17 洋服を買いに
「あの、リリー。洋服を買いに行きませんか?」
「クロ様のですか」
「リリーの服です」
「わたしはこれでいいです」
ハタキで棚の掃除をしていたリリーはそう言うと、メイド服をつまみます。
リリーはわたしと出会ってからずっとメイド服です。リリーはすごくきれいなのに、他の服を着ないのはもったいないです。
でも、普通に言っても着てくれないでしょう。なので考えました。
「リリー、デートに行くのにメイド服はなしですよ」
「…………デート?」
「はい」
リリーが持っていたハタキを落としました。
「クロ様……。わたしを、今、デートに誘いましたか……?」
「はい、まずはショッピングに行きましょう」
小刻みに震えだしたリリーが、額をぺちんっとたたきました。
「クロ様からデートに……これはもうプロポーズでは……?」
「さあはやく行きましょう」
友達同士でもデートと言ったりするので大丈夫と思いましたが、リリーの思考が飛躍し始めたので急いで宿を出ます。
行くのはもちろん、冒険者向けの装備品の店ではなく、街で一番大きなデパートです。
「今日はわたしのオゴリですから、リリーは好きなのを買ってくださいね」
この日のためにバイトをがんばったんですから。
「そんな、クロ様。お金ならわたしが……」
「リリーにたまには返させてください、わたしからのプレゼントですから」
「わ、わかりました」
リリーはほおを染めると、うなずきます。
デパートに入ると服のお店を探します。初めて来ましたが広くて迷いそうです。
「リリー、気になるのはあります? ……リリー?」
となりを見たらリリーがいません。辺りを見回すと、店の前でドレスを見ているリリーがいました。
「あの、すみません」
「なんでしょうか」店員さんがリリーのそばに来ます。
「ウェディングドレスはありますか?」
「ウェディングドレスは……」
「リリー、わたしたちには早すぎます!」
リリーの腕をつかむと、急いで店を離れました。
「ああ……将来のために買っておこうと思いましたのに」
「それは将来にしてください」
そもそも、将来わたしたちが結婚するかどうかもわかりませんし。
……別にリリーがイヤというわけじゃないんですが、その、自分の気持ちがわからないというか、考えるのが怖いというか……。
頭を振って思考を振り払うと、わたしたちぐらいの女の子がいっぱいいるお店に入ります。
「あら、メイド服? かわいいですね」
わたしたちに気付いた女性の店員さんが話し掛けてきました。
「メイド服もかわいいですが、他の服も着てほしいんです」
「どういう服がいいとかあります?」
「服はくわしくないので、店員さんに選んでもらってもいいですか?」
「わたしとクロ様はこれからデートですので、それにふさわしい格好を二人分選んでもらえますか」
「え、わたしも!?」
「もちろんです。クロ様のほうの服の代金はわたしが持ちますね」
わたしの分は必要ないと思うのですが、リリーが乗り気になってくれているので、断れません。
「かわいいカップルさん二人ともコーデできるなんて、お姉さんハリキっちゃおうかしら!」
まずはわたしから、とお姉さんがいくつか持ってきた服を試着します。
「どうですか、リリー」
「今すぐ結婚しましょう」
「……結婚はしませんが、気に入ったんですね」
「はい。ここの服は素材もいいですが、防御力も高いですね、かなりの技術を持った人物が作ったと見えます」
「お客さん、わかりますか」お姉さんの目がキラリと光ります。
「ええ。クロ様はか弱くて鎧を着れませんからピッタリですね」
「よろしければ、他にも特別な服をご用意できますが」またキラリと目が光ります。
「お願いします」
「ではこちらへどうぞ」
店の奥、お得意様向けという部屋に通されます。
「当ブランドのデザイナーはもともと冒険者に装備を作ってまして、防御力の高い装備もご用意しています」
そう言うと、お姉さんは白いゴスロリ服をわたしに着せます。
白いゴスロリ服はちょっと魔法少女っぽいですね。わたしには似合わない気がするのですが、リリーは喜んでます。
「こちらの装備はある便利な機能が付いてます」
「どんな機能ですか?」魔法少女になるんですか?
「光ります」
――ビカアアアアア!
