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20 ホムンクルス 前編

 王都を観光して、泊まっている宿に帰ってきます。

 上着を脱ごうとすると、ポケットから畳まれた紙が一枚落ちました。

 紙を拾い上げると、となりのリリーがちらっと見ます。


「依頼書ですか。依頼でも出すのですか」

「これは今日、リリーがブラさんを吹っ飛ばした時に散らばった依頼書です」


 ブラさんが掲示板にぶつかった拍子に、たくさんの依頼書が散らばって、その内の一枚がわたしの足元に落ちてきたのです。

 片付けようと思って拾ったら、リリーに引っ張られてギルドを出てしまったので、後で返そうと思ったんですが……。


「でもなんで白紙の依頼書が掲示板に……」

「白紙? 書いてありますが」

「えっ、白紙ですよ」


 わたしが白紙のはずの依頼書を不思議に思いながら見ていると、リリーが依頼書を手に取って、真剣な顔になります。

 依頼書を見つめるリリーの整った横顔を見ていたら、なにか納得したようにうなずきました。


「魔法がかかってますね」

「魔法?」

「ええ。魔法で鍵がかっていて、解いた本人しか文字が見えないようになってます。わたしには関係ありませんが」


 ちょっとドヤ顔をしながらリリーが答えます。


「なんでそんな仕掛けを?」

「それは依頼書の内容にも関わってきますね」

「……どんな内容?」

「依頼書は古代文字で書かれていて、ギルドでは扱えない危険かつ希少な素材の入手を依頼しています」

「それがなんでギルドの掲示板に」

「非合法な組織の連絡用とか? そういう裏ギルドがどこかにありそうなものですが」


 リリーもわからないのか、首をひねります。

 この依頼書はギルドに報告したほうがいいのかわたしが考えていると、リリーが依頼書を畳んで懐に入れます。


「この依頼者に接触してみようと思います」

「どうして?」

「この依頼書には、希少な素材――邪神の素材を持ってきたら言い値で買うと書いてあるんです」

「リリーの?」ギョッとして聞きます。

「どんな目的に使うつもりなのか気になりますし、場合によっては排除する必要があるかもしれません」


「では行ってきます」と言って部屋を出ようとするリリーのそでをつかみます。


「……いっしょに行ったらダメ?」

「本当は部屋で待っていてほしいのですが……」


 ほおが少し赤くなったリリーが顔をそらします。


「――そもそもですね、この依頼書は、依頼書自体に普通の人間が認識できなくなる魔法がかかっていて、普通の人間は紙の存在にそうそう気付かないはずなんです」


 リリーはわたしの顔を見ると、やれやれ、という風に首を振ります。


「それを、あの散らばったたくさんの書類からピンポイントで拾うなんて……」

「そ、そうなの……?」

「どうやら賢者殿が言ってた『転生者はトラブルを呼び込む体質』というのは本当かもしれませんね」


 リリーはあごに手を当てると、わたしの顔をじーっと見てきます。わたしは気まずくなって目をそらします。


「そのクロ様がいっしょに行きたいと言うとなると、いよいよトラブルの匂いがします……」

「わたしはいっしょに行かないほうがいいんですかね……?」


 つい先日、なかなか帰って来ないリリーを一人で待つのがすごく不安だったので、できればいっしょに行きたかったんですが……。


「いいえ、いっしょに行きましょう。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』です。ハプニングが起きるぐらいがいいかもしれません」



「念のため、正体を隠しておいてください」


 準備をするということで部屋に戻ると、リリーはポケットから見たことのある全身が隠れる黒いローブと、ドクロのお面を取り出します。リリーのポケットは四次元になっているのでしょうか?


 受け取った黒いローブをすっぽりかぶると、鏡の前でくるりと回ります。

 映画に出てくる魔法使いみたいです。つえも要りますでしょうか?


