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21 ホムンクルス 後編

 頭がガクッと揺れて、わたしは眠りの底から目覚めます。

 人間を作ってる、と答えたサイモンさんは、興味深げな反応を見せたリリーに、自分の研究を喜々として語り始めました。

 人間を作ってるってことは、サイモンさんは錬金術師で、作ってるのはホムンクルスということなんでしょうか。

 話はわからない言葉ばかりで、それだけで眠気を誘われるのに、サイモンさんの話は徐々に熱がこもってきて、終わりそうにありません。

 なので、わたしがついうたた寝をしてしまうのも無理ありません。

 仮面を付けていてよかったです。


『君の弟子はおねむのようだね』

「子供はもう寝る時間ですもの」


 バレてました。

 リリーの手がフードの上からわたしの頭をなでます。

 はずかしいのでやめてほしいです。


『ならそろそろ私の研究室に移るか』


 サイモンさんがそう言って壁の中に消えると、ガコンという音がして本棚が横に動き、扉が現れます。

 扉を開くと下へ降りる階段があって、どうやら地下室へ続いているようです。

 消毒薬の匂いがする地下室は、他の部屋と違って掃除がされており、棚や机にフラスコやビーカー、実験器具らしい道具がありました。


 机を見ると淡い光を放つ大きなフラスコがあって、光る水の中に何か浮いてます。目を凝らすと、小さな胎児のようでした。

 まさか、これがホムンクルス……?