「目が、目がぁ~!」
目に会心の一撃を喰らったわたしが倒れると、リリーが回復魔法をかけてくれます。ビックリし過ぎて変な叫び声が出ました……。
お姉さんをリリーがにらむと、お姉さんはきれいなジャンピング土下座を決めました。
あの流れるような動き……お姉さんは何回土下座をするようなことをしたのでしょうか。
わたしたちは大人なので、割引してもらうことで許してあげることにしました。
わたしの服が決まったらリリーの服も買っていきます。リリーに似合いそうな服を選んでいたら、お姉さんが「こちらの特別な装備もお試しください」と黒いゴスロリ服を持ってきました。
「なんかイヤな予感がしますが、どうします?」
「試しましょう」
「ありがとうございます!」
黒いゴスロリ服はシンプルで大人っぽくてリリーにすごく似合ってます。
「こちらの装備にも便利な機能が付いてます」
「ほう。試してみましょう」
「首のチョーカーに付いているボタンを押してみてください」
「これですか」ポチ。
リリーがボタンを押すと、チョーカーからマントが広がります。
「すごいですね」
「マントが出るだけですか」
「いいえ、違います! この装備は……」
広がったマントが風もないのにゆらめくと、わたしの体を包むようにまとわりついてきます。え、ナニコレ。
「自動で敵を包み込んで窒息させて倒します!」
「――えっちょっまっ……」
「それは便利ですね」
「――ふりほどけな……」
「はい! この機能は『一反木綿くん』と名付けました!」
「――た……す……け」
危うく窒息するところで気付いたリリーに助けられます。
店員のお姉さんはその間ずっと土下座していました。
「ううっ、わたしなんでこうなんでしょ……戦う力のない人の身を守るための服を作りたいのに、失敗ばかりで……」
店員さんがどうやらこの服のデザイナーだったみたいです。
「失敗はしましたが、素晴らしい装備ですよ」リリーが励まします。
「ほ、本当ですか……?」
「はい。その信念を持ち続ければいつか成功する日がくるでしょう」
「そ、そうですね! いつかわたしの服で敵を駆逐してやります!!」
「敵は倒さなくてもいいと思うんですが……」
さっそく買った服でデートをすることになったのですが、いろいろ誤算がありました。
『なあ、あの子すごいかわいくないか』
『モデルさんかしら』
『あんな子この街にいたっけ』
わたしたちに周りの人の視線が集まります。
いえ、それは正しくないですね。正確にはリリーに、です。
リリーのことは前からきれいだとは思ってましたが、こんなに人の視線を集めるとは思っていませんでした。
いっしょに居過ぎて感覚がマヒしていたのかもしれません。
当のリリーは、なぜか周囲に鋭い視線を走らせています。
「クロ様がかわいいからと言って、クロ様を不躾に見るのは許せません」
「リリー違うから、わたしじゃないから」
リリーの機嫌が悪くなってしまう前に、手近なお店に入ることにします。
あまり人がいない落ち着いた内装のカフェでリリーとケーキを食べます。
食べたフルーツタルトは宝石みたいにきれいでおいしかったです。
カフェを出ると、軽そうな男の子が声を掛けてきました。あ、イヤな予感が……。
「君、ここら辺の子じゃないよね、旅行?」
当たり前ですが、話し掛けているのはリリーです。
「なんですか、ナンパですか」
「まあそうなるかな。おれここ地元だから穴場とかわかるよ、案内しようか?」
「いりません。妻とデート中なので」
言うと、リリーがわたしの手を自分の手と絡めます。
ちょっリリーさん!? わたしまだ十三才ですし、リリーも見た目はそれぐらいですから、そんなこと言ってもだれも信じないですよ!
そもそも結婚してませんし!
男の子は口をあんぐりさせてましたが、気を持ち直すと、軽そうな笑顔を浮かべました。
「彼女にしては地味過ぎない?」
――君、かわいいんだしさ。と言う男の子の言葉と、リリーが片手で胸ぐらをつかんで持ち上げたのはほぼ同時でした。
とにかくリリーをなだめて、ぼうぜんとしている男の子を置いて逃げ帰ると、わたしたちはグッタリしてベッドに倒れ込みました。
「クロ様を地味とはなんですかもう……」
リリーはほおをふくらませます。
「わたしは気にしてないよ、リリー」
「クロ様はやさしいです……」
リリーの触手が伸びてきて、抱き寄せられます。
「はあ……、触手で感じるクロ様尊いです。――むっ、このスカートだと触手が伸ばしにくいですね」
スカートを見ると、触手が窮屈そうでした。
「……ごめんね、リリー。買い物に付き合わせたのに、やっぱりわたしリリーのいつものメイド服が好きかも」
「実はわたしもそう思ってました」リリーが笑います。
「でもあの店で買った『一反木綿くん』は面白かったので、今度のクエストには着て行こうと思います」
「買ったんだあれ……」
わたしはリリーに抱きしめられながら、メイド服のままでいいと言ったのは、リリーが取られると思ったからかもしれない、と思っていました。