「はあ……ぶかぶかのローブを引きずるクロ様もかわいいです」


 どこかで聞いたことがあるきれいな女の人の声が聞こえて、ビクッとしたわたしは思わず振り返ります。

 部屋に黒いローブを着た二十代後半ぐらいの女性がいました。

 銀色の髪と紅い瞳、冷たく刺すような美貌をしています。

 しかし、今はほおに手を当て、なじみのあるうっとりした顔をしています。


「リリー……ですか?」

「そうですよ?」


 リリーはキョトンとすると、すぐに合点がいった顔をします。


「そういえば、姿を変えて見せるのは初めてですね」

「うん、ビックリした。でも、こっちのほうが元の姿に近いのかな」


 邪神と呼ばれるリリーの元の姿は、上半身は女性、下半身はタコのような姿をしています。

 今のリリーはタコの足はありませんが、元の姿から小さくした感じで、声もそのままです。


「人の姿になった時に、クロ様と年齢が近い姿のほうがいいと思ったんですが……」


 リリーが近寄ってきて、わたしの腰に手を回して抱き上げられます。足がちょっと浮きます。


「――こっちのほうが好き、ですか?」


 リリーが妖艶にほほ笑むと、顔が熱くなって、顔をそむけると、より顔を近付けてきました。

 両腕を一生懸命つっぱって離しますが、大人の姿だといつものリリーと違う気がして、意識してしまって心臓が持ちません。


「どうなんですか? このままでいましょうか?」

「……あ、その……」


 リリーが大人の姿のままだと……と、そこまで考えて、気付きます。


「……いいかもしれませんね。リリーが大人の姿だと、わたしと親子に見えますし、いろんな手続きも楽です」

「……親子……」リリーの顔から色が失くなります。


「あっでも、その姿で外にいるときに抱きついたり、妻とか言ったらダメですよ? 変態だと思われて捕まっちゃいますから」

「……変態……逮捕……」リリーが小刻みに震えだします。


 リリーが体を離すと、そっとわたしを床に降ろしました。


「……や、やっぱりいつもの姿が一番ですね! ――ううっ」

「ど、どうしたのリリー、泣かないで」


 リリーが床に膝をついて泣き出したので、ハンカチを取り出して涙を拭きます。


「ううっ……。違います、わたしは変態じゃないです、クロ様がたまたま未成年だっただけです……」

「さっきの話の後だと、変態さんに聞こえます……」

「グッ」




 出かける前からダメージを受けているリリーの後に付いて宿を後にします。


「わたしが魔法使いでクロ様がその弟子ということにしますので、わたしから離れないようにしてください」


 ドクロの仮面を付けてうなずくと、依頼書に書かれていたという依頼人の家に向かいます。

 依頼人の家は王都の外れ、スラムの一角にあります。

 周囲から浮くと思った怪しげな黒いローブ姿も、スラムの暗い雰囲気には溶け込んでいる気がしました。


「よそ者が詩の朗読会に来たのかい」


 路地でタバコを吸っていた、ドレスを着た老婆が話しかけてきます。わたしはリリーにくっついて隠れます。

 老婆はわたしを見ると、金歯の付いた歯を見せます。


「おままごとでもするかい?」


「いいわね。おはじきもしましょうか、お嬢ちゃん」


 目深に被ったフードの下で、リリーが冷たい笑みを深めると、紅い瞳が鈍く光ります。

 老婆はポトリとタバコを落とすと、「アンタ急いでるみたいだし、やめとくよ」と言って逃げるように帰っていきました。


「少しプレッシャーをかけただけで逃げるなんて、ザコね」



 依頼人の家の前に来ますが、家は家と言うより、廃虚という感じで、人の住んでいる気配がしません。

 リリーが扉をノックすると、ややあってから、扉がひとりでに開きます。

 家の中も廃虚みたいでした。家の中を見渡していると、『どうぞ』という男の声がして、部屋の扉が開きました。

 部屋は書斎らしく、壁一面にある本棚からあふれて床にまで本の山ができてます。

 書斎の一番奥には、机に座る三十代ぐらいの白衣の男性がいました。

 オールバックにした茶髪、神経質そうな顔立ちをした男性で、そして何より……透けていました。

 幽霊屋敷でいっぱい幽霊を見ていなかったら飛び上がっていたかもしれません。

 幽霊はわたしたちの格好を上から下まで見ます。


『そのローブと仮面……邪神教団か。邪神について調べてる私を始末しにきたのか、もう死んでいるというのに』


 彼の言葉で思い出しました。この黒いローブとわたしが付けている仮面は、リリーが封印されていた場所で出会った、黒い人たちの服です。

 リリーを拝んでいたあの人たちが邪神教団だったのでしょうか。


「これはもらったの。今は関係ないから、気にしないで」


『本当か? 銀髪に赤い瞳、神話にある邪神の姿を真似るなんて、ずいぶんと熱狂的なファンのようだが』


「ええ。ファンクラブはやめたけどファンはやめてないの」


 真似るも何も、本人ですけどね……。

 話とは関係ないですが、リリーの話し方がいつもと違うのでなんか変な感じです。でも初めて会った時を思い出します。


「わたしはリリー、こっちは弟子よ」

『サイモンだ』


 サイモンさんが机の前のソファに座るようにうながすので、ホコリっぽいソファに座ります。


『教団と関係ないなら、どうやってここを知った?』

「これを見て来たのよ」


 リリーは胸から依頼書を出すと、広げて机の上に投げます。

 サイモンさんは机から身を乗り出して、依頼書をのぞき込みます。


『……ああ、思い出した。私がこの前出した物だ。いつだったか……十年……いや、三十年前か?』


 男は幽霊になって長いのか、時間に関してあやふやなようです。


「なんでギルドに、あんな手間のかかった依頼書を貼ったの」

『邪神の素材の情報を持ってるとなると、国の研究機関か、邪神を求める邪悪な魔法使いか、邪神教団しかないと思ったんだ。だから、邪神が生きてた時代の古代文字で書いて、それなりの魔法使いしか気付かない仕掛けを施した』

「それでだれも気付かなかったら、意味ないわよ」

『元より期待していなかった。……だが君が来た』


 サイモンさんはリリーを指し、その顔を見つめます。


『君は私に何を持って来た? 情報か? 素材か? ……それとも、私の研究を奪いに来たか』


 サイモンさんがすべるようにわたしたちの目の前に来て、青い炎のように体をゆらめかすと、わたしは体の芯まで凍えたように震えます。


「素材を持って来たわ」

『まさかそんな……いや、本当なんだな』

「あなた幽霊みたいだし、探り合いも意味なさそうだから単刀直入に聞くけど、ここで何をしてるの?」


『人間を作ってる』


 サイモンさんは事も無げに答えました。

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