 目が離せなくなってじーっと見ていたら、微かに動いた気がしました。

 気が付くと、リリーもフラスコを見ていましたが、表情は読み取れません。


「このホムンクルスは?」リリーがサイモンさんに聞きます。

『つい先日作ったやつだよ。失敗作だがね』

「失敗作?」フラスコを見たままわたしが聞きます。

『今まで作ったホムンクルスは全部、不完全だったり、完璧に見えてもフラスコの中でわずかしか生きられなかった。これもそうさ』

「さっき少し動いた気がしますが……」

『気のせいだよ』


 サイモンさんはそっけなく言うと、奥の扉の前に来ます。


『これまでフラスコから出られたホムンクルスはいなかったが、邪神の素材があれば可能かもしれない』

「どうして邪神の素材を使おうと?」

『人間を素材に作るのに限界を感じてね。神と名の付くモンスターなら何か起きるかもしれないと思ったんだ』

「そうなの」

『さて、魔法使い殿。素材を見せてくれないか、報酬はそれからだ』

「いいわよ。取ってくるからその間は席を外すけど、のぞいたりしないと約束してもらえる?」


 リリーが昔話みたいなことを言い、『いいだろう』とサイモンさんが応じると、リリーは階段を上がっていってしまいました。

 部屋に二人だけになると、サイモンさんが『お茶を飲むかい?』と言って空のビーカーを手に取りましたが、丁重にお断りしました。

 リリーが戻ってくると、その手に大きなタコ足……ではなく、リリーの触手の先っぽを持っていました。

 他の人からするとただの海産物ですが、わたしにとってはリリーの触手なので、思わず「ひえっ」と声が出ます。

 それを聞いたリリーが近寄って来て耳打ちをします。


「リ、リリー……触手痛くないの!?」

「クロ様、触手は数日で元通りになりますし、痛みもタンスの角に小指をぶつけたくらいです」


 この前の戦いで切られた触手もすぐに元に戻っていたことを思い出して、わたしは落ち着くと、他にも気になることを聞きます。


「リリー、本当にホムンクルスを作るのを手伝うの?」

「そうだと言ったら?」

「人間を作るなんて、間違ってるよ」

「そうかもしれませんが、生命は生命、生まれ方は関係ありません」


 リリーは答えになっているのかどうかよくわからないことを言うと、サイモンさんに触手を渡します。

 触手はどう見ても獲れたてピチピチですが、サイモンさんはそれを気にするようすもなく、ルーペを取り出してリリーの触手を観察し始めます。


『――……イカ型のモンスターとは違う触手、間違いなく邪神の触手だ』


 サイモンさんは顔を上げると、おどろいた顔をします。もっと他に気付くことがある気がしますが……。


『報酬を出そう、いくら欲しい』

「お金は要らないけど、二つほど要求があるわ」

『……言ってみろ』

「すぐにこの素材を使ってホムンクルスの錬成をして」

『ホムンクルスは先日作ったばかりで素材が足りない、すぐには無理だ』

「このホムンクルスを素材に使えばいいわ」


 リリーがさっきまで見ていた、あのフラスコを指します。


『素材の再利用か。できないこともないが、失敗作を使っても……まあいい、次はなんだ』

「成功・失敗に関わらず、できたホムンクルスをもらうわ」


 リリーがホムンクルスをほしいと言うと、サイモンさんの表情がさっと変わります。


『……貴重な素材を使ったホムンクルスだぞ、研究に必要だ』

「ホムンクルスをくれたら、邪神の素材をもう一つあげるわ。要求は以上よ」

『素材をまだ持っているのか。……いいだろう、さっそく取り掛かろう』


 サイモンさんはどこかリリーの動向を探るような視線をしながら、部屋の奥の扉をすり抜けて行きました。

 扉の先は小部屋になっていて、魔法陣が床一面に描かれていました。

 部屋に入ると、サイモンさんの指示通りに素材を置いていきます。


『では錬成を……いや待て、念のために邪神とホムンクルスの素材を、より結び付けるための素材を追加しよう』

「素材? どんな」

『霊力の強い……そうだな、女性の髪の毛がいい』


 二人の視線がわたしを向きます。え、わたし?


「それってリリーの髪の毛でもいいんじゃ……」

『子供のほうがいい』

「そうね、子供のほうがいいわね」


 ローブからハサミを取り出したリリーがわたしに迫ります。

 な、なんで目をギラギラさせているんですか……!?

 あえなくわたしの髪の毛は切られ、錬成陣に加わりました。


『では始めようか』


 サイモンさんが不思議な旋律の呪文を唱え始めると、それに呼応するように錬成陣から光が立ち昇ります。

 やがて光が部屋中に満ちて思わず目をつぶったとき、小さなガラスの割れる音が聞こえました。


 光が消えて、目をそっと開けると、錬成陣の上に小さな女の子の赤ちゃんが座っていました。

 リリーによく似た銀髪と、シルバーグレイの瞳の女の子は、リリーの顔をじっと見ています。リリーも同じように女の子を見つめています。

 そして、リリーが何か口を開こうとしたとき。


『ついに、ついに成功したぞ!! フラスコから出て生きているぞ!!』


 興奮した様子のサイモンさんが女の子に詰め寄ると、女の子は戸惑った様子でリリーを見ます。


「――サイモン」


 リリーがゾッとするほど冷たい声で呼びます。


『なんだ』

「約束よ、その子はもらうわ」

『……そのことなんだが』


 サイモンさんはリリーから目をそらすと、決まりが悪そうにします。


『このホムンクルスは私に譲ってくれないか? 次にできた成功体は君に譲る、すぐに研究を始めたいんだ』

「駄目よ」


 場に不穏な空気が流れ始めると、ひどく呼吸が難しくなってきました。

 リリー、まさか、すごく怒ってます……?


