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19 王都の冒険者ギルド

 護衛の依頼で訪れた王都に滞在するようになって数日が過ぎました。

 今日はリリーといっしょにデパートでチラシ配りのバイトです。


「クロ様ー、ふつう王都に来たら観光かショッピングですよ、なんで仕事をしてるんですか」


 帽子をかぶったクマの着ぐるみ姿のリリーが不満そうな声を上げます。


「で、でも王都って物価が高いから、少しお金を稼いでおこうと……」


 頭にリボンが付いたクマの着ぐるみ姿のわたしは申し訳なくなりながら答えます。


「お金はわたしが持ってます。なんでクロ様はわたしを頼らず仕事に行くのですか?」


 リリーが顔をズイッと寄せてきます。


「リリーには甘えっぱなしだし、自分のお小遣いぐらいは稼ごうと思って……」


 リリーはわたしを容赦なく甘やかしてくるので、甘えていたらダメ人間まっしぐらです。


「わかりましたクロ様、それではこうしましょう、王都に滞在中はわたしがオゴりますので、バイトはやめてデートにしましょう」


 リリーがやさしい声音で、しかし圧力を持ってわたしに迫ります。


「リ、リリーにそこまでしてもらうわけには……」

「わたしたちは婦婦ですよ、わたしのサイフもクロ様のサイフもいっしょです」


 婦婦ではありませんが、形勢が不利になってきました。


「ありがとう、リリー。でも王都は本当に物価が高いんですよ、見ましたか? パンの値段が他と比べて倍近く……」


「いくらですか?」

「え?」


「金貨一枚ですか? 二枚ですか? 大丈夫、わたしが買って差し上げます」

「あ、あの、そんなにしない……」


 リリーがどんどん迫ってきます。


「いくらほしいんですか?」

「あの、リリー、声が大きい……」


「いくらですか? いくらでクロ様を(仕事から)自由にできるんですか!?」

「やめてください!」


『ママー、クマさんたちなにしてるのー?』

『シッ、見ちゃいけません!』


 迫るリリーを一生懸命押し返していると、着ぐるみの肩を指でトントンされます。


「……君たち、ちゃんと仕事してくれないかな?」


 チラシ配りの依頼人でした。平謝りして仕事に戻ります。



 仕事に戻ってからも、納得がいかないらしいリリーがつぶやいていたかと思うと、急に顔を上げます。


「……妻の稼ぎに不満が……!?」


 帽子をかぶったクマの着ぐるみ姿のリリーが、手で口を押さえて震えます。


「いろいろ違いますし、仕事をしましょう、リリー」


 わたしがチラシ配りを再開しようとすると、リリーが後ろからすがりついてきます。


「仕事とわたし、どっちが大事なんですか!?」


 ――こ、これは! テレビで見たことあるやつです!

