!?」
「ウルサイです」
片手でガーゴイルをつかんだまま今度は、左に振って地面にビタン、右に振って地面にビタン、とたたきつけ始めました。
「ガアアッ!?」
「ママをイジメたこと、謝ってください」
「フ、フザケンナッ!! 俺様は魔王、三男の――」
「そんなことは聞いてません!」
ビタン! 「俺様は魔王――」ビタン! ビタン! 「人間のガキに謝るとか――」ビタン! ビタン! ビタン! 「あやまっ」ビタンビタンビタンビタンタンタンタン――――。
「ズ、ズイマセンデシタアァ……」
現れたときの威勢が消え、ズタボロになったガーゴイルが、地面に頭をこすり付けてわたしに土下座をしています。
どうしましょう、いたたまれません。
「あ、あの、もういいです、許しますから……」
「ママがいいと言うなら許しましょう。ホラ、さっさと帰ってください」
ズタボロのガーゴイルはなぜかわたしにお礼を言うと、帰っていきました。
「ママ、おでこ見せてください」
わたしがしゃがむと、ミラが赤くなったおでこに触れてヒールを唱えます。
すると、まぶしい光が辺り一面を照らし、わたしのおでこどころか、石にされたおばさんの石化まで解いてしまいました。
目を覚ましたおばさんに、出来事を適当にごまかしながら説明したら、再び馬車に乗って街へ向かいます。
馬車に揺られながら、わたしはつくづく思いました。
ミラは間違いなくリリーの娘です……。
「ママ、私どうしよう……」
「どうしたのミラ?」
となりに座るミラを見ます。
ミラは震える右手をギュッとつかむと、うつむきます。
「いつか私の中の邪神の力が暴れ出すかも……」
ミラは成長が早過ぎて中二病に目覚めていました。