『どうしてだ? 次の錬成もすぐに始める、君を待たせたりしない』

「サイモン、この子じゃなきゃ駄目なの」

『どうしてソレにこだわる』

「…………素材をあげるわ、研究を続けて」

『私の質問に答えてないぞ』

「……あなたならすぐに新しい子を作れるわ、だから――」


『――イマ、ウソをついたな?――』


 サイモンさんの見開いた目が、険しさを増します。

 リリーは小さく舌打ちをして眉間を押さえました。


『どういう意味ダ!? 答えろ!』


 サイモンさんが詰め寄ると、リリーはため息をつきます。


「…………今の錬成が成功したのは、この子に元から魂が宿ってたからよ。その魂もあなたが作ったわけじゃなく、多分、素材に使った人間の魂が奇跡的に残ってたからよ」

『私をだましたノカ!? 研究がムダだと思っテタンダナ!』

「だましてないわ。消えかけた魂に新しい肉体を与えたのよ、あなたならいつか作れるわ……何千年かかるかわからないけど」

『だましたナ! ダマしたンダナ!!』

「落ち着いて、正気を失いかけてるわよ。わたしたちは子供を連れて帰るから――」

『コレは私ノダ!!』


 怒りで青い炎のように燃え上がったサイモンさんが女の子を捕まえると、まるで床が底なし沼になったみたいに沈んでいきます。


「母様、ママ……!」


 床に完全に飲み込まれる直前、女の子が言葉をしゃべりました。



「クロ様、すみません。今迎えに行ってきます」


 いつもの少女の姿に戻ったリリーを、手を上げて静止します。

 わたしはちょっと深呼吸をしてから、リリーに聞きます。


「あの、リリーさん……。あの女の子、最後にわたしを見てママって言ったんですが……?」


 事態を飲み込めていないわたしに、リリーが首をかしげます。


「そうですよ? だってあの子は……――わたしたちの娘ですから」




 閉じた箱のような地下室で、サイモンは手術のための道具を並べている。

 サイモンが捕らえたホムンクルスに目をやると、手術台の上で座るホムンクルスは、部屋の隅、椅子の上で風化したサイモンの骨を見ている。

 サイモンは狂気にギラついた目をまばたかせると、いくらか落ち着きを取り戻す。


『アイツに盗られる前に解剖しようと思ったガ、まずハ問診だな』


 サイモンがホムンクルスのそばに音もなく近寄ると、指で押す。

 ホムンクルスは抵抗することもなく、手術台の上にころりと転がる。


「だあ」

『赤子のフリはヤメロ、しゃべっているのを見たぞ』

「おじさんキラい」

『おじさんじゃない、サイモンだ』

「……母様から名前をもらうところだったのに」


 ホムンクルスが寝転んだままむくれる。


『名前?』

「子供は名前をもらって初めて生まれたと言えるもの」

『名前なら、製作者の私ガ付けてやろう』

「イヤ!」


 ホムンクルスは両手で耳をふさぐと、イヤイヤをする。


『名前ごときでナンだ、番号でいいだろう』

「母様とママのところに返して!」

『諦めろ、ここの扉は埋めてある、人間は通れない』

「確かに、ママは通れないわね」ホムンクルスは壁を見る。

『そうだ』

「ママは」

『わかったら私の研究を手伝うんだ』


 サイモンは研究資料の散らばる机の上を苛立たしげに払うと、カルテを取り出す。


『クソッ、なんで私の研究を邪魔する輩ばかりなんだ。私はこの国ために、神に匹敵する人間を作ろうとしているだけだ。ソレヲッ、人道に反するなどと適当な理由を付けて国の研究室から追放しやがって! 身寄りのない兵士共の体を、国と人類に貢献させてやっただけだろうガッ!』


「ハア……、どんな理由があるのかと思えば、しょうもない理由でしたね」

『ダレダ!?』


 サイモンの背後、部屋の暗がりからリリーが現れる。


『オマエさっきの女か、だがどうやって…』

「母様!」


 いつの間にかリリーの足元にいたホムンクルスが、小さな手を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねる。