 女性がこの質問をしてきた時、答えはひとつです。


「リリーです」

「じゃあなんで仕事ばっかりなんですか!?」

「ダメ人間にならないためです」

「そんなこと言って、わたしの稼ぎが少ないから仕事に出てるんでしょう!?」

「違います。所持金カンストしてる人が何を言ってるんですか」

「だったら仕事なんてやめて島でも買ってわたしとお城で一生をいちゃいちゃらぶらぶして過ごしましょうよ!! なんでも買ってあげますから!!」

「お金の問題じゃないんです!!」

「そんなに仕事がいいんですか!?」


 振り払おうとすると、ヒートアップしたリリーが体当たりしてきますが、着ぐるみなので、勢い余ってゴロンと転がり、のしかかられているような体勢になってしまいます。


「クロ様は仕事と浮気してるんです!」

「なんでそうなるんですか!?」


「そうじゃないなら仕事とは別れてください!」

「無理ですよ!」


「やっぱり浮気してるんですね!」

「違いますって!」

「わたしというものがありながら……っ!」


『ママー、クマさんたちなにしてるのー?』

『シッ、見ちゃいけません!』


 取っ組み合いをしているわたしたちに近寄る影がありました。見上げると……。


「君たち、クビ」依頼人でした。




 王都のギルドで依頼失敗の報告をすると注意され、平謝りします。


「すみません、クロ様」

「わたしも悪かったです、今日は遊びに行きましょうか」


 リリーの手を握ってギルドを出ようとすると、目の前に壁が立ちはだかりました。


「そこのおまえ」


 違いました。壁ではなく、深紅の鎧を着た壁のように大きな男の人でした。

 男の人を見た周りの冒険者がザワつきます。


「お、おい、あれを見ろ。あの深紅の装備、『ブラッドイーター』だ!」

「だれだそれ?」

「知らないのか!? 獲物を腰のメイスでたたきつぶすその姿から『ブラッドイーター』と呼ばれるようになった男だ!」

「あいつは気に入らないヤツにも容赦がない、だれか止めてやれよ」

「ムリムリ、Bランクの実力者だぞ……」


 盛り上がる割には薄情な冒険者の皆さんのおかげで詳細がわかったブラッドイーターさんを見ると、なぜかリリーをにらんでいました。


「ここ数日おまえを見かけるが、なんだそのフザケた格好は、冒険者ナメてんのか?」


 ブラッドイーターさん……長いのでブラさんと呼びましょう。ブラさんは、リリーのメイド服を指してにらんでいます。


「これがわたしの戦闘服ですから」

「それがフザケてるって言ってんだ! それともなんだ? 俺たちのオムライスにケチャップで文字を書きに来たのか、ここはメイドカフェじゃねーぞ!」


 ブラさんの発言に周りの冒険者たちが笑います。

 あっ、わかりました、これは『通過儀礼』です。ラバーズの街でやられたのに王都でもあるなんて……。

 このイベント、別の街のギルドに行く度にやるんでしょうか。


「いいか、冒険者は命がけ――」

「クロ様、行きましょうか」


 リリーがわたしの手を引いてギルドを出ようとしたところで、怒ったブラさんに呼び止められます。


「オイッ! 話はまだだぞ!」

「別の日にしてもらいます? これからハニーとデートなんで」

「デ、デートだあ……!?」


 リリーの言葉を聞いたブラさんの顔が引きつります。


「そうです。愛しのダーリンとデートした後は二人の愛の巣でいちゃいちゃらぶらぶするんです!」しません。

「ガ、ガキのくせにっ……!!」


 装備と同じぐらい真っ赤になったブラさんが怒り出します。


「あっヤバいぞ! ブラッドイーターは彼女いない歴=年齢の非リア充! リア充を相手にしたら血の雨が降るぞ!!」

「あの年で恋人だと……!? お、俺は今まで一体何を……」

「おい、しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」


 あわわっ。まさか地雷を踏んでしまいましたか……!?


「――よし、おまえ。オレと練習場に来い、装備の大切さを教えてやる。急いでいるみたいだからな、十分……いや五分で終わらせてやる」

「そこまで言うなら付き合いましょう」

「リ、リリー……穏便に――」

「社会科見学のガキはそこで待ってろ!」


 ブラさんにすごい怖い顔で怒鳴られたわたしは、素早く近くのベンチに正座します。

 違います、冒険者です! と、口の中でもごもご言います。


「クロ様、すぐに終わりますので待っていてください」


 リリーはほほ笑むと、ブラさんとギルドの練習場に行ってしまいました……。

 周りの冒険者も野次馬をしに行ってしまったので、ギルドはさっきまでの騒ぎがなかったように静かになります。


 ややあって。


「ゲバァブゥウッ!!」


 ブラさんが練習場の壁を突き破りながら飛んで来て、依頼書が貼り出されている掲示板に激突しました。

 自慢の深紅の装備は激突で砕け散って欠片をギルドにまき散らします。

 壁にめり込んだブラさんの上に、衝撃で散った依頼書が降ります。


「おやおや、五分とかかりませんでしたね」


 練習場からゆっくり出てきたリリーが、ブラさんの前に立つと、邪悪な顔で見下ろします。


「装備がなんでしたっけ? わたしのメイド服にホコリ一つ付けられず、ご自身の装備は砕け散りましたが?」


 リリーはしゃがんで、耳に手を当てると顔を近づけます。鬼です……。


「クソッ、ゴリラ女め……」

「乙女に向かって悪態をつく元気があるのならトドメを刺しときましょうか?」リリーが拳を握ります。


「リリー、ブラさんはもう戦えません!」

「……あなたブラって名前なんですか?」


 わたしが間に入ると、リリーが首をかしげます。


「違う! なんだそのはずかしい名前は!」

「す、すみません、名前が長かったので……」

「俺の名前は『ブラッドイーター』の――」

「さてクロ様、デートに行きましょうか♪」

「え」

「お、おい、待て――」


 散らばった書類を拾おうとしていたわたしの手を引くと、リリーはギルドを後にします。

 後日、『ヤバい銀髪メイド』のうわさが立つのは別の話です。

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