「お名前付けて!」

「わたしの小さなお姫様、もう少し待っててくださいね」


 リリーが触手を伸ばすと、やさしく娘を包む。


『その触手は! ソウカ、オマエが邪神だったのか!』

「ええ。幽霊になると考えなしになるのか、全然気付きませんでしたね」

『邪神メ! 私の研究を狙ってイタンダナ!』

「たまたまですよ。ハア……何か真っ当な理由があるかと思えば、この程度なんですから、人間にはほとほとあきれますね」


 リリーのもう一方の触手が伸びて、霊体のサイモンを締め上げる。


「いずれはあのクソ女神の怒りに触れたでしょうが、わたしの娘を奪おうとした罰を受けてもらいましょうか」


 サイモンは暴れるが、振りほどくことも、すり抜けることもできないと知ると、顔色が変わる。


『ま、待て邪神よ! 私の研究に興味はないか!? ソレは返すから研究を手伝ってくれ! 損はさせない!』

「あなたのやってることに興味はありません」


 リリーが指を鳴らすと、サイモンの研究資料に火が付いた。


『ワタシの研究成果ガアアア!』

「それと」


 リリーの血のように真っ赤な目が冷たく光る。


「――わたしの娘はソレじゃありません」

『……ッ!!』


 サイモンは触手の中で砂となって消えていった。




 外で待っていてと言われたので、外で待っていると、リリーが女の子を連れて戻って来ます。

 サイモンさんの家はリリーが出てきてすぐに爆発を起こして崩れ、周りに人が集まって来る前にスラムを足早に去りました。

 リリーが着ていたローブに包まれ、今はわたしに抱っこされている女の子がわたしを見ます。


「ママ、お名前ください」

「え」

「そうですね、クロ様に名前を付けてもらいましょう」


 わたしはちょっと迷います。名前を付けたらこの子の親になるからです。


「……ママ、私のママになるのイヤ?」

「イヤじゃないです」


 女の子は瞳をうるませます。子供を泣かせるのはいけませんね。わたしは戸惑いながらも心を決めます。


「じゃあ……ミラ、はどうですか」

「うん! 私ミラ!」

「いい名前ですね」


 『ミラクル』から取ったのですが、気に入ってもらえてよかったです。わたしの名前が名前なので、ネーミングセンスに自信がないのです。


 雲に隠れていた月が顔を出し、街と目の前の二つの銀色を照らします。

 前を歩くリリーが後ろを振り返り、家があった方向を見ます。


「ミラの生まれてこれなかった兄姉たちには悪いことをしました」

「私は生まれる前のことは覚えてないけど、皆も恨んでないと思うよ」

「そうなんでしょうか」

「母様はなんで私を助けたの?」


 リリーはミラを見るとほほ笑みます。


「クロ様がフラスコの中のミラを見たときに、微かに魂があるのに気付いたからです。わたしは運命を信じるタイプですから」




 一夜明けて、ミラは目が覚めると、見るもの全てが珍しいのか、わたしたちが泊まっている部屋をとことこ走り回ります。


「ミラは赤ちゃんなのにしゃべるし走るし、本当に不思議です」

「母様とママの子供ですから」


 ミラは窓辺に寄りかかって本を読むリリーを見上げます。


「母様は何を読んでるの?」

「人間には少しばかり早すぎる技術の書物です」


 ミラはリリーが読んでいる書物をじっと見ると……ジト目になりました。


「母様……興味ないって言ったのに、いつの間に……」

「この技術は時が来たら平和利用できる形で流しますかね」


 リリーは口笛を吹いてごまかします。ごまかしきれてませんが。


「母様は人が悪いです」

「邪神ですから。――あ、そうだクロ様。髪が伸びてきたんじゃないですか? 髪を切ってあげますね」

「えっ」


 ハサミを手にしたリリーが満面の笑顔でわたしに迫ってきます。

 身の危険を感じたわたしはとっさに頭をかばいます。


「嫌です!」

「いいじゃないですか、ちょっとだけですからっ」

「リリーに切られたら赤ちゃんできちゃいます!」

「できませんできません、…………多分」

「今多分って言いましたよね!?」


 リリーの触手に捕まったわたしが助けを求めてミラを見ると、赤くなったミラが両手で顔を隠しながら「ミラは赤ちゃんなので何も見てません」と言いました。

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